坊の岬沖海戦 涼月の戦い

葉山 宗次郎

防空駆逐艦涼月 豊後水道 通過

「艦長、間もなく変針点です」


「よし、大和に合わせて変針せよ」


 航海長の報告を受け、涼月艦長平山中佐は命じた。

 大和が左に大きく舵を切り、新たな進路に向かう。

 涼月は、大和の左後方、重巡を挟んで輪型陣の外側に位置した。

 ここが出航前に定められた涼月の持ち場だ。

 後方から急降下している敵機を迎撃するのが涼月の役目だ。

 進路変更後も油断できない。

 敵潜との接触を回避する為、之の字運動、ジグザグに航行しているのだ。

 おかげで攻撃を避けられたが豊後水道で敵潜の電波を受信した上に敵の飛行艇に見つかった。

 直衛の戦闘旗が追い払ってくれたが、敵に位置が知れている。

 油断は出来ない。


「新針路に乗りました」


「良し」


 航海計画では大隅海峡を通過後、奄美諸島に沿って航行。

 各島守備隊の支援を受けつつ、沖縄に突入する。


「通信長、現地の状況は」


「はい、先日から第五航空艦隊が攻撃を行い敵空母船団に多数の被害を与えたとの事です」


 曖昧な戦果報告だ。

 無理も無い。

 偵察機さえまともに飛ばせず、戦果確認が困難なのだ。

 沖縄に敵の陸上航空隊が進出したのが痛い。


「各島からの報告も現在はありません」


 奄美諸島各守備隊の支援と言っても配備された陸上電探、破壊されている場所が多いので監視所からの目視報告のみだ。

 だが、無いよりマシだ。

 孤立状態で戦ってくれている彼らは守備隊を維持しているだけでも特筆に値する。


「正午か」


 艦橋の時計を見ると


「午前は何とか無事に済みましたね」


「ああ、ようやく海峡を通過できた」


 航海長が朗らかに言う。

 呉さえ大空襲を受けたのだ、ここまで平穏無事だったのが有り難い。

 特に豊後水道を抜けられたのは嬉しい。

 涼月は幾度も敵潜の魚雷攻撃を豊後水道で受けて引き返した。

 おかげで対潜部隊が増強されて他の艦艇への被害は張ったが、重要な戦いに参加できずにいた。

 今回は攻撃を受けずに済み、無事通過できたのが嬉しかった。


「出来れば二水戦に行きたかったですね」


「仕方あるまい」


 ただ実戦経験が少ないため、斬り込み部隊である第二艦隊所属の二水戦への配置は見送られ、第一艦隊の一水戦、戦艦の護衛部隊となったことが不満だ。

 見敵必殺の海軍軍人ならば、敵艦に突っ込みたい。


「大和の護衛も重要な任務だ」


 不満を理解しつつも艦長である平山は部下を宥めた。

 秋月級の一隻である涼月は、防空駆逐艦として設計されており、対空能力は高いが、水上戦闘はマシな程度だ。

 一〇サンチ連装高角砲は六五口径と長砲身で初速が高い、高性能対空砲だ。

 ただ、一二.七サンチ砲より小さいため威力が小さい。

 陽炎型より多い連用四基だが、打ち負けるのではと思う。

 さらに対空能力に振り分けたため、水雷装備は四連装一基のみ。

 次発装填装置は対空機銃増備の為に下ろした。

 これでは対艦戦闘に不安があり、斬り込み部隊には編入できない。

 不満はあったが仕方ない。

 この戦争が航空機の時代となっており、水上艦は航空機に対抗する必要がある。

 秋月型はその切り札として建造されたのだ。

 特に戦争が始まってからは、戦時量産型の増産が決定され、姉妹艦が多数出ている。

 それだけ海軍から秋月型が期待されている証拠だった。

 特に主戦力である大和から航空攻撃を守る事を期待されている。

 だからこそ一水戦に他の姉妹と共に編入されたのだ


「きっちりやるぞ」


「了解」


「今のうちに飯を済ませておくか。烹炊所、戦闘配食」


 豊後水道を過ぎた後、第三航行警戒配置となった直後から第二警戒配置を敷いている。配置に就いたまま兵員室で食事が摂れない兵員の為に配置へ届けさせることにした。

 今日のメニューは五目ご飯の握りと沢庵だ。

 特に五目ご飯は牛舘の肉と、タレを使って甘辛く作ってあり絶品だ。

 味噌汁も付いて、生きた心地がする。

 だが握り飯を一個食べ終わった時、通信長が駆け込んでくる。


「艦長! 徳之島基地より通信! 艦隊に接近する敵大編隊を電探が探知! 機数300!」


 徳之島基地からの報告に艦長は目を見開く。

 連日の空襲で機能不全に陥っているはずだ。

 特に電探施設は標的に、電波を出すため敵に見つかりやすく攻撃を受けやすい。

 修理するだけでも物資不足の中では大変だ。

 艦隊出撃に合わせて電探を作動させてくれたか、いや連日の空戦を支援するために努力したのだろう。

 徳之島基地の働きは値千金だ。


「総員戦闘配置!」


 機数からして大和、艦隊への攻撃だろう。涼月艦長は残りの兵員も配置に付ける。


 タカタタッタッターッ

 タカタタッタッターッ


 艦内に戦闘配置を知らせるラッパが高々と吹かれる。


「総員戦闘配置!」


「配置に付け!」


「急げ!」


 残りの水兵達が大急ぎで配置に向かって駆け抜ける。


「前部高射装置良し!」


「後部高射装置良し!」


「13号電探探知開始! 装置異常なし!」


「機銃指揮所、配置に付きました!」


「機関室、最大戦速即時待機完成! いつでも全速が出せます!」


「応急指揮所! 準備良し!」


「戦闘配置完了!」


「戦闘旗開け!」


 マストに軍艦旗が開いた。

 戦闘中を意味するものだ。

 ほぼ同時に他の艦も掲げる。


「第一艦隊司令部より通信! 全艦戦闘配置!」


 命令が下る前に状況を把握して、それに王子tえ指揮を執る。

 これぞ目先の利く海軍軍人だ。


「敵機探知! 左舷前方より接近!」


 対空電探が敵機を探知した。

 まだ見えないが敵機は居るのだろう。


「十一時方向上空に敵機視認!」


 左舷の見張員が報告する方角を

 大和の主砲が動き出した。

 接近する敵機を狙う。

 四千メートル離れていても動きがよく分かる。


 ドムッ


 大和が主砲を放った。

 強烈な斉射の音が涼月まで届く。

 大和の発砲を見た主計長が大声で報告し記録する。


「大和発砲! 一二四五、戦闘開始!」

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