第21話

夢の中で触れた血はまだ温かくぬめぬめと慎也の手に絡みついてきた。



そのときの感触はまだリアルに残っている。



慎也は血に触れた右手でバッドを強く握りしめた。



いつどこから黒い化け物が襲ってきても怖くはなかった。



愛する佳奈の首を取られたのだ。



誰が相手だって返り討ちにしてやるつもりだった。



大股で街を歩く慎也はけれど怒りだけに支配されていたわけではなかった。



今夜の被害者が佳奈であってもそうでなくても、一番最初に行こうと思っていた場所がある。



それは昼間行った地蔵だった。



昼間に行っても目立ったヒントはなにもなかったが、今行けばまた違うかもしれないと考えていたのだ。



なにせ今の時間は相手の手の中にいると言ってもいい。



この空間でなら、なにか見つけ出すことができるかもしれない。



そんな期待を抱いていたのだ。



やがて慎也は黒い化け物に遭遇することもなく地蔵に到着していた。



月明かりに照らされている地蔵は昼間見るよりもずっと気味が悪く、ずっと見ていると気分が悪くなってきそうな雰囲気があった。



慎也は地蔵に近づくと周囲を確認しはじめた。



茂った草をかき分けてその下に佳奈の首がないか探す。



しかし、そこにはなにもなかった。



「チッ」



あてが外れたことで小さく舌打ちをして、地蔵から離れた。



ふと、ネット記事のことを思い出す。



地蔵はこうしてちゃんとある。



それなのになにもなかったと証言している人の方が多いらしい。



それは一体どういうことだろう?



ホラースポットとして認識されているのに肝心の地蔵がないとなれば、都市伝説にまで発展するとは思えないし。



少し考えてみたけれど、すぐにやめた。



考えることは苦手だ。



明宏か、女子たちに頼る方がマシ。



自分ができることは考えることじゃなくて、行動することだ。



そう思い直して慎也は歩道へ視線を落とした。



昼間も見た足跡が今もまだ点々と続いている。



しかしそれは方向が違っていたのだ。



ハッと息を飲んで足跡を追いかける。



転々とシミのようにアルファルとについているそれは、やはり途中で途切れていた。



「くそっ。最後までは絶対に教えないつもりなんだな」



足跡が途切れた場所で立ち止まり、舌打ちをする。



慎也が立ち止まったのは三叉路の前で、どっちへ向かえばいいかわからない。



こんなときに仲間と行動していればよかったと、今さらながらに後悔した。



今から他の4人に連絡をして合流しようか。



この世界でスマホは使えるだろうか。



ジーンズのポケットに手を突っ込んだときだった。



三叉路の右手から気配を感じてすぐにバッドを握り直した。



闇の中に見える闇よりも深い色をした黒い化け物がいる。



ユラユラと左右に揺れておぼつかない足取りでこちらへ向かって歩いてくる。



慎也はバッドを構えて腰を落とした。



来るならきやがれ!



グッと奥歯を噛み締めた瞬間、ユラユラ揺れていた黒い化け物が目の前にいた。



それはほんの一瞬の出来事だった。



まばたきをしている間に黒い化け物は、1メートル手前まで距離を詰めてきたのだ。



「クッ!」



突然の至近距離に一瞬ひるんだ。



その間に黒い化け物は刃物になった手を振り上げる。



間に合うか……!?



慎也はバッドを振りかぶる。



一瞬早く化け物の腕が慎也の首元へ移動した。



やられる!



サッと血の気が引いていく。



自分が死んだときの映像が脳裏に流れていく。



すべての覚悟を決めた時、バッドが黒い化け物の顔面を殴打した。



でもダメだ。



俺の首は切られた……。



慎也に絶望が這い上がってきたとき、黒い化け物のほうが先に横倒しに倒れた。



黒い化け物の手はなにもない空間を切り裂いて風音を立てた。



ドッと倒れ込んだ化け物の後ろには、バッドを握りしめた大輔が立っていたのだ。



慎也が攻撃するより先に、後ろから黒い化け物の頭部を殴りつけていたのだ。



慎也の首を切り裂きそうになった黒い化け物だが、その前にすでに勝負は決まっていたのだ。



「気持ちはわかるが、1人で突っ走るなよ」



大輔が苛立った声を上げる。



目が覚めてから何度慎也に連絡しても返事がなくて、ファミレスで会議をする暇もなくここまで走ってきてくれたのだ。



大輔の後から明宏と春香の美樹もやってきた。



それぞれにバッドや小ぶりなナイフを握りしめている。



「よくここがわかったな」



「慎也のことだから、地蔵へ行くだろうなって思ったんだ。後は足跡を追いかけてきた」



明宏が息を切らしながら説明する。

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