第9話

けれど誰もなにも言わなかった。



大輔のすることを咎める人はいない。



それよりもまたあの黒い化け物が出てくるのではないかと、慎也は警戒していた。



「あの化け物に会ったか?」



歩きながら慎也が誰とにもなく聞いた。



「あぁ。曲がり角から突然出てきて、攻撃してきたんだ」



答えたのは明宏だった。



「それで必死に逃げてきたの、私達」



美樹が明宏の言葉を続ける。



「大輔は?」



「俺も見た。でも遠目からだったから、攻撃はされなかった」



それぞれにあの化け物には出会っていたようだ。



そして慎也だけでなく、明宏たちも攻撃を受けそうになった。



やはりあれは自分たちにとって邪魔なものだったのだ。



それからも5人は周囲を警戒しながら春香の家に到着した。



来た時と同じように大輔を筆頭にして、春香の部屋に入り込む。



ベッドの上に春香の体はあった。



布団がめくられたままになっていて、否が応でも首の断面が見えてしまう。



佳奈はさとられないように視線をそらし、うつむいた。



血の匂いは一層濃くなり、布団を濡らしていた血が乾き始めていることがわかった。



本当に首を切断されたんだ……。



血のリアルさにあらためてそう感じて身震いをする。



あの黒い化け物にやられたんだろうか。



それとも、夢の中に出てきた影たちの仕業?



考えている間に大輔が頭部を持って春香に近づいた。



そっと視線を向けてみると、大輔が頭部をくるんでいた上着をほどくところだった。



上着の中から黒髪が現れて、それは月明かりにツヤツヤときらめいている。



それは間違いなく春香の自慢の髪だった。



首を切られているのに、髪の毛は生き生きしてる……。



不思議に感じながら見ていると大輔は切断された首と頭部をくっつけるようにベッドに置いた。



ホッとした雰囲気が部屋の中に漂う。



これでいいってこと?



5人が不安げな表情で互いの顔を見つめる。



と、その時だった。



急に視界が歪んだ。



グラリと体が揺れて立っていることができない。



一瞬自信かと思ったが、部屋事態は全く揺れていないみたいだ。



「なんだ、これ」



慎也が呟き、床に膝をついた状態でこちらへ手を伸ばしてくるのが見えた。



佳奈も必死に手をのばす。



しかし、その手が触れ合う前に、2人の意識は遠ざかっていったのだった。





ハッと大きく息を吸い込んで目を開けた。



窓から差し込む朝日と、見慣れた自分の部屋に戸惑う。



上半身を起こして見ると、心臓がバクバクと早鐘を打っていることがわかった。



「夢?」



佳奈は呟き、額に滲んだ汗を拭う。



電気をつけて部屋の中を見回してみるけれど、かわったところはなにもない。



やっぱりあれは全部夢だったんだろうか?



黒い人物が出てきたところも、みんなで春香の首を探したところも、夢?



「二重の夢。しかも、あんなひどい……」



夢の内容を思い出しただけで気分が悪くなり、ベッドの端に座り込んでしまう。



春香の首の断面の様子までしっかりと覚えている。



それに、黒い化け物に襲われたときのことだって。



大輔と2人で細い路地へ逃げ込んだとき、手を擦りむいたことを思い出す。



佳奈は咄嗟に擦りむいた方の右手を確認した。



手のひらが微かに赤くなっていて、皮がむけている。



「これって……」



そっと傷口をなでるとピリッとした痛みを感じて顔をしかめた。



これはあの夢の中でしたケガじゃないんだろうか?



そうだとも言えるし、ただ寝相が悪くて手をぶつけただけだとも言えそうな傷だった。



判断がつかずにため息をこぼす。



「そうだ、メール!」



ようやく頭がクリアになってきたことで、昨晩友人らとメッセージ交換をしていたことを思い出した。



あれが現実に起こったことなら、みんなとのやりとりが残っているはずなのだ。



佳奈は逸る気持ちを押さえつつスマホを手にした。



そしてメッセージ内容を確認する。



《美樹:みんな、起きてる?》



夜中に届いている美樹からのメッセージ。



それを筆頭に次々とかわされている夢の内容。



「やっぱり、夢じゃなかったんだ!」



鼓動は先程よりも激しさをマシている。



みんなにも連絡して確認しなきゃ!



そう思ったときだった。



ポンッと新しいメッセージが届いたことを知らせる音が響いた。



同時に画面上に新規のメッセージが表示される。



それを見た瞬間佳奈は呼吸が止まってしまいそうになった。



それは首を切断されていた春香からのメッセージだった。



《春香:みんな、昨日のことを覚えている?》



いつもは絵文字やスタンプを大量に使う春香が、今日はそれだけを文章でよこしてきた。



佳奈はゴクリとツバを飲み込んでそのメッセージを見つめる。



これは本当に春香が送ってきたメッセージなんだろうか。



だって、春香は昨日……。



また、切断された首を思い出して気分の悪さを感じた。



スマホ画面から視線を外して深呼吸を繰り返している間に、ポンポンと次々メッセージが届く。



少し気分が落ち着いたところで、もう1度メッセージを確認した。



《大輔:春香、大丈夫なのか!?》



《明宏:信じられない。昨日のあれは夢じゃなかったのか?》



大輔と明宏はもう目が覚めているみたいだ。



《春香:私は自分が首を切られた夢を見たの。それで、朝起きてメッセージを確認したら、昨日同じ夢をみんなが見てたって知って、びっくりしちゃって》



《佳奈:私達も春香の首が切られてる夢を見たの。でも、それには続きがあった》



佳奈は少し迷ってから、文章を続けた。



あまり長くなるとわかりにくくなるので、短く刻んでメッセージを送る。



その間春香は発言せずにジッと佳奈のメッセージを目で追いかけていた。



《春香:みんなが私の首を探してくれたなんて、信じられない……》



首を探したほうだってまだ信じられない状態だ。



だけどとにかく、春香は生きている。



その事実を確認することができて、佳奈はホッと安堵したのだった。

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