第7話

「入ろう」



慎也が玄関のノブに手をかける。



しかし、ドアは開かない。



「鍵がかかってるんだよ」



「じゃあ、窓からだ」



そう言うと家の横手に周り、窓を確認する。



そこもしっかりと施錠されていて開きそうにない。



すると慎也はなにを思ったのか、庭先の大ぶりな石を手に持ったのだ。



「ちょっと、なにする気!?」



横から声をかける佳奈を無視して、慎也は石を窓に投げつけたのだ。



佳奈は咄嗟に身を屈め、両手で耳を覆った。



当然大きな音が響くと思っていた。



ガラスは粉々に砕けて、大惨事になるだろうと。



しかし、石がぶつかっても窓は割れなかった。



ゴンッと鈍い音を発して、石が地面に転がる。



「え……?」



佳奈は恐る恐る両耳から手を離した。



「窓が割れない」



「それって、防犯ガラスってこと?」



「そうなのかもな」



慎也はそう答えながらもそうではないと確信していた。



夜起きてから今まで入れる場所とそうでない場所があった。



ファミレスには入ることができた。



でも人はいなかった。



春香の家に入ることはできた。



でも人はいなかった。



警察署には入ることもできなかった。



ファミレスでは今の事態を整理した。



春香の家では、春香の安否を確認した。



つまり、自分たちが必要としている場所にだけ入ることができているのだ。



警察署に入ることができなかったのは、そこは《違う場所だったから》なのだ。



ゲームなんかでよくある、世界の果てだ。



そこにあるけれど入ることはできない。



ゲームとは関係のない場所だからだ。



それから佳奈と2人で他の民家やコンビニに入ろうと試みたけれど、はやり無駄だった。



「よし、これなら頭を見つけることができる」



慎也は確信を持って頷いてみせた。



余計な場所にはもともと入れないのなら、自分たちの行ける範囲に春香の首があるはずだ。



どんどん前へと進んでいく慎也に佳奈は追いつくのがやっとだった。



慎也は慎也なりになにか法則を見つけたみたいだけれど、佳奈にはわからない。



と、そのときだった。



暗闇の奥から人影が歩いてくるのが見えた。



「あ、明宏か大輔かも」



佳奈はその人影の大きさから男子だと推測して言った。



「そうだな」



慎也も頷く。



しかし、その人影は近づくにつれてどんどん大きくなっていく。



慎重180センチある慎也よりも大きく、ひょろりと背が高くて、そして手が鋭利な刃物に見える。



更に、相手はのんびり歩いているわけではなかった。



見えないほどの速度でこちらに近づいていたのだ。



相手が黒い化け物だと気がついたときには、ソレはすでに2人の目の前にいた。



「くそっ!」



慎也が佳奈の手を掴んで真横の路地へとダイブする。



それと同時に黒い化け物が刃物のような手を振り上げる。



佳奈の体が路地に倒れ込み、覆いかぶさるようにして慎也が追いかける。



慎也の右足が路地から突き出る形になり、黒い化け物はそれに狙いを定めた。



慎也は咄嗟に右足を引っ込める。



が、一瞬遅かった。



化け物の手が慎也の足首に触れた。



同時に激しい熱を感じて「くっ」と小さくうめき声を上げる。



無理やり路地に体をねじ込んだ慎也は「走れ!」と叫ぶ。



佳奈はガクガクと震える両足でどうにか立ち上がり路地の奥へと駆け出した。



慎也もそれに続いて走り出す。



しかし、走れば走るほど右足がジクジクとうずき出す。



血が出ているようで、靴下まで垂れてきたそれがグシュグシュと嫌な音を立てた。



細い路地を抜けて背の高い壁の影にかくれたとき、2人はようやく振り向いた。



路地の向こうから黒い化け物が追いかけてくる気配はない。



それでも息を殺してしばらく待った。



誰も追いかけてこないとわかると、ようやく2人は大きく息を吐き出したのだった。



「足、大丈夫?」



見るとズボンのスソが切れていて、血が流れ出している。



「大した傷じゃない」



それでも血が流れ出して白いスニーカーを汚している。



「慎也、靴を脱いで見せて」



これ以上心配をかけたくはなかったが、素直に従う。



靴下まで真っ赤だ。



「どうしよう、すごい出血」



「大げさなんだよ」



本当に傷は足したことがないような気がしていた。



痛みも今は和らいでいる。



けれど佳奈は慎也の靴下を脱がし、汚れていない方の靴下を傷口に巻きつけた。



傷口はとてもキレイに切られていて、それは春香の首を連想させた。



慎也が言ったとおり傷は浅く、大げさに血が流れたもののすぐに止まった。



ひとまず安心したものの、あんな化け物がいたのでは首を探すどころじゃない。



警察署ではあの黒い化け物が5体も出現したのだ。



「そろそろ行こう」



しばらく休憩してから慎也が立ち上がる。



「でも、ケガが……」



今は血が止まっているけれど、動けがまた出血するかもしれない。



「ボヤボヤしてたら朝になる」



慎也は右足を引きずるようにして佳奈の前を歩いた。



隠れていた路地から広い道路へ戻り、顔だけ出して周囲を確認する。

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