首取り様1
西羽咲 花月
第1話
夏休み中なのに集まれないなんてなー。
慎也から佳奈へ不服そうなメールが届いたのは夜ベッドに入った頃だった。
佳奈はスマホをねかしつけるように布団の中に入れて両手で操作した。
《佳奈:なんだかんだ忙しいもんねぇ私達》
高校2年生の佳奈たちには夏休みだからと言って遊んでばかりいる暇はない。
部活動に出たり、足りない単位を夏の間に補ったり、バイトをしたりと、大忙しだ。
おかげで佳奈と慎也はカップルだというのにまだどこにも出かけることができていなかった。
2人共家族で旅行に行くような楽しみもなく、ただ家で机にかいりついていたり、コンビニでレジ打ちをして過ごしている。
《慎也:高校2年生の夏休みがこんなんで終わって良いのか!?》
文字の後ろには怒っている顔のスタンプが添えられていて、佳奈は思わず笑ってしまった。
慎也が怒っている様子が安易に想像できたからだ。
青を赤くして両手に拳を作り、子供みたいにプリプリしている様子が目に浮かんでくる。
布団の中でクスクスと笑い声を立てたあと、佳奈はまたスマホを操作した。
暗い室内、スマホの明かりで照らし出される佳奈の表情はにこやかだ。
しかし、慎也の言う通り夏休み中にどこにも遊びに行けないのは佳奈としても辛い。
友人らもそれぞれ自分の用事が忙しくて、デートに行けないと嘆いていたことを思い出す。
このままじゃダメだと思う。
高校2年生の夏休みは1度しかないのだ。
来年になれば受験生になり、夏休み返上で勉強することは目に見えているのだから。
佳奈は目を閉じて慎也の顔を思い出した。
整った鼻筋にぱっちりとした女の子みたいに可愛い目。
輪郭は男らしくしっかりとしていて、それがバランス良く配置されている。
長すぎない髪の毛をツンツンに立てて、耳にはシルバーのピアスをしている。
もちろん、学校ではピアスは禁止だけれど、今年の誕生日に佳奈がプレゼントしたものを大切にしてくれていた。
そして、友人の春香と美樹。
2人共化粧への熱意が強くて、佳奈はいつも感心している。
佳奈だってオシャレに興味がないわけじゃないけれど、2人を前にしたらどんな知識を持ち出しても太刀打ちができない。
そして、春香の彼氏の大輔、美樹の彼氏の明宏。
2人共慎也と中が良くて、6人でぞろぞろと放課後デートをしたりする。
それが夏休みに入ってからは1度も全員で集まることができていないのだ。
佳奈はゆるゆるとため息を吐き出した。
《佳奈:塾で出された課題が終わったら少しは時間が作れると思うよ》
《慎也:俺も、コンビニのシフトどうにか調整してもらうよ》
そうしたら2人でどこかへ行こう。
どこへ行こうか。
海か、山か、キャンプもしたいなぁ。
佳奈は様々な楽しい出来事を想像して眠りについたのだった。
☆☆☆
眠る前に楽しい想像をしたはずなのに、その夜の夢は恐ろしいものだった。
佳奈は1人誰かの家の前に立っていた。
目の前にある建物は確かに家であると認識できるのだけれど、それはグニャリグニャリと歪んで見えて輪郭がハッキリしない。
現実の佳奈ならそんな家の中には決して入らないけれど、夢の中の佳奈はその家に当然のように足を踏み入れた。
玄関に入った瞬間建物の歪みは消えて、代わりに重たい空気がズッシリと体を覆い尽くしてきた。
一歩歩くのも辛いくらいに体中が重たい。
それでもどこかへ行く目的があるようで、佳奈は歩みを止めなかった。
暗い廊下を通過して、一番奥の部屋で立ち止まる。
木製のドアには表札もなにも出ていないが、ここが自分にとってとても重要な部屋であると佳奈はわかっていた。
銀色のレバーに右手を伸ばし、指先にヒヤリとした感触が伝わってくる。
その瞬間強烈に嫌な予感が胸の中に広がってきて、手を引っ込めた。
信じられないものを見るような目つきで自分の手を見つめる。
しばらくドアの前で立ち尽くしていたが、このままでいても意味がないと、佳奈は小さく息を吸い込んだ。
勇気を出して冷えているドアレバーを握り、ドアを開ける。
ギィっと微かに軋む音がしてそのドアは開いた。
部屋の中は電気が消されているものの、大きな窓から月明かりが差し込んでいて明るかった。
その部屋にはなにもなかった。
正確には中央に布団がひかれていて、それが盛り上がっているため誰かが眠っているのだろうということは理解できた。
ただ、それだけしかない空間だった。
窓はあってもカーテンはない。
棚もふすまもなく、ただ四角い空間が広がっているばかりだ。
妙な部屋……。
そう感じながらも佳奈は部屋に一歩足をふみいれた。
気味の悪さが体中にまとわりついてくるけれど、どうしてもそうしなければならないと頭で理解していた。
部屋の中に入った佳奈は中央の布団へと近づいていった。
眠っている人は頭まで布団をかぶっているようで、顔が見えない。
それなのに咄嗟に「春香?」と、声をかけていた。
声をかけると同時に理解した。
この布団で眠っているのは友人の春香であると。
そう理解すると同時に恐怖心は半減した。
よく知っている春香がそこに眠っているのなら、何も怖いことはない。
こんな薄気味悪い場所によく眠っていられるなぁ。
関心しながら更に布団に近づいた。
右足が布団のヘリを踏む。
途端にジワリと足先に冷たい水のようなものが絡みついてきた。
咄嗟に足を上げて確認した。
窓の方へ足を向けて月明かりで照らしてみると、足裏が真っ赤に染まっているのがわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます