第14話 File4 潜む闇

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。






その知らせは朝の寝ぼけ眼を覚醒させる程に衝撃だった。


ついこの間、会って共に食事をして楽しいひと時を過ごしたばかりでそれが続くのかと思っていた。


しかしそれはもう永遠にやって来ない。




彼はもう既にこの世にいないのだから……。










「どういう事だ…一体何を言ってる?」

「だから、死んだの純一が…!殺されたのよ!」

「!?」

電話越しに瑛子の酷く取り乱した声が、悲しみに満ちた声が正の耳に伝わって来た。


純一が死んだ、しかも殺されたとはどういう事なのか。正はそれを聞こうとする、しかしその前に瑛子の方が先に言葉を発していた。

「秋葉原警察署に彼の遺体があるから…私はその確認に行く、神王君…出来れば一緒に来て…!怖いの…!私…冷静さを保てそうに…」

「…分かった、すぐに行く」

瑛子は正に一人では不安なので付き添ってほしいとお願いしており、正は瑛子と共に行く事にした。もしかしたら低い確率で純一ではない別の誰かという事もあるかもしれない。それに秋葉原警察署なら知り合いの警察官である白石大樹も居る。彼から何があったのか詳しく聞ける可能性はあるだろう。


電話を切って正は身支度を整える。

「神王さん、出かけるの?」

「ああ…ちょっと行ってくる」

「分かった。留守番はしとくから」

明と涼、この二人も純一に会っている。彼の事を知っている、彼の死を言えばショックを受ける事は確実だろう。まだこの目で見ておらず言葉を聞いただけであり不確かな情報で双子を混乱させられない、とりあえず出かける事を告げて正は事務所の外へと出たのだった。



何時もの朝の光景、しかし今はそれを楽しむ暇など無い。穏やかな朝とは裏腹に正の心中は穏やかではなかった、とにかく純一の死が本当なのかどうか一刻も早く確かめたい。それは正よりも妻である瑛子の方が何よりも知りたい事だろう。

歩く速度は自然と早くなり、正は秋葉原までやってきて真っ直ぐ警察署へと向かう。


「神王君!」

警察署の前には既に瑛子の姿があり正よりも先に到着していた。電話越しでもその声を聞いたがやはり酷く動揺した様子だ。

「……行こう」

瑛子を落ち着かせ、正は共に秋葉原警察署の中へと入った。これから遺体となった純一と会う為に…。




警察署内へと入り、瑛子と共に正は受付をすると白石が来るまで待つ事となる。

普段は滅多に入る事が無いであろう秋葉原警察署、だが今は回りの光景を気にする余裕など無い。瑛子は特に余裕は到底無いはずだ。長椅子に座っても落ち着かない様子で身体を震わせている。

こういう時瑛子になんと声をかけるべきなのか、その適した言葉が正には思い浮かばない。ただ傍に居る事ぐらいしか今は出来なかった。

「来たか、神王君」

「白石さん…」

そこに姿を現した黒いスーツ姿の大柄な男、遠くから見てもそれが白石だという事は正にはすぐ分かった。何時もは明るいがこの時の白石は険しい表情を浮かべていた。

「貴女が星見瑛子さん…星見純一さんの妻で間違いありませんか?」

「はい…夫は、純一は?」

「……こちらです、確認をお願いします」

一刻も早く純一に会わせてほしいと願う瑛子に白石は先導して歩き出し、純一が居るであろう場所まで正と瑛子を連れて行く。



独特の雰囲気、空気がそこにはあった。それは遺体安置所というこの場所がそうさせるのか、それともその場に居る中央の存在がそうさせるのか、男の遺体が白いシーツにかけられた状態で仰向けとなっている。

正はその顔をよく見る、男の顔は確かにこの前共に食事をした純一で間違いは無かった。何かの間違いであってほしかったが残念ながらそれは叶わなかった。

「純一…!ああ……ああ…あああ……!」

瑛子は純一の遺体を前にして足元がふらつきながら傍へと歩み、そしてその前に崩れ落ちて涙が溢れて来ていた。





「アアアアアアアァァーーーーーーーーーーー!!!!」

瑛子の悲しみに満ちた叫びが響き渡る。愛する男を失った女の悲しみ、それは計り知れない。





「……星見純一本人で、間違い無いみたいだな」

「ああ…俺もあの人には会っている。間違い無い…」

瑛子の悲痛な叫びと姿、見ている正と白石にとっても辛い光景だ。その中でも冷静に判断していた、あれは別人ではなく間違いなく純一本人だと。更に正も顔を見て見間違いは無いと言い、男性の遺体は星見純一で間違いない事を更に白石へ確信させた。

「一体…何があったんだ?」

正は白石へ視線を向けて尋ねる。

「今日の朝の事だ、星見純一の死体が代々木の空き地で発見された。ジョギング中の女性が見つけて通報したそうだ、死亡推定時刻は昨日の夜8時から10時…」

今朝に死体はジョギングしていた女性によって発見された、そして彼は夜に死んだ。それが警察の調べた結果だ。

「…純一さんの死因は?」

「首を切り裂かれていた…事故や自殺ではなく殺人の可能性が高い」

「殺人…純一さんが殺されたと?」

正が純一の死因を白石へと尋ねると純一は首を切り裂かれたのが致命傷となり、それで亡くなった事が分かった。

更に白石は続ける。

「ああ、それもプロによるものと俺は見ている。喉を綺麗にぱっくりと切られていた…手口がどうも素人の物とは思えん」

プロによる犯行、現場を見てきた白石はそう考えていた。プロという事はそういった事を職とした裏社会の者が絡んでいる、純一がそんな者に狙われていたとは正は内心驚いた。この前彼を見た限りそういった感じは無かったと記憶しており尾行していた時や食事を共にした時も不審な人物は特に見当たらなかった。

「それに自殺ではないという根拠はもう一つあってな。彼の血だ」

「血?」

「喉を切り裂かれたら激しい鮮血があり、辺りに飛び散るものだろう?それがどういう事か現場にはそういった物が見当たらなかったのだ」

「血をなんらかの方法で拭き取ったとか」

「鑑識がルミノール反応を調べていたが、その拭き取ったような痕跡も無かった…」

白石の自殺ではないという根拠は首を切った傷だけでなく血が現場にあまり無かったという事だった、首を深く切られれば鮮血は避けられないはずだ。だが現場にはその痕跡は発見されなかった。自殺と片付けるには奇妙な状況になってくる。

「つまり警察は誰かが純一さんを殺した後に空き地へと運び込んだ…と見ているという事か?」

「その可能性が自殺より高いだろう。そうなれば大量の血が流れなかった説明がつく、そしてその場合の犯人は複数犯になってくる、死体を動かすなど暗い夜とはいえかなりのリスクだ。更に純一の体格を思えば一人で担ぐのは成人男性といえど困難であろう」

白石の読み、それが必ずしもそうだとは限らないがいずれも考えられる、有り得る可能性だ。これがプロレスラー並の体格で力自慢ならば純一を一人で担ぎ単独でやり遂げそうだが今はそのような目立った人物の目撃などは特にない。



「プロによる組織的犯行だとしたら純一さんは狙われていたか…何らかの理由で」

「その可能性はあるだろう。彼の職業は記者だ、もしかしたら…」

「記事のネタで何か犯人にとってはヤバい物があったかもしれない…?」

純一が狙われたと考えると彼個人に恨みがあるというのではなく彼の持つネタ、内容が犯人には驚異だった。だから純一は殺害されたという。ただこれはまだ推測でしかない、純一が雑誌記者の編集長であり殺害動機が職業と関係しているのなら彼の調べていた事は大きな手がかりになりそうなので調べる価値は充分感じられる。



「刑事さん……」

涙を流す瑛子が白石の顔を真っ直ぐ見上げて立っていた。

「純一は…殺されたんですね…何処の誰かの手によって…」

「ええ、我々はそう見ています」

遺体の傷の状態から純一は殺害された可能性が高い、ショックを受けながらも白石が正へと話した内容は瑛子の耳にも入っていた。正が代わりに聞いてある程度落ち着いた後に瑛子へ伝えるつもりだったがその必要はなくなったらしい。

「お願いします!純一を殺した犯人を……犯人を絶対に捕まえてください!」

「勿論逃がすつもりはありません、全力で捜査し必ず見つけ出してみせます」

犯人は今のところ何処の誰なのか現時点では分からない、だが瑛子の必死に頭を下げて懇願するその姿に白石は必ず犯人を捕まえると決意を固める。逃がす訳にはいかない。



正は数日前の調査を振り返れば後悔していた、あの時何も変わった様子は無かった。しかしもっと注意深く純一を見ていたら何かあったかもしれない、自分の注意力不足のせいで純一が死んだと思うと責任を感じた。



「白石さん、俺の方でも何か分かったら連絡する」

「うむ。キミの協力は心強い、頼んだぞ」

正は自分の方でも独自に調査する事を決意し、白石へと告げた。流石に親しい友人といえど警察の捜査に一般人が混ざる事はドラマの世界ではないのだからそれは無理だ。しかし個人での調査なら出来る、それに警察では出来ない探偵ならではの調査で新たに分かる事は出て来るかもしれない。



白石と別れ、正と瑛子は警察署から出ると瑛子は正へと話しかける。

「神王君、調べてくれるの?この事件の事…」

「俺なりに調べてみるつもりだよ、色々気になる事もあるからさ」

「気になる事…?」

まず正は瑛子と会った時の浮気調査の依頼の事から記憶を遡る。瑛子は純一が挙動不審な様子に怪しく思い浮気をしているのではと疑っていた。

「俺に依頼する前、純一さんが何やら落ち着かない様子だったって聞いたけど」

「ええ……でもあれはこっちを驚かせる為に用意したサプライズでそれに備えて緊張していたとかじゃあ…?」

「……そうじゃなかったとしたら?」

「!?」

あの純一の様子が浮気でなければサプライズを待つまでの緊張でもないとしたら、純一はあの時既に何か問題を抱えていたという事になる。

最初に聞いた時は何なのかと思ったがまさか殺人事件で考えさせられるとは思いもしなかった。純一は一体何を抱えていたのか、それを突き止める必要がある。

「純一さんの部屋とか、見れないかな?彼が何か残しているかもしれない」

「分かった…行こう神王君」

何か手がかりがあるとすればまずは第一候補としては純一の家、その自室辺りだ。自分の家が一番安全であり犯人が関与してくる可能性が一番少ないと思われる。

正は瑛子と共に再び代々木へと行く事になった。



尾行の時でも世話になった電車、今度は殺人事件の調査で代々木まで世話になる。様々な目的で電車へと乗る人々。周囲は正達の今の心境とは違い何時も通りの光景だ、純一が亡くなって大きく世界が変わってしまったのは今共に行動している瑛子だろう。


そんな彼女の為にもこの事件、一体何が起こったのか真相を突き止めなければならない。正自身もそうしないと気が済まなかった。

やはり後悔が残る、自らの尾行で何か発見出来なかったのか。事前に止められるような事はなかったのかと。だが悔いても純一が戻って来る訳ではない、此処からはどんな小さな事も見逃さぬよう完璧に調査をしようと正は改めて気を引き締める。


電車は考え事をしている間に正達を代々木へと運んでいた。



駅を出ると瑛子の案内で正は二人の自宅まで徒歩で歩く、周りの景色を見てみれば前に正が純一を尾行していた時に通った道であり尾行の時は家にまで入る事は無かったが今回は二人の家に何か手がかりがあるかもしれない。贅沢を言えば純一が誰を調べていたか、それが分かれば容疑者の候補が出て調べる狙いをつけやすくなって助かるが。

やがて見えて来た見覚えのある一軒家。そこが純一と瑛子の家だ、星見家の前に来ると瑛子は鍵を開けた。

「どうぞ」

瑛子の許可が出て正は家の中へと入る。


立派な外見の一軒家に相応しく玄関もお洒落だ。清潔感があり普段から掃除しているのが伝わり、この家で純一と瑛子は日常を過ごしている。

家の中はアンティークの家具が目立ち、純一か瑛子がアンティーク好きかもしくはお互い好きで家の中がそうなったのか。しかし今はそれについて聞いている場合などではない。

「純一さんの部屋は?」

「こっちよ」

瑛子の案内で正は純一の部屋へと向かう。


ドアを開けると部屋の中は椅子と机とパソコン、後は本棚が壁一面にびっしりと置いてある。此処で純一は家に帰っても仕事をしているのだろう。

娯楽のような物はぱっと見では見当たらない。



「調べても構わないかな?」

「ええ、あの人がどうして殺されたのか……突き止めて」

瑛子の言葉に対して正はこくりと頷く。瑛子の許可が出たので正は純一の部屋の調査へと入った。

まずは目に止まったのはパソコンだ。正は起動させ、此処から調べる事にした。此処に色々データを書いていれば犯人に繋がる可能性はあるはずだが、そう上手くはいかない。

純一のパソコンのパスワードが必要で正には分かるはずが無かった。


「…パスワード、純一さんから聞いた事は?」

「私は無いわ…何処かにメモはしてるかもしれないけど…」

純一がメモをせず自分の頭の中で記憶出来る正確な記憶力があったらメモは存在せずパソコンを調べる事は困難になって来る。

ひとまずパソコンは一旦置いておき、正は本棚から調べる事にした。

本棚には様々なジャンルの物が置いてある。経済に芸能にグルメ、漫画まである。とりあえず何処に手がかりが潜んでいるのか分からない、予想外の所に何かあるという可能性は捨てきれないので正は本を手にとって簡単にパラパラとページを捲っていく。



すると一冊の本に挟まっていたのか一枚の紙がひらひらと床に落ちて行くのが見えた。手に取り紙を見るとそれは何かのパスワードだった、もしやと思い正はそのパスワードを持ってパソコンの前に行き入力する。


思った通りそれは純一のパソコンのパスワードであり、彼はそれをメモして本に挟んでいたのだ。事件の手がかりとは違うがこれでパソコンを調べられる、とりあえずは一歩前進したと考えよう。



パソコンにあるファイルをダブルクリックし、中身を確認してみる。そこにあったのは芸能人のスキャンダルに関する記事。

様々な芸能人が問題を起こしているようでかなりの数だ、これが今回の事件と関係しているのかどうかは分からない。しかしもしも相手が芸能人となれば民間の探偵では荷が重い、警察の力を借りて協力しなければおそらく戦えはしないだろう。


とりあえず正は一応見つけた証拠に関して報告をする事にし、スマホを取り出すのだった…。

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