探偵神王正の物語

イーグル

第1話 ありふれた日常

この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。



大都会の東京、人種に問わず数多くの人々がこの街で暮らしている。


その過ごし方は人によっては異なる。会社員として平日から忙しく歩き回り、店員として飲食店でオーダーを受けて料理を作り運び、街中で配布のティッシュを配り店の宣伝。例を挙げればキリがない程だ。


そして彼もまたその人々とは異なる生活をして日々を過ごしている……。











秋葉原と神田の間、大通りにあるテナントビル。1階の喫茶店の上に表示される神王探偵事務所という名前、此処に探偵事務所を構える一人の人物が居る。

小さな個人事務所の待合室、傍に観葉植物がある依頼人の座るソファー。そこに一人の依頼人が座り、低い机と挟む形で探偵事務所の主がそこに座っていた。


「だから困ってるのよ!うちのジェームスちゃん、何処に行ったのか!もうどうしていいかどうしていいか!」

ソファーに座る依頼人、派手な赤いコートで身を包む40代ぐらいのふくよかな女性。いかにもセレブといった容姿だ。女性は必死な様子で目の前の相手へと依頼について話していた、ジェームスと呼ばれる者を探してほしいと。



「まずは……一回落ち着きましょうか」

その依頼人の話を聞く人物は少年のように見えた。

くせっ毛のある黒髪、目の前の女性より低いであろう身長。顔も童顔である事も合わさり彼が少年であると何も知らない者から見ればそう見えるだろう。

しかし彼はれっきとした20を超えた成人男性だ。


「「しんおう」って何かなんとかしてくれそうな名前してるし、大丈夫でしょ!?」

「……僕は「しんおう」じゃなく「かみおう」です」


黒いスーツジャケットを着た少年、神王正(かみおう しょう)

それがこの探偵事務所の主の名前。







女性は正へと最後にジェームスの写真を渡して慌ただしい様子で去っていった。中年の女性のパワーの凄さに押されつつも正は依頼人に渡されたその写真をチェックする、そこに映し出されたのは可愛い白い犬。ジェームスとは女性の飼っている白い犬の事だった。

犬種から見てこれはマルチーズだ。

探す犬の特徴はこれで把握し、女性からあらかじめジェームスの行きそうな場所。行動パターンを頭に叩き込み正は早速調査を開始。事務所の外へと出て街へと繰り出した。


秋葉原近くに事務所を構えて正は1年近くになり、それなりに舞い込んでくる依頼をこなして日々を過ごしている。とは言ってもどれも今のようなペット探しばかりではあるが。

それでもありふれた依頼だろうが仕事があるだけ今の世の中の不況を考えれば有難い事だ、特に正のような小さい個人事務所にとっては。



まずは何処から行こうか、大通りにあるベンチへと腰掛けて改めてジェームスの写真を見て考えていると一人の人物が正へと近づいて来た。

「よぉ、神王君じゃないか」

「ん?ああ。白石さんか」

短髪の黒髪、長身で立派な体格をした黒スーツの上着を肩にかけた30代半ばぐらいの男性。小柄で細身な正とはまるで正反対の存在に思える。

彼は白石大樹(しらいし だいき)

職業は警察官で秋葉原警察署にて勤務をしている。


この白石とは正がこの秋葉原に来た時にちょっとした事で知り合い、それ以来親しくさせてもらっている。彼が刑事だと知った時は正は正直驚いた。まさか来て早々刑事と知り合う事になるとは想定外にも程がある。

「ほお、白い犬の写真…また依頼が来たという訳か」

白石は正が犬の写真を見ていると彼が探偵として依頼を受けて仕事をしているのだと理解した。

「そういう白石さんは…昼飯食ってこれから署に戻るって所だろ。何かニンニクの匂いがする」

「はっはっは、流石探偵。そういう所はお見通しという訳か」

別に探偵じゃなくても分かるとは思うが、と豪快に笑う白石を前に正はそう思ったが口には出さないでおく。わざわざ言う事でもなく今はペット探しの依頼を抱えている。白石も昼食が終わりすぐ仕事に戻らなければならないだろう。


「それじゃあ白石さん、また」

「おお、頑張れよ」

ベンチから立ち上がり白石と別れ正は再びペット捜索を再会する。



白いマルチーズことジェームス、その犬は依頼人の女性いわく人通りの多い場所は好まず静かな所を好むらしい。そして行動パターンを事前に聞いており、正は大通りに居る可能性はまず低いなと判断し人通りの少ない通りを歩く。最も相手は動物なので気まぐれで人通りの多い大通りを歩く時もあるかもしれない、此処はジェームスが普段通り行動してくれる事を願うばかりだ。

先程の大通りに比べて人の行き来は少なく、大通りと比べて比較的静かにはなってきている。

正がその姿を確認しようと歩いていると一人の人物が目に付く。


柄物のシャツを大胆に前を開けた状態で大股に歩く金髪を逆立てた男、耳にピアスをしておりいかにもな感じの男だった。こういうのは一般的に関わりたくない、目を合わせたくないものだが不幸にも向こうと正の目が合って男から正へと近づいて来た。



「なんだぁ、てめぇ何睨んでんだぁぁ?」

予想通り、男は正へと絡んで来た。相手からすれば正の目が気に入らないのか、とりあえず理不尽に絡んで来た確率は高いだろう。

こういう時は素直に謝っておくのが一番だろうが、正は違った。

「あんたをわざわざ見てやる程こっちは暇じゃないんだよ」

わざわざ喧嘩を売るような言葉を正は男へとぶつけていく、それに相手が怒って来ない訳がなかった。

「んだと!?舐めてんのかこのガキが!」

正の態度に怒った男は怒り任せで正へと殴りかかる、繰り出される右の拳。



しかしそれが当たる事は無かった。



ドサァッ



「ぐあ!?」


気づけば男の方が床に大の字で倒れる形となっている、男は一瞬何が起こったのか理解が出来なかった。殴りに行ったはずなのに何時の間にか自分の方が倒れている、何故だと。



正が相手の力を利用して投げたのだ。彼には合気道の心得がある、それを男が知る由はない。



「お前、何処の奴だ?この辺りじゃ見かけないよな」

倒れた男を見下ろしながら正は男へと訪ねた、とりあえず彼は善良な一般市民には見えない。十中八九裏の住民と思っておいて間違い無いだろう。



「おいおいおい、どうした?」

そこに新たな人物が騒ぎを聞きつけたのか歩いて来た。赤いシャツにダメージジーンズと黒いオールバックの長身の男だ。その姿を見て倒れていた男が立ち上がり駆け寄る。

「さ、坂井さん!あ、あいつ!あのガキが…!」

坂井という男に彼は正を指差して自分がやられた事を伝えようとしていた。



「ああ、なんだ…そいつ竜介の兵隊だったのか。見覚え無いって事はそいつ新人だな?」

「!?お、お前坂井さんを名前で呼びやがって…って何でその名前を知ってんだ!?」

正は坂井のその姿を見てやり取りを確認すれば納得したという感じだった。男からすれば正が何やら坂井の事を存じてるみたいで驚いている。


「一人でああだこうだ勝手に騒ぐな馬鹿野郎」

「あだ!」

その男に対して坂井は拳を振り下ろす。



「まあこいつはつい最近入ったばかりのド新人だ、迷惑かけたな正」

正を名前で呼ぶ坂井、彼もまた正の事を知っていたのだった。



坂井竜介(さかい りゅうすけ)


神田を根城とする不良グループのリーダーを務める男。

かなり大きな勢力を持っており、彼の名を聞くと震え上がる不良達は数知れず。不良グループと言ってもあくどい事はしていない仁義を重んじるタイプだ。

正とは中学時代からの友人であり殴り合いの喧嘩もしていた。


「なんだ、やっぱり新人か。お前来なかったらそいつ病院送りにしてたかもな」

「……」

何気に怖ぇ事言いやがると、男は内心冷や汗物だった。坂井とタメ口で話すような正に対して既に只者ではないと感じており、手を出す相手を完全に間違えていた。



「そんでどうした正?わざわざこいつと喧嘩しに此処に来たって訳じゃないんだろ」

正がそれだけの為に此処に来たとは思えない、長い付き合いからか坂井は別の目的で正は此処に来たのだと思っている。

問われると正は預かっているジェームスの写真を坂井達に見せた。もしかしたら彼らは心当たりあるのか見ているのかもしれない、そんな可能性がほんの少しでもあるのなら訪ねておいて損は無い。

「今ペット探しの依頼を受けているんだ、こういう犬をこの辺りで見かけなかったか?」

「あ?こいつ……さっき中川の奴が餌やってた犬に似てるな」


その考えは見事ビンゴ(当たり)だった。これはラッキーと正は内心で思っておき、正は坂井達と共に彼らの根城としている神田へと向かう。


神田の駅前から外れた路地裏の事務所、そこに彼らのアジトはあった。

此処が坂井達のグループ、令和鬼神の拠点であり奥に坂井の座るデスクが置いていてオフィスに近い物があるがそこから流れる空気は他の建物とは違う独特の物がある。

正も坂井との付き合いで何度か出入りはしているがこの空気は早々慣れるものではない。


「おい中川ぁ!」

「へい?」

事務所内に中川と呼ばれるスキンヘッドの男が坂井に呼ばれて振り向く、彼は犬に餌をやっている所だった。その犬は白い犬のマルチーズで写真の犬ととてもよく似ていた。

「坂井さんお疲れっス!それに神王さんもようこそっス!」

中川は坂井と正の姿を確認すれば礼儀正しく頭を下げた、正にまでするのは坂井と対等な付き合いをしている馴染みの人物なせいだろう。

「中川、その犬…どうしたんだ?」

「へえ、何かこの辺りをフラフラ歩いてましてね。なんつーかこいつの目を見てると放っておけなくて…此処に連れて来ちまったんス。ほら、神王さんも俺の犬好き知ってるでしょ?」

どうやらこの神田まで来て歩いている所に中川の手によって保護されていたらしい、とりあえず動物を大事にする人物に見つけてもらってこの犬にとっても幸いな事だったかもしれない。

正は改めてその犬が写真の犬かどうかを細かく確認する、これで持って行ってこの犬は違うというミスを此処まで来てしてしまうのはごめんだった。


「依頼人の犬で間違いない、中川。こいつは依頼人が探している奴だ」

「マジスか!?神王さんの依頼人の犬を俺は拾っちまったんスか!」

「ああ、という訳で連れてっていいな」


正は中川からマルチーズ犬ことジェームスを託され、この犬と共に坂井の事務所を後にした。


「中川さん…何であんなチビにそんな頭下げるんですか?」

何も知らない下っ端の男が正の姿が見えなくなって中川へと声をかける。彼からすれば頼りない少年に見えて体格あって力ありそうな中川が頭を下げるような相手ではないと思っていた。しかしそんな言葉を発した下っ端に対して中川の拳が振り下ろされる。

「いでぇ!?」

「馬鹿野郎!何も知らねぇのかてめぇは!」

下っ端の胸ぐらを掴み中川は凄んで言う、彼はこの令和鬼神の中でも幹部クラスの男だ。その迫力は下っ端をびびらせるに充分である。


「あの人は学生時代から坂井さんと付き合いがあり、その坂井さんと喧嘩で互角以上に渡り合ってんだ…てめぇなんぞあっという間に転がされるってのをよく覚えとけ!」

「さ、坂井さんと…!?」

下っ端からすれば凄い存在であろう中川、そしてボスである坂井。その坂井と喧嘩で互角以上と言われる正。あの小さい身体の何処にそんな力が、と言おうとしていたがまた殴られそうな気がしてその言葉が下っ端の口から出る事は無かった。












事務所へと戻る途中で正は依頼人の連絡先へと電話をした、ジェームスらしき犬が見つかったので確認してほしいと。連絡を入れると正としては明日で良いのだが依頼人の方がすぐに行くと言い出し、事務所で落ち合う事となったので正はジェームスと共に依頼人が来るのを待つ。

「ジェームス!まあ~この子ったら心配かけて!」

依頼人のセレブが現れ、その白い犬へと駆け寄るとそれがジェームスであると分かったようでその白い体を愛おしそうに抱きしめた。どうやら犬違いという事は無かったようで正としても一安心だった。

ジェームスは神田の方まで歩いていたという事を正は依頼人へと説明、本当はそこから令和鬼神の中川に保護されていたのだがややこしい事になりそうなのでその説明は省いておく。依頼人からすればジェームスがまさか不良の幹部に保護されていたなど思いもしてないだろう。


ともあれ正のペット探しの依頼はこれで無事に終了となった。









外は夜空によって暗くなり街灯の明かりが目立つようになる、飲食店にとっては一番の稼ぎ時の時間帯だが正はその街中へと出る事はない。

そこまでしなくても彼の場合は自身が構える事務所の下にすぐ目的地があるからだ。



神王探偵事務所の下、1階にある喫茶店ヒーリング。その名の通り正にとっては居心地の良い癒しの場であり大抵正は此処で食事をする。

心地良いジャズのBGMが流れ、数名のウェイトレスが仕事をする姿が見える。



「はい、正君お待ちかねのステーキでーす」

お気に入りのカウンター席に座る正の前に大皿に乗ったステーキが運ばれる。ステーキを運んだポニーテールの赤い髪の女性もウェイトレスの服に身を包んでいるがこう見えても此処の店長でありテナントビルのオーナーである。そしてある人物との繋がりもあった。


仕事が終わった後のステーキは格別であり、正は頼んであったコーラを友にしてステーキを味わう。やはり美味い、自分への褒美にぴったりだった。

そこに店の扉が開き新たな客が入る。


「おお、やはり今日も居たな」

現れたのは白石だ。此処に正が高確率で居る事を分かっているようで彼も正共々この店の常連のようだ。その理由は……。

「兄さん。何時もの?」

「ああ、頼む茜(あかね)」


此処で働く店長でオーナーの女性、茜は白石の妹。彼は妹の店に通っていた。



白石 茜(しらいし あかね)


喫茶店ヒーリングの店長でテナントビルのオーナー。数名のウェイトレスと共に喫茶店を経営しており、正に探偵事務所となる場所を与えた。

正は彼女には頭が上がらない。



本当にこの兄妹に会ってなければ今の正は無かったのかもしれない、正はそれほど二人には世話になっている。なりっぱなしだ。

「依頼の方は無事に片付いたようだな、何時も依頼を終えてそのステーキを食べているのだろう」

「まあ何とか運良く。1日で片付くとは俺も思っていなかったよ」

ラッキーが重なった結果ではあるが依頼は早々に片付いた。だからこうしてのんびりとステーキが食えるのだ、そう言ってる間に白石の方にもステーキ。更にガーリックライスが来ており盛りが多かった。


「でも探偵って聞いたから物凄く事件に巻き込まれて死体発見しまくったり犯人に疑われたりとかそういう事いっぱいあるのかと思ったんだけどね、実際はペット探しばかりなんだ」

「……それはドラマの見過ぎ。現実でそんなの無い」

茜の探偵に対するイメージに正は内心ため息をついた。探偵へのイメージは人それぞれだ、ドラマを見て探偵は事件に巻き込まれやすい。死体を発見して疑われたりというのが日常茶飯事であると、しかし正にはそんなものは全く無い。皆無と言って良い。

殺人事件に巻き込まれた事など無いし、皆を集めて推理ショーとかもやった事は一度も無い。実際はほぼペット探し、現実はそんなものだ。


「まあ警察からすればそこまで事件起きて犯罪率が高いのは困るんだがな、事件無く平和が一番だ」

白石のような警察官からすればそんな死体が出るような事件は無い方が良い。それよりも何もなく平和である事が良い事だろう。




「そうそう、平和が一番…。」

何の物騒な事件も無しでペット探しとかの仕事をしていればいい、そういう人生で良いだろうと神王正は今日も探偵としてこの街で活動していく……。

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