第65話 (ダイン視点)

 セルリアが帰ったその後、作業場の前は何とも言えない空気が覆っていた。

 そんな中俺、ダインは無言で立ち尽くしていた。


 ……その胸にあるのは、どうしようもない後悔だった。


 アランが口にしたこと。

 それは本来俺が言うべき言葉だった。

 それを俺は理解していたのにも関わらず、ためらってしまった。

 すべては、セルリアという人間に対して情を感じていたが故に。


 しかし、情を感じるならばなおさら、俺はセルリアをとめるべきだったのだ。


 そう理解しているが故に俺は自分を許せない。

 思わず、唇をかみしめる。

 ふと、俺の前に誰かがやってきたのはそのときだった。

 顔を上げると、そこにいたのはアランだった。


「……勝手な事をしてすまなかった」


「そんなことはない!」


 困ったように笑いながら告げたアランに、俺は反射的に叫んでいた。

 そう、実際アランがやったことは誰かがやらなければならないことだった。

 むしろ、俺が押しつけた形になっていた。


「……俺が言うべきだったんだ」


「いや、それだけは絶対に許されないことだ」


 しかし、俺の言葉にアランは首を横に振る。


「ダイン、お前は一番セルリアと関係を築いている。だから、お前に言わせる訳にはいかない」


 そういうアランの顔は真剣そのものだった。


「これは俺のような、関係の浅い人間が言うべきことだ。……これはあくまで俺の我が儘なのだから」


 そういいながら、アランは笑う。


「セルリアには目的があることも、それは恐らく人のためであることも理解している。それでも作業場に俺は入ってほしくなった」


 そういって、アランは口を開く。


「……それでセルリアが怪我を負う未来など、俺は見たくないから」


 それに俺は唇をかみしめる。

 そう、それこそがラズベリアの作業場が女人禁制たる理由。


 ラズベリアは決して華やかだけのガラスの世界ではないのだ。


 俺は無意識のうちに、自分の見えない目の方に手を当てる。

 そう、この怪我もラズベリアの作業の最中に負った傷だった。

 決して女性だから、ガラス細工を作る能力がないなんて言わない。

 ただ、俺達は知っているのだ。


 ──自分たちが傷を負った時の代償と、女性が傷を負った時の代償は違う事を。


 そして、セルリアだけには人生の負い目になるような傷を負わせる訳にはいかなかった。


 だからアランも、あえて嫌われるような言葉でセルリアを突き飛ばしたのだ。


「セルリアは、危険だと言っても止まらない。そう思ったから、お前はあんな言い方したんだろう?」


 そう俺が言うと、アランは困ったように笑う。

 その笑顔が何よりの答えだった。


「……でも、ダイン。駄目なんだよ」


「アラン……?」


 雰囲気の変わったアランに、俺は思わず困惑の声をあげる。

 そんな俺に、アランは告げる。


「どんな理由があっても、恩人にあんなことを言ってはいけないんだよ」


 ◇◇◇



 内容を整理したく、次回の更新から、週二回更新(月、木)とさせて頂きます。

 突然のご連絡になってしまい申し訳ありません。

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