第54話 (ネパール視点)

「……っ」


 私がその可能性にようやく気づいたのは、そのときだった。

 そうだ。

 考えれば単純な話でしかない。

 セルリアが一番頼れる人間は、アズリック商会しかないのだから。

 しかし、今気づいてもどうしようもなかった。

 どうすればいいのかさえ私の頭には浮かばず、ただ呆然と立ち尽くす。


 ……その助け船が入ったのは、想定外の人間からだった。


「事情は理解した。その情報の出所もだ。その上で聞こう」


 そう告げたのは、怒りをにじませた公爵閣下だった。

 公爵閣下はそれをアズリックに向けながら告げる。


「どうして真っ先に私にその話を告げなかった」


 その言葉に、無関係のはずの私の身体に鳥肌が立つ。

 しかし、そんな状況においてもアズリックは揺るぎもしなかった。

 まっすぐと公爵閣下を見返し、告げる。


「あのままではすべてがセルリア嬢の責任になっていたことは明白だったからです」


 そう言いながら、アズリックが何かを取り出す。

 それを受け取った公爵閣下は少しの間なにも口にすることはなかった。 しかし、少しして重々しい口調で告げる。


「……なるほど。私に直談判する前にこれを集めていたか」


「公爵閣下。それは一体……」


「様々な商人から集めた、マイリアル伯爵家でのセルリアの扱いについて記された書類だ」


 その言葉に、私は呆然と立ち尽くす。

 商人と関わるうちに私は、商人は交渉の生き物であると知りつつあった。

 しかし、私は理解する。

 今の状況は、そのどれとも違うと。


 アズリックは私達との交渉など考えていない。

 明確に私たちを潰すべく、敵意を向けていると。


「貴様! 何を考えている!」


 そして、私以上にそれを信じられなかったのはマイリアル伯爵家当主立った。

 唾をとばしながら、叫ぶ。


「私がどれだけの恩を貴様に与えてやったと思う。貴様はそのすべてを裏切るのか」


 それに私は同意して叫ぼうとする。

 しかし、その寸前私は言葉を飲み込んだ。

 ……視界の端、公爵家閣下が不機嫌そうに眉をひそめたのを見て。


 それに今更ながら私は気づく。

 このままでは、公爵閣下の怒りを買うだけで、何の意味もないと。

 しかし、その私の想像は裏切られることになった。


「誰が貴様等などに恩を受けた!」


 その前に、アズリックが怒りを露わにしたことによって。


 広場がびりびりとするほどの怒声に、私もマイリアル伯爵家当主も固まる。

 しかし、それでも止まらずアズリックは続ける。


「──わしらが恩を受けたのは貴様等ではなく、セルリア嬢だ!」

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