第51話 (ネパール視点)
その言葉に私はなにも言えなかった。
ただ、いやな汗が背中に伝うのを感じる。
心配しているようにしか見えない公爵閣下の視線が怖くてならなかった。
別にアズリックは一言も私達の関与を告げた訳はない。
ただ、私達は理解せずにはいられない。
……その責任が自分たちにあることを。
「この状況についてどう思う?」
公爵閣下がそう口を開いたのはその時だった。
下を向いていた私は、誰に向かって声をかけているのか理解できなかった。
しかし、突然広がった沈黙に顔をあげ、そして理解する。
「っ!」
公爵閣下が見ている先は自分とマイリアル伯爵家当主であることを。
その瞬間、顔から血の気が引いた。
「わ、私は……」
なんとか口を開く。
けれど、それ以上声がでることはなかった。
なにを言えば正解か、それが私には理解できなかった。
そんな私に公爵閣下はさらに告げる。
「突然の質問すぎたか? しかし、聞かせなさい。この状況を引き起こした人間への考えを聞かせなさい」
なにを言えば、この絶望的な状況から抜けられる?
そんな考えが頭に浮かび、消えていく。
公爵閣下はそんな私に、怪訝そうな表情を浮かべながら告げる。
「どうした? なぜなにも言わない? ……貴殿等はセルリアの親族だろう?」
私が自分の勘違いに気づいたのはそのときだった。
今まで、私はすべてを公爵閣下が知っていたのだと考えていた。
しかし、そうではなかった。
公爵閣下は、セルリアが責任者だと思いこんでいるのだ。
「断じて許せないことであると思います」
そう理解した瞬間、私はそう叫んでいた。
今まで黙っていた反動のように、私は大声で叫ぶ。
「親としても、大変申し訳なく思います! セルリアは当家の恥です!」
そんな私に追随するように後ろから声が響いてくる。
私と同じく、大声で叫ぶマイリアル伯爵家当主の声を聞きながら私は気づく。
……公爵閣下が話を求めていたのは、私だけでなはなくマイリアル伯爵家当主でもあったことを。
その事に気づいた瞬間、私とマイリアル伯爵家当主は示し会わせる訳もなく、協力体制を築いていた。
それから私と公爵閣下は二人で協力しながらセルリアの悪行を訴えていった。
……それに多大な被害意識があることに気づきながらも。
それでも自分から疑いの目を避けるために私は叫ぶ。
「セルリアには、損害をすべて請求するのが正当であると思います!」
「いえ、公爵閣下の恩を仇で返したことを考えれば国外追放でも当然かと」
「その通りです。少なくとも、もうセルリアがまともに交易ができる状態にすべきではないかと!」
そう言い募った後、私も公爵家当主もあれた息を隠すのに必死だった。
感情的になっていることに気づかれないように祈りながら、私は公爵閣下の方へと視線をやる。
その目に疑いがないことを祈りながら。
「……そうか。確かにそれほどの制裁は必要になるか」
そして、その私の願いは叶うことになった。
そう呟く公爵閣下の顔には思案げな表情があるだけで私達に意識を向けている様子さえなかった。
何とかか急場はしのいだと、私は内心安堵する。
しかし、その時私は気づくべきだった。
──警戒すべき一番の対象は、公爵閣下ではなかったことを。
「少し。よろしいですか?」
しんとした部屋の中に、その声はやけに大きく響いた。
故にその声に、注目が集まっていく。
その視線の先にいたのは、マイリアル伯爵家お抱えの商人たるアズリックだった。
「どうも皆様セルリア嬢に対して誤解されているようですな。──今回の貿易が失敗し根本の原因はセルリア嬢ではありません」
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