第50話 (ネパール視点)

「……分かり、ました」


 何とか喉から声を絞り出し、私は告げる。

 公爵閣下の言葉を了承する言葉を。

 それに信じられないような目でマイリアル伯爵家当主が見えてくるが、にらみつけた瞬間無言で目をそらした。


 ……それこそが、マイリアル伯爵家当主も断れる訳がないと理解していることを物語っていた。


「快く了承してくれたか。感謝する!」


 そんな私達に、表面上はにこやかに公爵家当主は告げる。


「アズリックがマイリアル伯爵家とネパール殿は重大なことを知っていると教えてくれてな。──答えてくれなければ手段を選んでいる場合ではなかったところだった」


 その言葉に、隣で息をのむ声が聞こえる。

 振り返るまもなく、私にはその声の主がマイリアル伯爵家当主であることを理解できた。

 普段の偉そうな態度から考えれば、それは情けない態度と言える。

 しかし今に至っては、その態度を情けないと馬鹿にすることはできなかった。


 ……私でさえ、震えを隠すのに必死だったが故に。


「では、話し合いを始めようか」


 私たちを立たせたまま、表面上だけはにこやかにそう公爵閣下が告げる。

 その言葉だけを聞けば、誰もが公爵閣下の内心を理解できないだろう。

 そして、その事実がさらにこの場の異常性を物語っていた。


 私が自分の勘違いに気づいたのは、このときだった。

 今まで私はずっと、自分はマーシェルと同じくらい評価されるべき人間だと考え過ごしてきた。

 けれど、今になって理解する。

 ……そんな能力など、私には微塵もなかったことに。


 その事実に萎縮する私。

 しかし、すぐに気づくことになる。

 今までは前座にしかすぎないと。


「それでは私が状況について説明させてもらいます」


 そう言って立ち上がったのは、いつもと違い丁寧な言葉を使うアズリックだった。

 そのままアズリックは何らかの資料を持って口を開く。


 そして始まったのは、公爵家が今回の貿易で受けた損失についての話だった。


 その説明の最中、私も公爵家も一言も発することができなかった。

 アズリック商会を抱えたマイリアル伯爵家に入る金額は決して少ないものではない。

 しかし、説明されたのはその比にならない金額だった。

 それを聞きながら、私は今更気づく。


 ──自分は、絶対にしてはならないことに軽率に手を出してしまったのではないかと。


 エミリーとの関係をマーシェルに知られたあの日、言われた言葉。

 それが今になって頭に蘇る。

 あのときは脅すためにやったものだと私は思っていた。

 私との婚約を継続させようとするために、大げさに言っているのだと。


「以上がこの件の顛末になります」


 最後にそうアズリックが言葉を締めた時には、私もマイリアル伯爵家の人間もなにも口にすることができなかった。


「とんでもない被害だな。これは責任者に責任を問わずにはいられまい。ん?」


 そこで、さも心配そうに公爵閣下が私達の方へと目を向けた。


「どうしたか。……顔色が悪いようだが?」

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