第46話 (ネパール視点)
「私はマイリアル伯爵家当主だぞ……!」
そう叫ぶ声を聞きながら、私は目の前で起きている事態が理解できなかった。
確かに、マイリアル伯爵家当主のプライドは高い。
それは知っていた。
だが、この状況でどうしてそんなことにこだわれるのか理解ができなかった。
なぜ、今の状況が理解できないのか。
目の前のマイリアル伯爵家当主の考えが、私には一切わからない。
ただ、呆然とした頭で思う。
前を歩いていた侍女が、不安げな顔で振り返ったのはその時だった。
「え、何か私粗相を……」
「そんなことも理解できないのか?」
「っ!」
その瞬間、マイリアル伯爵家当主の矛先が侍女に向いた。
……このままの状態で放置する訳にはいかないと。
咄嗟に私は、マイリアル伯爵家当主へと声をかける。
「やめてください! ここをどこだと……」
「うるさい!」
しかし、私の言葉にマイリアル伯爵家当主の顔に浮かんだのはさらなる怒りだった。
それに私は理解する。
自分の行動が地雷を踏んだという事を。
「どうして貴様程度に、私の行動を制限されなくてはならない!」
そう目を怒らせ叫ぶマイリアル伯爵家当主は、強引に侍女の手をつかむ。
「きゃっ!」
「こんな侍女程度に何かしたことで、何の文句を言われなければならない! 私はマイリアル伯爵家当主だぞ!」
その言葉に、私の頭が真っ白になる。
意識せざるを得ないのは、終わりと言う言葉。
──救いの声が響いたのは、そんな時だった。
「当家の侍女が何かいたしましたか?」
威厳に満ちた初老の男性の声。
それに私だけでなく、マイリアル伯爵家当主も動きをとめる。
思わずその声の方向へと目を向けると、そこにいたのは執事服に身を包んだ初老の男の姿があった。
その姿に、私は思わず口を開く。
「……セバスチャン」
公爵家当主の懐刀、そう称される公爵家の家宰の名前を。
そして、その存在を知っていたのは私だけではなかった。
「い、いや、何でもない! さすが公爵家、使用人の教育も手抜かりがないと話していただけだ!」
必死の様子でそう言い繕い始めるマイリアル伯爵家当主。
その姿に、私は首の皮一枚でこの場を切り抜けたことを理解する。
公爵閣下の怒りを買う致命的な展開だけは回避したと。
「そうでしたか。我が主にも、その言葉お伝えいたしましょう。さぞ喜ぶことでしょう」
「は、はは……」
セバスチャンの笑顔での一言に、マイリアル伯爵家当主は何とか曖昧な笑みを浮かべる。
ようやく自分のやりかけた出来事の重大さに気づいたような、そんな表情で。
それに今更かという怒りを感じながら、同時に私は思う。
少なくともセバスチャンがいる間、マイリアル伯爵家当主が暴走することはないだろうと。
しかし、それに私が完全に安堵することはなかった。
……にこやかに笑うセバスチャンの顔に浮かぶある異常に私は気づいていたが故に。
「せ、セバスチャン様」
「マリナ、今日はここには来るなと告げていたはずだ。下がっていなさい」
そう言いながら、セバスチャンは侍女に奥の部屋を指す。
万が一にでも、もう二度と私たちに接触させないというように。
「それでは、私が改めて案内をさせて頂きます」
そうにっこりと笑うセバスチャン。
ただ、その目は冷え切っていた。
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