第19話

 いつも通り登校して教室に入った途端、

 クラスメイトたちが波となって押し寄せてきた。


「兼森きた! サインもらおうぜサイン!」

「いやいやそれよりまず写真だろ。

 1枚でいいから一緒に映ってくれ~! 自慢したいんだよ」

「ちょっと男子! 兼森くんが困ってるでしょ!

 まったくもう……。

 あ、ところで兼森くん。連絡先って、交換してもいい……?」


 男子も女子も関係なく、見境がない。

 俺は完全にその勢いに飲まれてしまっていた。


「あの、あんまり理解が追いつけてないんですが……」


「なに言ってんだよ。街を救ったヒーローだろ。

 あといま超人気のStuberだし」


「ああ……やっぱりかぁ。

 ち、ちなみに俺は配信者じゃなくて、付き添いなんだけど……」


 弁明するが、もはや聞いすらいない。


 ある程度覚悟はしていた。

 この前のダンジョン災害でのドラゴン掃討戦の様子は、

 ユノチャンネルでばっちり生配信されていたのだ。


 おかげでいまやユノチャンネルの登録者は50万人をあっさり突破し、

 すぐにでも100万人に到達しそうな勢いだ。

 

 しかもネットだけではなく、テレビや雑誌にも、

 その内容が取り上げられる始末だった。


「おまえが探索者やってたのは知ってたけど

 こんなにすげーやつだったとはなぁ。マジでクラスメイトとして誇らしいわ」


「はは……それは……なによりで」


「ってか、まさかおまえと伊吹さんが一緒に暮らしてるなんてなぁ。

 同じクラスなのに全然知らなかったわ」


「ああ……それは」


 答えにくい話題だった。

 なんと返すべきか考えあぐねていると、

 もうひとりの話題の渦中の人物が教室に入ってきた。

 

 明るく染めたロングの髪、ルーズに緩めた襟元。耳のピアス。

 あか抜けた美人である優乃さんに、女子たちが群がっていく。


「ちょ、ちょっ!? なになに!?

 ちゃんと話すから、順番にお願い~!」


 つい先ほどの俺とまったく同じ状況に、彼女も陥っていた。


 +++


 夕暮れの住宅街。

 優乃さんはがっくりと肩を落とした。


「ぐあはぁ…………。今日はマジで、1日どっと疲れたぁ」


「あはは……俺も」


 1日中、クラスメイトたちの質問攻めにあった

 俺と優乃さんは、放課後になってようやく解放された。


 だがそれだけでは終わらず、学校の前にはマスコミ関係者と思しき大人たちや、

 テレビクルーまでもが待ち構えていた。


 それをようやく回避し、無事尾行がないことを確認できたのが今だ。

 正直、ダンジョンを攻略する以上に大変だった。


「なんか、有名人になったのは配信者としては嬉しいんだけど……

 このバズり方は正直予想外かも」


「なんていうか……ごめん」


「いやいや! 悪いのは私だってば。カメラ切り忘れたの私だし。

 そのせいで夕都くんの顔バレもしちゃったし……」


「まあ……それはそんなに、気にしてないんだけど」


 俺にとって、本当に気がかりなのはそこではなかった。


 戦闘時に、力を抑える拘束スキルを一部解除してしまったこと。

 

 そして、“ダンジョンの攻略用”ではなく

 “”の武装を使用してしまったことだ。


 今のところ、まだ危惧すべき相手からの接触はない。

 だが時間の問題かもしれない。


「でもさー、バレちゃったね」


「え?」


「私たちが……その、一緒に暮らしてることとかも」


「ああ……。まあそれは、先生や、クラスの人たちには元々けっこう知られてたし」


「まあそうなんだけどさ。

 どっちかというと、視聴者の人にも」


「ああ……。それって、やっぱりよくないんだよね?

 配信者的には」


 俺は、気まずさを感じながら聞いた。

 

「まー、ね。各務さんからもめっちゃ連絡きてるし。

 今度話しいかないとねー。事務所的にも対応しないといけないだろうし」


「そっか……。なんだか、やっぱり迷惑かけちゃったな」


「ううん。夕都くんは気にしないで」


 優乃さんはへこたれた様子はなく、

 むしろどこか楽しんでいるように余裕の笑顔を見せた。


「ちゃーんと今度視聴者の皆には説明するから。

 謝罪配信? 釈明配信? とにかく私と夕都くんの関係のこと。

 カップル配信とかそーいうんじゃないからーって。

 だって、私と夕都くんは……」


 そこで優乃さんは立ち止った。

 

「……? どうかしたの」


「あ、ううん。べつに」


 一瞬、優乃さんの表情が曇ったように見えた。

 だがすぐに笑顔に戻る。


「私と夕都くんは、義理とはいえ、兄妹で、家族だもんね。

 ――それ以上の、関係には、なれないもんね」


「優乃さん……? それって……」


 彼女のその言葉に込められた気持ちを

 俺はなんとか探ろうとした。


 ――だが、それを中断する気配があった。



「探したぜ。かつて世界を救った英雄さんよ」



 夕暮れの住宅街に、見知らぬ人影が立っていた。


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