第15話

「いくよ、ユウ!」


「うん、そっちはよろしく」


 俺と優乃さん――ユノの姿は今日もダンジョンにあった。

 これまでと違うのは、

 ここが今までの低階層よりも強力なモンスターが

 多数出現する、であること。

 

 2体同時に出現した、B級モンスターのガーゴイルが二手に分かれる。

 それを俺とユノは手分けして迎撃に入る。


 ガーゴイルが翼を広げて空中から強襲。

 それをユノは最小限の動きで回避した。


 細身の剣を構えるが、すぐには攻撃しない。

 しっかりと相手の動きを見ている。


 ガーゴイルが頭上から大振りの一撃を放つ。

 ユノはそれを待っていた。


 腕を大きく引いた構えから、至高の刺突を繰り出す。

 まるで戦艦の大砲を食らったようにガーゴイルに風穴があいた。


 敵が消滅するのを横目で確認し、

 俺も自分の方のガーゴイルを一刀両断した。


〈ユノちゃんTUEEEEEEEEEEE!!!〉

〈変わりすぎだろwwwww〉

〈これが特訓の成果か〉

〈ユノはやればできる子だと信じてたよ〉

〈最初から信じてたわ〉

〈ユノはわしが育てた〉

〈ちょいかわ師匠様様だな〉


「ちょっとみんなー、手のひらくるくるしすぎじゃない?

 ま、私だってやればできるってのは証明されたけどね」


 ユノがコメント欄を確認しながら、

 戦闘の合間にしっかりと視聴者に向かってリアクションしている。

 配信者というのは大変だ、

 とただの付き添いである俺は気楽に思う。


 そのとき、ダンジョン内が奥底から鳴動した。

 

 暗がりの奥底から出現したのは――

 A級モンスターのヒュドラ。

 多数の首を持つ蛇の怪物だ。


 ひとりであの多頭を相手をするには、少々骨が折れる。

 

〈やばいの出た!〉

〈ユノちゃん逃げて―!〉

〈頑張れば倒せるのでは?知らんけど〉


「ゆ、ユウ! ど、どうしよう」


「大丈夫。今の俺たちならできるよ。

 俺が先に仕掛けて、相手を削る。

 仕留めはユノに任せた」


「! う、うん、わかった」


 ユノが頷き、俺が先行する。

 ヒュドラに接近。


 多数の毒牙が、次々と襲い掛かってくる。

 それを俺は刀で捌き続けた。

 空中で頭を踏みつけ足場にして跳躍。

 背後に回り込みながら、首のひとつを切断する。


 ヒュドラが大きく哭き、暴れまわる。

 

 ユノも冷静に相手を観察できている。

 俺は、そのまま距離を詰めて、さらに首の半分を切断した。


 ヒュドラの動きが鈍りはじめる。


「今だよ、ユノ!」


「いっけぇええええ!」


 ユノが再び、すさまじい突きを放ち、ヒュドラの大部分が消滅した。


 光の塵になっていく大型のA級モンスターを

 ユノはどこは呆然として見つめていた。


「や、やった……すごい、私やっちゃった!?」


「うん」


〈うおおおおおおお!!!〉

〈すごい〉

〈マジか〉

〈ほんとに倒せるとは〉

〈すごいもん見た〉

〈やべえええええ〉

〈ユノちゃんマジ最強www〉

〈ってかこのコンビ相性よすぎでは〉


 ユノがえへへ~、とまんざらでもない笑顔をカメラに向けている。

 これはまた、今日も登録者が増えそうだ。


 剣を鞘に納めたユノが、俺に近づいてきた。


「ユウ、やったね! ひとつ一応聞いておきたいんだけど……」


「ん、なに?」


「もしかして……戦ってなかった?」


 ユノがジトっとした目で見つめる。

 俺はなんだか冷や汗を感じた。


「…………………………してない、よ」


「うそ!今の間は絶対してたでしょ!」


「はは……まあ、だとしても、ユノがそれに気づけるようになったのは

 結構な成長だと思うよ。自信を持って」


「え、そ、そう? そっかぁ……。

 って、なんか上手く誤魔化されてる気もするけど……」


 ユノは釈然としない様子だったが、

 間違いなく、どんどん戦い慣れしているのは間違いなかった。


 +++


「じゃあ、今日の配信はここまで!

 皆また明日またよろしくね~!

 ばいユノ~」


〈ばいユノ~〉

〈ばいユノ~〉

〈お疲れさま!〉

〈乙〉

〈ばいユノ!〉

〈明日も楽しみ!〉

〈この二人どこまで進むのか〉

〈乙でした!〉


 ダンジョンを出たところで、

 ユノはカメラを切った。

 俺もちょいかわのお面をようやく外す。


「あーなんか最近ダンジョンもぐるの、前よりも楽しいなぁ」


「それは……まあ、よかったのかな?」


「もっちろん。登録者数、もうすぐ10万人行きそうなんだよ?

 各務さんも新人でこのペースはすごい、って褒めてくれたし」


「そっか」


 俺はユノ――優乃さんが楽しそうにしている姿を見ているだけで、

 どこか満足している自分がいることに気づき始めていた。

 

 もちろん最初は、義理の妹である彼女のことをもっと知りたい、

 から始まった配信のお手伝い。

 だが、それはあくまで、結果的な副産物でしかないのかもしれない。


 もっと単純なこと。

 俺は、彼女の近くに、もっといたいのかもしれなかった。


「……あのさ、夕都くん」


「なに?」


「この前、いつだったか……その、言いそびれたんだけどさ……」


「うん」


「今度よかったら、その……ふたりでどっか、出かけない?」


「え――」


「あ、配信とかじゃなくて! いや、してもいいだけど……

 どっちかっていうと、そういうんじゃなくて……

 なんていうか、ふたりだけで、プチ打ち上げ的なというか……」


 優乃さんは、なんだか歯切れが悪い。


 彼女は顔を上げると、少し熱っぽい表情をしていた。

 どくん、と心臓が跳ねる。


 そのときだった。


 ダンジョンの外で、誰かの悲鳴が上がった。


「な、なに!?」


「あれは――」


 俺は頭上を見上げる。

 そこには、鳥でも飛行機でもない、異形の影が浮かんでいた。

 あれは、間違いなくモンスターの姿。

 

 なぜ、ダンジョンの外にモンスターがいるのか。

 その答えは、俺の知る限りひとつしかなかった。


「ダンジョン災害……」


 忌まわしき悪夢の再来だった。

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