第11話

 腕や顔にタトゥーを入れた柄の悪い男たちが、

 配信を終わろうとしていたネリネさんと伊吹さんに近づいた。

 人数は全員で5人。どの男たちもガタイは大きい。


「ねーねー、んなことしてないでこっち来いよ」

「年いくつ? いやマジ顔も体もいいもん持ってんじゃん」


 男たちが下品に嗤う。

 彼らの登場に、伊吹さんは青ざめて怯えている。

 ネリネさんは落ち着いた様子を崩さず、彼らを見返した。


「ごめんなさい。今配信中なので」

「あぁ? 何口応えしちゃってんの?」


 男の1人が苛立ったようにネリネさんに詰め寄り、

 いきなりその手のスマホを奪おうとした。


 ネリネさんが軽やかにかわすと、男がその場でたたらを踏んだ。

 

「っ……! てめ調子乗んなよ!」


 男たちが一斉に掴みかかってくる。

 悲鳴を上げる伊吹さんをかばうように、ネリネさんは立ちはだかった。


 ――と、俺が見ていたのもそこまでだった。


「やめた方がいいですよ。

 言いましたからね」


 俺は男のひとりが伸ばした腕を、手首を掴んで受け止めていた。


「あんだてめぇ? 変なナリしやがって、邪魔してんじゃねーぞ……!」

「ぶっ殺しちまえよ」

「あーあ、こいつ死んだわ」


 殺気だった男たちが、今度は標的を俺に変更する。

 その方が都合がいい。


 すると、俺が手首を掴んだ男がうろたえ始めた。


「なっ……て、てめぇ、離せよ……!」


 男が両手で俺の指を引き剥がしにかかる。

 だがぴくりともしない。


 俺は言われた通り腕を解放した。

 全力で後ろに体重をかけていた男が、そのまま尻もちをついて後ろに転がる。


「こ、こいつ……!」


 他の男たちが一斉に殴りかかってきた。

 

 右ストレート、前蹴り、まわし蹴り、

 さらには取り出した警棒まで。

 全部が俺の身体に猛烈な勢いで叩きつけられた。


 ――だが、それだけだ。


 俺が身じろぎひとつせず、その場で棒立ちを続けていると、

 男たちはひどく困惑した顔でじりじりと後ずさり、

 自分たちの腕や足を抑えて苦悶の声をもらし始めた。


「ぐぁあ……!?」

「いってえぇ……!」

「ほ、骨が……!」


 どうやら拳やスネ、手首の骨にダメージを負ったようだ。


「な……なんなんだよ……おまえ」


 男たちは、得体のしれないものと遭遇した恐怖に

 本能的に戸惑っているような様子だった。

 俺がちょいかわのお面越しに無言の視線を送っていると、

 怪我をしたお互いに手を貸しながら、一目散に逃げていった。


「ふぅ……大丈夫? ふたりとも」


「っていうか、キミこそ平気なの? 殴られてなかった……?」


「少し、人よりは頑丈だから」

 

 ふと手元のスマホを見ると、

 コメントが濁流のような速度で流れていた。

 

〈これは爽快〉

〈ざまぁwwwwwww〉

〈スカっとした!〉

〈ってかちょいかわ強すぎる〉

〈ゲス暴漢野郎どもに慈悲はない〉

〈合気道?〉

〈ちょいかわ剣士ありがとう!〉

〈ネリネちゃん無事でよかった!〉

〈岩かな?〉

〈鍛えてるってレベルじゃねーぞ!〉

〈かっこよすぎる。ファンになりました〉

 

 ……どうやら、配信はまだ続いていたらしかった。


 +++


「――はぁ……怖かったぁ……ほんとびっくりした」


 帰り道で、改めて伊吹さんがほっと息をついた。

 

「ユウくん、ありがとう。

 でもごめんね、元はといえば、ボクが配信なんか始めたせいで……」


「そんな! ネリネちゃんは何も悪くないよ!

 配信者が配信してなにがいけないの、って感じ!」


 俺は伊吹さんの言葉にうなずいた。

 

「ユウくんも、ほんとありがとう。

 でも、あれくらいならボクでもなんとかできたよ?

 わざわざ助けてくれなくても大丈夫だったのに」


「あ、そっか。ネリネちゃんだって、めっちゃ強いもんね」


 伊吹さんは納得したように感心した。


「ああ、うん。もちろんそれは知ってたよ」


「え? じゃあなんで……」


 不思議そうにするネリネさんに、俺は言った。


「あんな人たち相手に、

 ネリネさんの手を汚したくなかったから」


「えっ……」


 俺がそう言うと、ネリネさんは虚をつかれたように

 きょとんとして俺を見返した。

 だがその後、なぜか気まずそうにして俺から目をそらした。


「……そ、そっか。……う、うん。ありがと……」

 

「ネリネちゃん、どうしたの? なんか顔赤いけど……」


「! あ、赤くないよ! 赤はボクのパーソナルカラーだから

 元からだよ!」


「ああ、そっかぁ」


 なんだかよくわからない理屈で、伊吹さんは勝手に納得している。

 確かに夕暮れの日差しのなかでもわかるほど、

 ネリネさんの顔は赤いように見えた。


 +++


 俺と伊吹さんは家に帰り、

 その日の晩御飯の場では、ネリネさんの話題で持ち切りだった。

 

 ネリネさんがいかに可愛くて尊いかを力説する伊吹さんを

 俺も両親もにこやかに聞いていた。


「はぁ……ほんと今日は楽しかったぁ。

 あ、兼森くんもヨーグルト食べる?」


「大丈夫」


 リビングのソファーで、部屋着姿の伊吹さんがくつろいでいる。

 

 そのとき、ふとテレビで流れるニュース番組に目が止まった。

 ここ数週間、各地のダンジョンで階層に見合わないモンスターが

 出現する異変について報じられていた。

 

「あー、やっぱり最近多いみたいだねぇ。どうしたんだろ」


「うん」


 ニュースでは、ダンジョン災害の予兆か、

 などと不安を煽るようなコメントをする有識者の姿も映していた。


 そのときだった。

 ――ある“気配”を感じたのは。


 立ち上がってリビングを出る。


「ちょっと、コンビニでジュースでも買ってくるよ」

「うん」


 俺はそのまま家を出ると、コンビニではなく、

 近所にある人家のない高台へと向かった。

 

 ちょうど俺が到着したタイミングで、その“気配”たちは、

 



「――――みんな、元気そうだね」



 俺の背後に、“気配”の正体である十数名の姿があった。

 全員が闇夜に溶け込む戦闘衣装。

 腰脇や背中に携行しているのは、

 ダンジョンのトップクラスの探索者ですら、

 滅多に目にすることのない特殊な装備。


 その黒装束の中から、ひとりの少女が一歩前に出てくると、

 俺に対して恭しく頭を垂れた。


「ユウト様のご招集とあらば

 我ら地の底からでも集う次第でございます」



_______________


ここまで読んでくださりありがとうございます……!

皆さんの★★★やブクマや応援が

作品を続けていく上ですごく大きな励みになりますので、

よかったらぜひ応援のほどよろしくお願いいたします。

※★は作品のトップページまたは最新話の下から付けられます!


追記:タイトル少しだけ変更させていただきました。


それでは、本作を引き続きお楽しみください。

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