第10話

 次の週末、俺と伊吹さんの姿は街中にあった。

 

 駅前にある謎オブジェの前で、ある人と待ち合わせをしている。

 伊吹さんは先ほどからひどく落ち着きがない。


「うう……やっば、マジで緊張してきた……!

 兼森くん! 私変じゃない!? 寝ぐせとかついてない!?」


「ついてないよ。大丈夫だって」


 しばらくすると、待ち合わせの相手がやってきた。


「! ひょ、ひょっとして……ネリネちゃん……ですか!?」


「うん。ユノちゃんお待たせ。今日はよろしくね」

 

 外で会う彼岸花ネリネさんの印象は、ダンジョンとはだいぶ違っていた。

 大きめサイズのだぶだぶのパーカーに、大胆に足を出したミニスカート。

 おしゃれなフレームレスのメガネに、目深に被ったキャップからは赤い髪が伸びている。


 素人目にも、一目で芸能人のようなオーラを感じる子だった。

 

 ユノ――伊吹さんはネリネさんに握手をしてもらってはしゃいでいる。

 しばくらして、ネリネさんは伊吹さんの横にいた俺に目を向けた。

 カラーコンタクトなのか、青い瞳にじーっと見上げられる。


「ってことは……ひょっとして、キミがちょいかわ剣士くん?」


「ああ……はい。そう、だと思います」


「この前は、助けてくれて本当にありがとう。

 キミがいなかったらどうなってたか……ボクもまだまだだ」


「いえ……たまたまです」


「たまたまで、あんな凄いことできるとは思えないけどなぁ」


 ネリネさんはやたらとニコニコしながら、しきりに俺の顔を眺めている。

 相手が女の子だし有名人だしで、落ち着かない。


「あ、それで今日はどこに行くんですか?」


「私……どこまでもネリネちゃんに付いていきます!」


「あはは、じゃあちょっとブラブラしよっか。

 なんたって……今日はお忍びで、デートだから」


「で、デート……! ネリネちゃんと……!」


 伊吹さんが感極まったようにきゃーと悲鳴を上げている。

 ネリネさんはひとり戸惑い気味な俺を見ると、

 悪戯っぽい表情で目を細めた。

 

 +++


 それからカフェに行き、何件かネリネさんがよく行くという

 ブランドのアパレルショップを回った。


 伊吹さんとネリネさんの女子トークは満開の様子だった。


 俺がしたことといえば、

 ふたりの色々な試着姿に対して、

 いいですね、似合ってますね、といったことを言ったり、


 彼女たちがアイスを食べさせ合いしているとき、

 突然スプーンで味見を求められたり、

 といったよくわからない役割くらいだった。


 しばらくして、一休みのため、俺たちは近くの公園に足を運んだ。

 噴水の近くでネリネさんが大きく伸びをする。


「うーん気持ちいい。ダンジョンも刺激的でいいけど

 やっぱりこういう時間も必要だよね。付き合ってくれてありがとね、

 ユノちゃん。ユウくん」


「そそんな……! 推しのネリネちゃんとプライベートデートなんて

 どんなメンバーシップの特典にもないし……!!」


「あははっ、そうだねぇ」


 ネリネさんは無邪気に笑った。

 戦っていないときの彼女は、また少し雰囲気が違う。

 そんな横顔を見ていると、ネリネさんに気づかれてしまった。


「キミがどうしてあんなに強いのか、ボクにはまだわからない。

 ボクにわかるのは、、ということくらいだ」


 それは穏やかだが、真剣みを帯びた言葉だった。

 俺は無言でそれを聞いている。


「とにかく、ボクにできるのはもっと強くなることくらいだよ。

 いつかキミの足元に及ぶくらいには」


「ネリネさんは、十分強いよ」


「はは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」


「ただ、気づいているかもしれないけど、最近のダンジョンは。気をつけてください」


 俺の言葉に、ネリネさんはゆっくりと頷いた。

 ネリネさんほどの人物なら、事の重大さは理解しているはずだ。


「ま、とりあえず今日は物騒な話はなしで楽しもう。

 ……っと、それじゃあ」


 ネリネさんは、ふとポケットからスマホを取り出した。

 すると、自分たちを入れるようにしてカメラを起動する。


「ねぇねぇ、ユノちゃん。ちょっと配信しよっか?

 今日は外で雑談配信、とか」


「えぇえぇ! そ、それって、ネリネちゃんのチャンネルに私が……!?

 あ、でもネリネちゃん有名人だからここすぐに特定されちゃうんじゃ……」


「まあ、それはよくあることだし大丈夫だよ

 よかったらユウくんも。

 ……あ、でも顔出せないか」


「ああ、そうですね……残念ですけど、今回は――」


「兼森くん、大丈夫! あのお面持ってきてるから!」


「なんで持ってるの!?」


 俺は驚きながら、なぜか伊吹さんが持ってきていたちょいかわのお面を

 その場で被る。

 ダンジョンよりも公共の場の方が恥ずかしい気がするのは、なぜだろう。

 

「じゃあ配信開始するね。

 みんな、こんにちは~聞こえてる? 

 今日はなんと……この前ダンジョンで出会った同じメタプロの

 ユノちゃんと遊びに来てるんだよー」

 

 俺は手元のスマホでネリネさんのLIVE配信を確認した。


 〈きた!〉

 〈待ってたよ~~〉

 〈おおお!〉 

 〈外?〉

 【おはよー! ギフト:¥540】

 〈こん!〉

 〈おっはー〉

 〈今日はダンジョン行かないのか〉

 〈私服可愛すぎない?〉

 〈こん!〉

 〈雑談たすかりすぎる〉

 

 視聴者数は、一気に数百人、数千人となり、

 あっという間に一万人を超えた。まだまだ増えていく。

 

 さすがトップクラスのStuberだ。人気のほどがうかがえる。


 伊吹さんもネリネさんにカメラを向けられ、少し恥ずかしそうに手を振っている。

 するとユノに対するコメントもついていく。


 〈可愛い〉

 〈ユノちゃん!〉

 〈おおお〉

 〈かわいい〉

 〈ユノちゃん! ってことは……〉

 〈おしゃれだね〉

 〈ちょいかわ剣士は?〉

 

 コメントに合わせてネリネさんが俺にもカメラを向けた。

 コメントがさらに加速する。

 

 だがダンジョンの攻略配信はまだともかく、雑談配信となると

 いよいよ何をしたらいいのかもわからない。

 俺はぎこちなく手を振るしかできなかった。


「でね、さっき食べたアイスがすっごく美味しくて――」


 配信は和やかに続き、俺はほぼ視聴者と変わらない立場で

 ふたりの女子トークを横で聞いていた。


 数十分後、ネリネさんがカメラ越しに視聴者に手を振り、

 そろそろ配信を終わろうとしていたときだった。


「おっ、すげー可愛い子いるじゃん。なに君ら配信とかしてんの?

 んなことよりオレらと遊ばない?」


 明らかに柄の数名の悪い男たちが、ネリネさんと伊吹さんを

 取り囲むように近づいてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る