Raquiem
@ayumi78
第1話
ここに冒険者の宿を作ってから、一体何年経ったのだろう。
沢山の冒険者達を見送ってきた。
成功して、意気揚々と帰って行った冒険者達、仲間割れをして険悪なムードのまま、それでも何とか成し遂げた冒険者達、
それから……失敗をして、命からがら逃げ帰ってきた冒険者達
。
彼らはまだいい。
中には全滅の憂き目に晒された冒険者達もいた。
彼らのほとんどが通りすがりの、ただここに一夜の宿と、食事を求めに来るだけの付き合いだったけれども、中にはここで育ち、ここから旅立った冒険者達がいる。
その彼らが近々帰ってくる、と連絡を受け、今色々買い出しに市場へ出かけているところだ。
ハーフエルフの自分がここに冒険者の宿を作ったのが、今から50年前程前。自分自身も冒険者の端くれだったが、パーティがほとんど全滅の状態で、ようやくたどり着いたのがこの街。傷だらけの、僅かな人数のパーティを助けてくれたこの街の人達に、せめてもの恩返しに、と、作ったのが、この宿の始まり。
人間だった仲間たちは皆年老いていき、残ったのはハーフエルフの自分だけ。寂しくはあったが、街の人達に助けられ、こちらも助け、と、そんな関係で今に至る、という訳だ。
「さて、そろそろ帰ってくるかな?」
掃除を済ませ、料理も完成した。
「彼らの好物のシチューは完成したし、あとは……」
その時、宿の扉が騒々しく開かれ、知り合いが飛び込んできた。
「……帰ってきた」
と呟いた。
その声色に、これは何かあったな、と、嫌な予感がした。
「帰ってきた。けど、全員揃っていない」
「……そうか」
特に驚きもせず聞き返す。
「5人で出発したのに、3人だけだと」
「分かった、知らせてくれてありがとう」
と言った時、別の方向から
「なーんだ、みっともないの」という声が聞こえた。
こんな言葉もよく聞いたな、と思っていたら、「結局失敗してんじゃん。オレならもっと上手くやるよ。」
思わず「どうやって?」と聞き返す。
安全な場所から、何も知らずに発せられる言葉には棘しかない。
けれど、過去に同じ経験をした自分にとっては、その言葉は刃そのものだ。
言葉に含まれた微かな怒気に気がついたのだろう、周りは静まり返っていた。
落ち着かなければ、と、ひとつ深呼吸をし、
「とにかくだ、彼らを迎えよう」
と、扉を大きく開けた。
帰ってきた彼らの姿は、本当にボロボロだった。
剣は折れ、杖は原型を留めず、鎧や兜、盾に至るまで、激戦だった事を物語っている。
ローブも泥と血に塗れ、裾は破れている。
この彼らの姿を見た人達から、先程のような酷い言葉は出てこようはずも無い。
疲れ果て、顔には涙の跡が残っている。恐らく、激戦の後すぐにここに戻ってきたのだろう。
彼らは私の前まで来ると、唇を噛み締めて俯いたまま、肩を震わせている。
そんな彼らに、
「おかえり。お疲れ様。」
と、努めて明るい口調で声をかける。
「風呂の用意もできているよ。食事の支度も整っている。」
と言うと、彼らは「ごめんなさい
」と泣きながら呟くように言った。
「いいんだよ、いいんだ」
君たちだけでも帰ってきてくれた。それだけでいいんだよ。
風呂も済ませ、少しさっぱりした姿の彼らを、宿の1番奥の個室に案内する。
「ここは特別室だよ。ここなら誰も邪魔しない。」
食べて飲んで、大声を出したって、誰も咎めない。だから心ゆくまでいればいい。用があるなら、壁のベルを鳴らしてくれ。
では、と彼らに声をかけ、部屋の扉を閉めようとすると、彼らは泣きながら「ありがとうございます」
と言った。
扉を閉めて、ふと思う。
一体あと何年、こんな思いをするのだろうか、と。
この部屋は元々、私が仲間たちを偲ぶために作ったもの。
泣き叫んでも、怒りのあまり大声を出しても、外からは聞こえないように、分厚い扉と壁で作った。
今日のように、辛い思いをする人達の救いになればいい、という思いも込めた部屋。
願わくば、彼らが最後の利用者になってくれれば、と、ため息をつきながら独りごちた。
Raquiem @ayumi78
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