第15話 デイジー、チャラ男にドキドキする
ルーファスが帰ったあと、クロに「あんなガキンチョにドキドキしてんなよ」と言われたの。
わたしはたしかにそのとおりだと思いつつも「だって、可愛い子が生意気なこと言ってんだもん。最高じゃん」と言い返していたわ。
「ばーか」
クロはわたしの肩から降りて貯蔵庫のほうにいってしまった。
「クロ、どこいくの?」
「呑むんだよ。お子様はご飯食べて、お風呂入って、ハミガキしてから寝な!」
細かい注文をつけてしっぽをふりふり行ってしまったの。
「はーい」
わたしは素直に返事しといたわ。
嫉妬かしら?
クロもまだまだ可愛いとこあるわね。
デイジーの家の湖面には、二つの月が映っていた。
今日はめずらしくどちらも満月であった。
湖の前でクロはワインを吞んでいた。
このまえデイジーに買わせた逸品だった。
ぎー、ぎー
ワイバーンのアレキサンダーのイビキが夜の静けさに響く。
まったく、ずいぶんうるさくなってしまったものだ、とクロは思う。
単純なうるささであれば、デイジー対軍のような過去何度もあったシチュエーションの方がうるさいだろう。
しかし、最近のうるささは格別だった。
人間関係が増えるということは、そういう格別なうるささが増えるということなのだろう。
過去、クロはデイジーをただ静かに見ていた。
しかし、最近ではルーファスに見つかってしまった。
うるささのなかにすこしだが自分も入ってしまった。
困ったものだ、と思う。
そんなことを考えていたら、いつの間にか満月が二つとも頂点に達していた。
「あっ、やべ…」
クロの影がむくむくと大きくなっていった―。
「キャー!」
いつの間にかクロの背後にはデイジーが立っていた。
「お、お前どうして、もう寝たんじゃ」
「あ、アンタがいないから探しに来たのよ。いつも一緒に寝てるじゃない!そ、それなのに…!それなのに、なんで大きくなってってるのよ!しかも、人間!」
クロは猫から大人の人間の姿に変わっていった。
「い、いや、これはだな…」
「やだ!服着てよ!前隠して!」
クロは猫から人間にいきなりなったから、当然全裸だった。
「やだ!止まって!それ以上大きくならないで!」
「む、無理だ。オレには止められん…!」クロは苦しそうに言った。
クロの変化がとうとう止まった。
クロは立派な体躯の美青年に変わっていた。
やや長めの黒髪の下にはたれ目気味な大きな目、品の良い高さの鼻、愛らしさまで感じさせる口にはキラリと八重歯が光り、猫らしいワイルドさが残っている。
「ああ…かわいいクロが…死んじゃった…」
デイジーは茫然とつぶやいた。
「勝手に殺すな!ここにおるわ!」
「アンタなんかクロじゃない!うっ…うぅ、うわ~ん!」
デイジーは泣いてしまった。マジ泣きだった。
「お、おい、なにも泣くことないじゃないか…。泣き止んでくれよ…」
湖の前で全裸の男がオロオロし、その前で女の子が泣いていた。
完全に事案だったが、見ているのはワイバーンのアレキサンダーだけだった。
アレキサンダーは「またデイジーとクロがへんなことしてる…」と思ってすやすやと眠り続けた。
クロは二つの月が満月になる日、頂点にのぼった月光を浴びると人間になってしまうことを話した。
「いや、だから、クロだって!」
「やだ、信じないことにした」
家のなかである。
泣いているデイジーをどうにか伴って、クロは家へと入った。
全裸の男が泣いている女の子を伴ってだれもいない家に入った。
やはり事案であるが、ここはマルグリット家の私有地であり、いわば無法地帯であった。
「なんでだよ!ちゃんと服だって来たし、こっち見てくれよ!」
クロは家の奥から引っ張り出してきた年代物の礼服を着ていた。
サイズが合わないからか、胸がはだけている。その胸には普段おでこについている青色の宝玉がネックレスになって輝いている。
「やだ!なんか見たくない!」
「なんでだよ…」
クロはしょぼんとした。
月明りでわからなかったが、人間となったクロの肌は褐色であった。
髪色も完全な黒ではなく、どことなく銀色がかっている。
デイジーは思った。
なんか…、なんか…、このクロ、チャラい…!
目の前にいる男がクロだということは認めていた。なんといっても変化するところを自身の目で見ているのだ。認めるしかない。
しかし、信じたくなかった。
だって…、だって…。
デイジーはチラリとクロを横目で見た。
クロの胸ははだけ、褐色の肌がのぞいている。筋肉質で引き締まっており、ふしぎと甘い香りが漂ってくるような気さえする。
つい、目が吸い寄せられてしまう。
…やばい、わたし初めて男の人をカッコいいって思ってるのかも…。
それは長いデイジーの人生のなかで初めての経験だった。
そしてショックだった。
わ、わたしの好みってこんなチャラい男だったの…!?
デイジーはこれを信じないことにしたのである。
「なあ~、デイジ~」
クロがいつもの調子で肩に体重をのっけてくる。
だが、今のサイズだとデイジーをバックハグしていることになる。
「ちょっ…!」
「な~、いつものオレの匂いだろ~?」
クロはデイジーに頬ずりした。
「ひっ!?」
「おぼろっ!?」
デイジーはつい反射的にテツザンコウを決めていた。
「あ」
クロは壁にぶつかり、目を回して気絶してしまった。
翌日。
「あの~?」ルーファスがおそるおそる聞く。「お二人、どうかしたんですか?」
デイジーの肩にクロはのっていず、しかも絶対に目を合わせようとしなかった。
異口同音に「別に!」と不機嫌に言ったのだった。
クロはもういつもどおりの猫らしき姿にもどっていた。
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