第3話 デイジー、”家族”をやめる

「家族をやめる、だと?」

「はい、そうです」

ロンは鼻で笑ってきたわ。この人っていちいちムカつくのよね。


「そんなことが許されるわけがなかろう」

「なぜです?」

「家族というものは特別なものだからだ。自らやめることなどできん」

「それは頭の固い発想ではありませんか?動物は大人になったら巣立ちます。一生家族に囚われるのは不自然です」

「お前はまだ子供だ」


わたしはめんどくさくなったの。ため息も自然にもれるってものよね。

「はぁ…、言い方が優しすぎたかしら?わたしが家族を捨てる、と言っているのよ。あなたに決定権なんか無いわ」


わかりやすく言ってあげたら、ロンは一気に険しい顔になったわ。だから嫌なのよね。自分のことをえらいと思っている人って。


「…力を得てずいぶん増長しているようだな。だが、勘違いするな。お前に決定権などないのだ。さあ、いつものように額づいて詫びろ。今なら許してやる」


詫びたところで、さんざん火焙りにするくせに。

わたしは火傷痕の残る手のひらを無意識に握っていたわ。


「…けど、ここで殺してしまったらこれまでと同じよね。まためんどくさいことになるわ」

「そうだな」

小声でクロに愚痴る。


わたしは手を開き、またため息がもれるに任せたの。

そして、めんどくさい仕事をかたづける気持ちで、一息に言ったわ。


「なるほど。それでは武門貴族の娘らしく、権利を奪いとってみせましょう。わたしが勝ったら、この家の財を頂きましょう。財だけでけっこうですので、あなた方は出ていってくださいね。ゴミは要りませんから」


ロンは予想通り青筋を立てたわ。

部屋の温度が急激に上昇していく。ホント、子供が癇癪おこしたみたい。


「…いいだろう。その舌切り落として、豚のエサにしてやろう。お前に人並みの権利などあると思うな。今日からお前は豚のエサ並みの権利しかないと思え!」


「ひゅ~」クロが口笛を吹いたわ。「言うことエグイね~、デイジーのお父さん」

「まったく。娘にかける言葉とは思えないわね」

わたしは鼻で笑ったの。


それと同時に炎が向かってきたわ。


わたしは両手を前に差し出すと、クルンと炎を巻き取るような仕草をして、ロンに炎を返してあげたの。


「な!?」

炎は倍以上の大きさになって、ロンの足を燃やしちゃったわ。


勝負はあっさりと一瞬で決まったの。せっかくジェイソンとイライザが犠牲になってくれたのに、増長しているから活かせないのよね。反省してほしいわ。

イライザがいそいで水魔法を使って消火活動をしてたわ。


ロンは重症だけど、虫の息というほどではなかったはずよ。そうなるよう調整したからね。

「はやく治癒魔法をかけろ!バカ執事ども!」

怒鳴る元気があるほどだったわ。もうすこし強火でもよかったかもしれないわね。


執事たちは、当代随一の炎魔法の使い手であるご主人様が、あっさり10歳の娘に負けてしまって呆気にとられていたわ。

なにせ、かれらもわたしをバカにした扱いをしていたからね。内心、怯えていたのかもしれいわ。

チラチラとおびえた目でわたしを見ながら、治癒魔法を使える執事たちが慌ててロンに群がっていったわ。


「わたしの時はめんどくさそうに治癒するクセに」

わたしはそんな執事たちがちょっと憎かった。


「よしよし」

クロが肉球を頭においてくれたわ。だから、それに免じて今回は手を出さないでおいてあげる。

「ありが…」


その時よ!

「ニンジンになっちゃえ!」

妹のキャロットが後ろから杖を向けて来て、魔法を撃ってきたの。


キャロットの変身魔法は、魔法をかけられたものを野菜にしてしまう恐ろしい魔法。

わたしは糞や虫を野菜に変えて作られた料理をよく食わされていたわ。イタズラだっていって笑ってたっけ。頭おかしいわ。


もちろん、キャロットの魔法は人に向ければ人も野菜に変えられる。それが後ろから、ここぞという隙をうかがって撃たれたのよ。

正直、キャロットって大した玉だと思うわ。家族をダシにして隙をうかがえるんだもの。


でも、わたしは落ち着いて振り向きざまに片手をヒラリと捻ったわ。それだけで十分。


「え?」

魔法は跳ね返って、床にはいつくばってポカンとしてたジェイソンに当たったわ。ま、狙ったんだけど。


「ああっ!」

キャロットが叫んだわ。ジェイソンが立派なニンジンになっちゃったからね。


「ひっ!?」

わたしはしゃがんで、怯える妹の頬に触れたの。冷たかった。ぷにぷにしてた。良いものをいっぱい食べさせてもらって可愛がられているものね…。


「ま、まて!キャロットだけは…!」

そしたら、背後から父の必死な声が聞こえたの。

その声を聞いて、わたしは不覚にも一瞬、心にぽっかり穴があいたような気分になっちゃった。

その穴は無限に暗い興奮を求めていたわ。


わたしは涙を流しガタガタと震えているキャロットの頬をなでた。


もう“家族”じゃないものの頬を。

やっぱり冷たかったわ。


わたしはキャロットを殺さなかったの。えらいでしょ?


立ち上がると、また深いため息がもれたわ。老けちゃうわね。

「それでは約束を守ってくださいね」とロンに言って、念のため、もう一度重要なことだから言っておいたわ。

「わたし、“家族”やめますから」




結局わたしが家を出て、財産の三分の一をもらうことにしたの。

三兄妹への生前分与をわたしだけ先にしてもらった形。今回の件がなければわたしに分与するわけもないけれど。


財産なんか要らないと叩きつけて家を出ることも考えたけど、10歳の子供の姿を鏡で見たら、あんまり賢い選択とは思えなかったのよね。

もらえるものはもらっておくべきね!そう思うことにしたわ。


杖をついて悔しそうにしているロンと、同じく悔しそうにハンカチを噛んでいるイザベラなんてものも見れたことだし、まあ、良き選択だったわ。

財産をもらったというより慰謝料気分だけど。


「本当に全部もらわなくてよかったのか?」

クロがあくびまじりに聞いてきたわ。今は新居に向かう馬車のなかよ。

「いいのよ。じゃないと、まためんどくさいことになるし」

もしもすべてを奪えば家族の執着が止むことはないと思う。そういう人たちだってことはもう十分過ぎるほどわかっているし。


そして、腐っても大貴族のロンが王国に泣きつけば、いつものように軍や生え抜きの魔道士がやって来てわたしを殺すだろうな。

「ルーファスとか来ちゃう?」

「そういうこと」


わたしは理合を手にしているとはいえ、最強というわけではないのよね。

世の中には神に愛されたか、悪魔に魅入られたかした天才や怪物というのがいることをわたしは知っているわ。

ルーファスというのは、怪物の方よ。


大賢者ルーファス・カレイドス。たった17歳で大賢者の称号を与えられた歴史上類を見ない怪物。

99万回目以降の半分、実に5000回くらいはこの男にわたしは殺された。

空高くから放たれる絶対零度の魔法は、質・量ともにケタ違いだったわ。


「あんなの処理しきれないわ」

「ルーファスって今いくつなんだ?」

「わたしと同い年よ」

あんまり負けるから悔しくて調べたことがあったの。兄と同じ魔法学園〈ユグドラシル〉に通っている時期のはず。

「へ~、10歳か。チャンスなんじゃないか?」

「なんの?」

「今なら殺れるんじゃない?」

「物騒なこというわね。暗殺しろってこと?でも、そうね…。たしかに今なら勝てるのかも…?」


ルーファスが世に出てくるのは、10代後半から。10歳に死に戻った今なら、たしかにこちらに利があるのかもしれないわね…。

「もしかしたら、そのために10歳に死に戻ったんじゃないか?」

「…そうね。これは一考の価値ありかもしれないわ」

ルーファスを倒した先の未来は見たことがない。もしかしたら、ルーファスを倒したら、死に戻りも終わるのかもしれない。

そんなことを一瞬考えた。


「て、やめてよ。そういうのやめるために家族やめたんだから」

「え?そういうのってなんだ?」

「暴力」

「家出るとき、振るってたじゃん…」

「あ、あれは正当防衛よ…!」

「挑発してた気がするけど」

「そういう根拠のない疑惑を向けるのはやめてほしいわ」

「めんどくさくなって、力技に持っていってた気がするけど」

わたしは馬車の外を見て、流れる雲を眺めたわ。物憂げなため息が自然ともれちゃう。


「ハア…、そもそも、わたしは一体なんのために死に戻っているのかしらね?」

「急な話題転換するじゃん…。さあ?理由なんてあるのかね?」

クロはにべもない。

「わからないわ」

これまでは家族が理由だと思ってた。復讐にせよ、結局のところ家族に縛られていたからやっていたともいえる。

ん?ということは…?

わたしはピンときたわ。


「もしかしたら、家族やめたから、もう死に戻らないとかあるのかな?」

「どうだろ…?死んでみるか?」

「…やめとく。そもそも死に戻りがなんなのか、魔法かどうかすらもわからないんだから、なにもわかるわけがないわ」

魔法と言うのは、ロンが言っていたように突然発現するものよ。

その点では、死に戻りは魔法の一種のようにも思われるけど、魔法にはもう一つ共通する特徴があるの。

それは発現したら、まるであらかじめ備わっていた手足のように感じられ、自分でコントロールできるという点。

だけど、死に戻りはコントロールできないし、手足のように感じられたこともない。

だから魔法なのかなんなのかすらわからない。もしかしたら変な自然現象にハマってしまっているのかもしれない。

それに魔法というのは、一人につき一つの魔法しか使えないというのが原則なの。

わたしには、わたしの魔法がすでにあったわ。

ということは…。


「誰かにかけられたんじゃない?」

「そう考えるのが自然な気もするけど、心当たりがないわ」

「まあ、加害者はいつもそういうからな…」

「失礼な。被害者代表みたいなわたしをつかまえて、よくそんなことが言えるわね」

「いやいや、だいぶ加害者もしてたじゃん。やっぱりだれかの呪いなんじゃない?」

「やめてよ。これから一人暮らしだっていうのに」


「あの…、お嬢様、着きましたけど…」

遠慮深そうに御者が声をかけてきたわ。声におびえがあった。一人でぶつぶつと物騒な話をしているように聞こえただろうから当然か。

「ありがとう」

わたしはマルグリット家の馬車をおりたわ。わたしにしか見えないクロを肩にのせて。


「ふ~ん、これがオレたちの新居か。わるくないな!」

「なにをちゃっかりオレたちだなんて言ってるのよ。でも、まあ、そうね」

目の前には、マルグリット家の大きな別荘が建っていたわ。

湖畔と巨大な木々にかこまれていて、なかなかいい感じよ。

この別荘を中心にした広大な土地は、わたしが受け継いだ財産のほんの一部なの。


「うん、わるくないわ」

わたしは大きく息を吸ったわ。なるべく、古い空気を吐いてからね。

新しい空気は、新鮮できれいな味がしたわ。

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