16:【覚醒スキル:レベル1:ソウル・オブ・エンゲージ】

 雄叫びが轟く。その声を聞いた壁一面の歯車は身体を震わせ、僅かな時間だけ動きを止めた。

 一瞬としかいえない時間。長くても数秒しかない時間だ。

 そんな僅かな時間で、狼頭のモンスターは距離を一気に詰めてきた。


 いつもの俺なら反応できないスピードだ。だけど、今の俺は違う。

 なんせ覚醒スキルのおかげで身体能力がとんでもなく向上しているからだ。


 モンスターの気迫がこもったツメによる一撃が迫る。だけど俺はその攻撃をしっかりと軌道を確認し、躱した。

 ツメが地面で回っていた歯車を叩き割り、そのまま砕け散る。途端に他の歯車が空回りを起こし、僅かにだが迷宮全体の機能が止まった。


「Ouoooooo!!!」


 モンスターはそんなことを気にせず、一撃必殺となる攻撃を仕掛けてくる。


 右へ凪ぎ。

 真上から振り下ろし。

 右からと思わせ左へ振り。

 隙あらば牙を剥き出しに飛びかかり。


 様々な方向から俺を捉えようと襲いかかる。

 だが、モンスターがどれほど工夫を凝らし攻撃を仕掛けても、俺はその全てをしっかり見て躱した。


「Aaッ?」


 全てが空を切ったためか、モンスターは驚嘆していた。

 本当に何が起きたのかわかっていない様子で、ただただ無傷の俺を見つめている。


「はぇぇ、すごいやー」


〈何が起きたん?〉

〈わからん〉

〈速かった〉

〈ブンブンしてた〉


〈おいわかるやついないのか〉

〈ヤバいね。俺でも見逃しちゃったよ〉

〈やーいやーいザコー〉

〈ザーコザーコ〉


〈っせぇ! お前らわかったのかよ!〉

〈わかんねーよザーコ!〉

〈わかるかザーコ(殴)〉

〈イキがるなザーコ!!〉


〈つーかわかる奴いる?〉

〈ゴリラ解説プリーズ〉

〈考えるんじゃない感じるんだウッホ〉

〈感じられないんじゃザーコ!w〉


〈ゴリラ役立たずじゃんw〉

〈ドラミングでラップしてろw〉

〈やーいやーいザコゴリラーw〉

〈ボコボコボコボーコ(ウホホ怒)〉


〈にしてもあのゲキヤバモンスターなんだよ〉

〈ヤバいってもんじゃねーよあれ〉

〈出会ったら死ぬね。五秒も持たないね〉

〈ゴリラ解説プリーズ〉


〈ボコボコボコボーコ(あれは厄災星モンスター【ワーウルフィン】だウホ。始めて見るモンスターだけど本来四つ星迷宮にはいないウホ)〉


〈ラップやめいwww〉

〈見にくいw〉

〈つーかヤバいじゃん!w〉

〈俺が悪かった謝るから普通の解説プリーズ!www〉


〈俺ちゃんの知識によるとあいつは厄災星迷宮に生息するザコモンスターウッホ。でも俺ちゃんでも敵わないヤバい奴だから逃げたほうがいいウホ〉


〈あれでザコかよ!〉

〈ヤバっ〉

〈かなちん死んじゃう!〉

〈逃げてー!〉


〈いや待て俺達には復活したアカ氏がいる!〉

〈そうだ血反吐を吐いたアカ氏がいる!〉

〈めちゃくちゃ強くなったアカ氏がいるじゃないか!〉

〈アカ氏! お前しかかなちんを守れる人間はいない!〉


〈負けるんじゃねーぞアカ氏!〉

〈俺達お前が勝つって信じてる!〉

〈かなちんを守りきれ!〉

〈絶対に勝て!〉


〈お兄ちゃん勝って! 絶対に帰ってくるって信じてるから!〉


 どんどんとコメントが頭の中で読み上げられていく。

 くだらないコメントにモンスターの情報、みんなからの激励とたくさんだ。でも、これが俺の力に変わる。


 ああ、なんてすごい覚醒スキルなんだろう。とてもうるさいし、止まらないし、言っちゃ悪いが戦いに集中できそうにない。

 だけど、賑やかで、元気づけられて、このコメントがなかったら物足りなくなる。


 カナエが癖になるのもわかる気がするよ。


「GaAaaaaaaaa!!!」


 覚醒スキルに俺が感動を抱いているとワーウルフィンが奇声を上げた。どうやら攻撃が当たらないことに怒りを覚えたようだ。

 再び一気に距離を詰めようと地を蹴る。だが、かなりコメントが書き込まれたためかその動きはひどくゆっくりに見えた。


 これなら負けない。


 俺はスキルを発動させ、右腕に影をまとう。そして硬く握り拳を作るとそのままワーウルフィンの顔面を殴った。


 ゆっくりゆっくり、ワーウルフィンの顔に拳がめり込んでいく。それをどうにかしようとワーウルフィンはスキルを発動させ、無効化を試みるけど俺はそれごと叩き潰した。


 ゆっくりゆっくり、俺の打ち出した拳に負けたワーウルフィンは体勢を崩す。悔しそうに顔を歪め、俺を睨み続けていた。


 ゆっくりゆっくり、そのままワーウルフィンは歯車が敷きつめられた地面に叩きつけられる。それは今までで一番ゆっくりであり、ワーウルフィンを殴り倒した後にやっと時間の流れが戻った。


 その音は迷宮の外にまで響きそうなほど大きかった。空気を通して広がる衝撃でまた迷宮が揺れると、歯車が止まる。

 しかし、それも一瞬の出来事だ。

 また歯車が動き出した時にはワーウルフィンは立ち上がっていた。


〈何起きた?〉

〈何かした?〉

〈やったの?〉

〈やってたん?〉


〈俺ちゃん見てたね〉

〈さすゴリ(拍手)〉

〈っぱゴリラだわ(拍手)〉

〈説明プリーズ(急)〉


〈カメラが追いつけない動きはしてたウホ〉

〈それわかる〉

〈その先くれ〉

〈もっともっと深く〉


〈それ以上わからんウホッ〉

〈使えねー!w〉

〈期待損だわww〉

〈っぱゴリラはゴリラwwwww〉


〈まあ待てお前ら。こう見えても俺ちゃんは探索者の端くれウホッ。だから何が起きたか事後でわかるウッホ〉


〈ほう、言うようになったな〉

〈はよ解説〉

〈はよはよ〉

〈ハリーハリー!(バンバン)〉


〈アカ氏は攻撃した。おそらく殴って叩きつけたウホッ。でもワーウルフィンはすぐ立ち上がったウッホ〉


〈そうなの?〉

〈確かに一瞬倒れてた〉

〈殴ったの?〉

〈マジ見えないんだけど〉


〈つーかよくわかったなゴリラ〉

〈っぱゴリラだわ〉

〈解説役はお前しかいねーわ〉

〈探索者は違うね!〉


〈やっと気づいたかお前ら。これが俺ちゃんの実力だウッホ〉

〈今までバカにして悪かったよ。後でバナナ贈るわ〉

〈じゃあ俺はかなちんにアイテム投げるわ〉

〈俺もー〉


〈あ、そっちがいいな。ゴリラのバナナかなちんに投げるわ〉

〈俺ちゃんのバナナがー!(泣)〉


 なんかよくわからないけどゴリラッパーが悲しいことになっている。そんなことを思っていると唐突にバナナが落ちてきた。


 なんだ? 迷宮の仕掛けか?


 ちょっとバナナの様子を見ているとそれは光となり、弾けて消える。何が起きたんだと不思議に思い考えていると一つの影が現れる。

 それは見覚えのある姿。壊れたはずのエレキギターを担ぎ、ブサブサになった袖のベストを羽織り、ピチピチでテカテカと光るパンツを履いたグリードだ。


「GYEEEEEEEE!!!」

「うぉおおおおお! うるせぇぇぇぇぇ!!!」


 やられたはずのグリードが元気よくエレキギターをかき鳴らしている。


 なんだ、一体何が起きたんだ?

 そんなことを考えていると俺と同じ反応をするリスナーでコメントが溢れていた。どうやらこの騒音にはみんな同じ反応をするみたいだ。


「GaAaaaaaaaa!!!」


 図ってか図らずなのかわからないけど、グリードが放つ騒音にワーウルフィンはとんでもなく苦しんでいる。

 耳を押さえ、地面にめり込むようにしてどうにか逃げようとしていた。


 だが逃げることができず、逆にワーウルフィンが逃げ出そうとしている。

 つーかあいつが出す騒音、前よりも音がデカい気がするんだけど気のせいか?


「え? グリード復活してる? なんで?!」

「カナエ! こいつどうにかしろ! 耳が壊れる!!!」

「何ぃー? 聞こえないんだけどー?」

「演奏やめろ下手くそ! 鼓膜破れる!」


 あぁ、くそ! グリードの奴、復活したのが嬉しいのかずっとエレキギターをかき鳴らしてやがる。

 このままじゃワーウルフィンだけじゃなく俺達も共倒れだ。


 にしてもあのバナナはなんだったんだ?

 間違いなくあれがグリード復活の要因なんだけど。


「あ、待てよ。そういえば」


 俺は自分の覚醒スキルの効果を思い出す。


 ソウル・オブ・エンゲージはパーティーを組んでいる探索者の覚醒スキルを使える。そしてその覚醒スキルを強化・相乗させることができるとあった。

 つまり、カナエの覚醒スキルが使えるうえに強化させ、それをさらに元のスキル持ち主であるカナエにまで効果を発揮させるということだ。


 まあ、簡単に言えば強化されたカナエの覚醒スキルが俺だけじゃなくカナエも使えるってことでもある。


 カナエの元の覚醒スキルがどんなものかわからないけど、おそらく配信で投げられたアイテムが具現化するなんてない。

 でも、俺の覚醒スキルで強化・相乗が発揮されたからグリードが復活した。

 そう考えたほうが納得できる。


「GYEEEEEEEEEEEEE!!!」

「だとしてもうるせぇー!」


 いくらなんでも喜びすぎだろ!

 ワーウルフィンが死ぬ前に俺達が死ぬわ!


 ああ、くそ。カナエしかあいつを止められないのに全然状況を把握してないぞ。

 こうなったら強制的に終わらせるしかない。


 俺がそんな決断を下すと、強欲の探索者コインが強烈な輝きを放った。

 その輝きを受け、俺の影がとても大きくなる。それはまるで俺の決断を待っていたかのような力強さだ。


『あぁ、なんて美味しい欲だよ。でもまだ足りないよ。もっと、もっともっとくれないと満足できないよ』


 声が聞こえた。

 その声はあの時に聞いたものとは違う重さがある。

 何かを求め、その何かを得るために俺の心に絡みつく。危険なんだろうと俺は感じたが、だからといって拒絶しなかった。


『それでいいんだよ。君と僕は共存関係にあるんだよ。だから、だから裏切りは許さないよ』


 何かに飲まれる感覚があった。でもそれだけだ。まだ俺の意思が残っている。

 声はそんな俺の状態を見てか笑っていた。


 楽しげに、嘲りながら、小さく小さく、でも耳障り悪く、ただクスクスと。


『僕好みに君をいい感じに、大切に育てるよ。だから明志、期待外れにならないでよ――』


 力があふれる。あまりにも力があふれて、影が身体を飲み込んだ。

 大きな力を身体の底から感じる。とまらない、止められない高揚感が心を支配していく。


 意識が飛びそうになる。だけどそれを、リスナーのみんなが繋ぎ止めてくれた。


〈なんだなんだ!〉

〈アカ氏がすごいことなってる!〉

〈なんこれ〉

〈えアカ氏え?〉


〈全身まっ黒!〉

〈何起きたん?〉

〈アカ氏ー!〉

〈いやちょアカ氏!〉


〈なんか怖いんだけど〉

〈まておちつけ〉

〈おちついてられるか!(殴)〉

〈アカ氏やば〉


〈おいゴリラ解説!〉

〈何起きたゴリラ!〉

〈はよ教えろ!〉

〈マジわからん! 何起きた!〉


 ホント、賑やかな奴らだ。だけどおかげで敵を狙える。

 俺は影から剣を生み出し、右手で強く握った。そして、グリードを攻撃しようとしているワーウルフィンに狙いを定め、一気に駆けた。


 一瞬だけ、世界が黒く染まる。

 何もかも止まったような感覚を俺は抱いた。もしかすると時間どころか光さえ置いてきたかも、と感じるほどだ。


 ひどく静かな世界。真っ黒で何も動かない世界。

 その世界を駆け、俺はワーウルフィンの胸を貫いた。


 でも世界は黒く染まったまま。真っ黒なまま動かない。

 どうしてかなと思って振り返ると、一つだけ妙な輝きがあった。


 あれは何だろう。

 なんであんなに輝いてるんだろう?


 俺はその光に触りたくなった。

 そして、そんな意識を持った瞬間に何もかもが動き出す。


「GAa?!」


 ワーウルフィンは何が起きたかわからない顔をしていた。立ち上がろうとしているが、力が入らないのか手足を虚しくバタつかせている。

 そんなワーウルフィンを見て、カナエはとても驚いた表情を浮かべていた。


 ゆっくり俺の顔にカナエは目を向ける。何かを待つかのように、ジッと見つめていた。そんなカナエを見て、俺は告げる。


「勝ったよ」


 ただそれだけ。たったの一言。

 しかしその宣言が、すぐに確信へ変わる。


「GaAaaaaaaaa!!!」


 ワーウルフィンが断末魔を上げた。何が起きたのかわからないまま光の泡となって消えていく。

 もう死ぬ。もうすぐ死ぬ。そんな状態なのに、どうしてコアを壊されたのかわからないままワーウルフィンは死を迎える。


 俺はそんなモンスターの姿を見つめていた。

 モンスターはそんな俺を睨みつけ、目に焼き付けている。


 無駄だとわかっていながらも、殺意をぶつけていた。俺はそんな負け惜しみを一瞥し、ワーウルフィンの最後を見届けた。


 事切れるまで十秒ちょい。

 身体が光になるまで三十秒かかった。


 それはいつ見ても綺麗な光であり、悲しみの色を帯びており、あまりにも大きな理不尽でもある。

 だけど俺の心には悲しみなんてない。


 あるのはどうにか生き延びられた、という思いだ。

 それしかないはずだった。


〈うおおおおおお!〉

〈うおおおおおお!〉

〈マジかよアカ氏!〉

〈ぱねーよアカ氏!〉


〈勝ちやがった!〉

〈よく勝った!〉

〈かなちん守りきったのえらい!〉

〈さすがアカ氏ボク信じてた〉


〈うっそだー〉

〈お前一番絶望してたし!w〉

〈証拠ありまーすスクショしてまーす〉

〈ちょまてよ!(焦)〉


〈ウッホ! これは祝うしかないウッホ!〉

〈宴じゃ宴じゃ!〉

〈スパ茶の用意はしたか?〉

〈かなちんにポーイ(投)〉


〈おまずりーぞ!(投)〉

〈っぱかなちんだわ(投)〉

〈かなちん一番(投)〉

〈かなちんかなちん(投)〉


 なんかすごいことになってそうだな。端から見ているけど、カナエがすごいあわあわと慌てている。

 まあ、何が起きてるかわからないけど守り切れてよかった。ホントよかった。


 これもそれも、リスナー達のおかげだ。


「明志君?」


 あ、やば。モンスター倒したら力が抜けちまった。結構頑張ったからな。身体に力が入らねー。

 カナエが何かを叫んでいる。何を叫んでるのかわからない。


 でも、いいや。

 勝てた。勝つことができた。

 勝ってカナエを守れたんだ――


 俺は感じたことのない満足感を抱いていた。今までだと持つことのなかった感情だ。

 それが何だか偉く心地いい。だから俺は、そのまま意識が闇に溶けてしまう。


 大きな大きな満足感に、心を充実させて意識を手放したのだった。

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