9:明日を掴むための選択
「明日はお願いね、明志」
カナエの配信にゲスト出演することを俺は約束する。そのことをとても喜んだカナエは上機嫌で帰っていき、俺はそんな彼女の背中を微笑ましく見送った。
そんなこんなで騒がしい午前中が終わり、何の変哲もない午後を過ごす。とんでもない騒音で気絶していた翠が目覚めたことを確認し、それからは平穏な時間を過ごした。
こうして一日が終わり、翠の検診予定日を迎える。いつものように長い時間を病院内で待ち、暇潰しにWetubeを覗くとトップページの一番上にカナエの配信アーカイブが表示されていた。
何となくプロフィールページを開くと、カナエは迷宮探索を中心にライブ配信をしているようだ。たまに手に入れたアイテムの鑑定状況や攻略どころか探索すらも難しい難易度の迷宮に突入など、無謀な挑戦をしている配信もチラホラとあった。
ただ、この無謀な挑戦シリーズは人気があるのか他よりも視聴者数が桁違いだ。どうやら〈カナエちゃんねる〉を見ている人々は結構エスっ気が強いみたいである。
覗いてみようと思ったが、病院にいることもあって一旦やめておいた。
こうして俺が〈カナエちゃんねる〉のちょっとした予習をし終えたところでアナウンスが流れる。どうやら翠の検診結果が出たようだ。
俺はアナウンスに促され、診察室へ向かう。そして待っていた翠と担当医を見て、空いている椅子へ腰を下ろした。
「そうですね、触診にCT検査、血液の成分も見てみましたが特に異常はありませんでした。病気の進行もありませんし、生活習慣を変える必要もないですね」
担当医の男性はそう告げ、マウスを動かしディスプレイにCT画像や血液成分の数値を表示した。見せられてもよくわからないが、身体のどこが異常でそうでないかは担当医が説明してくれる。
どうやら翠の胸にできた結晶は現状維持しており、広がりは見せていないようだ。このまま様子を見て過ごせば進行はしないという見解を担当医はした。
俺はその言葉を聞き安心する。翠も同じように胸をなで下ろしたのか、緊張していた顔が綻んでいた。
「無茶は絶対にやってはいけませんがね。ひとまず完全には安心できませんので、少しでもおかしいなって感じたら病院に来てください」
「はーい」
「あとしっかり薬を飲んでくださいね。薬はいつもの三ヶ月分出しておきますから」
「了解、せんせー」
「それじゃあ、お大事にですね。あ、そうそう。今日はご両親、体調がいいみたいですよ。お会いになりますか?」
担当医が促すように聞いてくる。翠が俺を見て、どういう決断をするか伺っていた。
翠はちょっと不安そうな色を目に宿しているが答えなんて決まっている。
「会っていきますよ」
その言葉を聞いた担当医は優しく微笑んだ。俺は立ち上がり、追いかけるように翠も立ち上がる。
そのまま診察室を後にし、俺達の親が入院している区画へ移動した。
そこは一般病棟から離れた建物。通路を通り、一番奥にある部屋に俺達はやってくる。
扉を開くと暗い空間が広がっていた。窓から差し込む日の光だけしか頼れず、その陽だまりの中に置かれたベッドの上で親父とおふくろは仲よく寝ていた。
俺は二人を覗き込む。身体のほとんどが結晶化しており、健康的な肌を探すのが難しい。呼吸器や心電図などが取り付けられているが、端から見ると死んでてもおかしくないほど結晶化が進んでいた。
「起きてるか?」
ちょっとだけ声をかけるか考えてから問いかける。すると親父の閉じていた目が開き、俺を見ると安心したかのような笑顔を浮かべた。
身体を起こそうかと思ったが、やめる。それぐらい身体は結晶化しており、だから代わりに俺は笑顔を見せた。
「――――」
「なんだ? ちょっと待ってろ」
親父が何かを言っている。だけど結晶化のせいで口があまり動かせていない。だから俺は、口元に耳を近づけた。
親父はもう一度何かを言う。それはこんな内容だった。
「ちゃんとご飯を食べているか?」
こんな状況なのに、親父は俺の心配をしていた。呆れればいいのか、頭が上がらないと笑えばいいのか。
だけどそれでも親父は心配してくれる。だから俺はちゃんと答えた。
「大丈夫だよ」
親父はとても安心したかのような表情を浮かべた。どうやらこの人は昔から変わってないようで、だからあんなに頼りになった元気な頃の姿をつい思い出してしまう。
俺なんかよりも強かった。いろんなことを知ってて、勇気もあって何もかもがすごかった。
なのに親父は、おふくろと一緒に死を待つしかできない状況だ。どうにかしたくてもどうにもできないのが現実である。
俺はそんな親父から視線を外し、隣で眠るおふくろを見た。おふくろはもっと進行がひどいのか、目を開けられない状態だ。
寝ているようでもあり、俺達に気づいていない。できれば話をしたかったけど、無理に起こすのは気が引けるのでやめておいた。
「お父さん、最近こんなことがあったよ」
翠が親父を楽しませるために最近の出来事を話し始める。すると待っていたのか、親父は優しい笑顔を浮かべた。
翠がたくさんの出来事を話す中、俺は着替えや消耗品の確認をする。どうやら結構使ったようで、新しいものに交換しないといけない状態だった。
俺は紙袋から着替えと消耗品を出し、取り替えていく。持ち帰るものを確認し、全部紙袋へ詰め込んだ。
用事は終わり、俺は翠に顔を向ける。すると翠は有名配信者〈光城カナエ〉と知り合ったことを話していた。
「もうすっごくかわいくて、リアルもヤバいくらいかわいかったよ! でもお兄ちゃんは渡さないから。お兄ちゃんは私のものだもん!」
「――――」
「あ、そうそう。今度お兄ちゃん、配信のゲスト出演するみたい。だから楽しみにしてるんだ。でもお兄ちゃんだし、大丈夫かなって心配もしてるよ」
「――――」
「でしょー。ちゃんと盛り上げるかなぁー? そこも含めて楽しみだよ」
余計な心配しやがって。まあ、そういうのあんまりやらないから心配されても仕方ないか。
さて、翠の話も終わったみたいだし帰るか。今度は一週間後だけど、親父も寝てるかもな。
「え? 何々。うん、わかった。言うね」
俺が今後の面会の計画を立てていると、翠が振り返る。そして親父の言葉として一つのメッセージを口にした。
それは、俺をやる気にさせるには十分過ぎる言葉だ。
「お兄ちゃん、お父さんが〈身体壊さないように頑張れ〉だって」
「……ありがとな、親父。病気に負けるなよ」
親父は小さく笑う。俺はそんな精一杯の声援を受け、元の生活へ戻っていった。
元気か。あれで調子がいいんだ。
俺は帰り道、親父達の姿を思い出していた。
もはや死を待つことしかできない二人をどうにか救いたい。この考えを巡らせたのは何度目だろうか。
一応、仲原さんに相談したことがあるけど難しいと言われた。結晶化は現代医療で治せないのが一番の要因のためだ。
迷宮で手に入るアイテムを使えば治せなくはないともいわれたが、それは〈厄災星〉といわれるとんでもない難易度の迷宮からでないと手に入らないものらしい。
金を積んで手に入れようにも、目を疑いたくなる数値が提示されるからやめとけと言われるほどの金額になるそうだ。
だから、手に入れるにはもっと実力をつけないといけない。けどそれまでに親父達が生きている保障もない。
だから俺は、仲原さんに選択を迫られた。
『助からない家族を含め藁を探すか、助かる可能性が高い妹を取るか選べ』
俺は、親父達も一緒に助けるという選択ができなかった。二人はどう思っているのか。聞きたくもないし、知りたくもないけど気になることだ。
でも俺は聞けない。怖くて怖くて堪らないから、聞きたくもない。
だから俺は精一杯に活動する。確実に翠を救い、絶対に二人を助けるんだって思いながら。
俺がそんな過去を振り返り、決意を改めてしていると翠が声をかけてきた。
「お兄ちゃん、そろそろ約束の時間だよね?」
「ん? あー、結構経ってたか。しゃーない、ちょっと遅れるって連絡するよ」
「大丈夫。ここからなら家は近いし、一人でも帰れるから」
「いや、だけど――」
「ちゃんと時間を守らないとダメだよ。それに、お兄ちゃんの出演楽しみにしてるから」
やれやれ、翠のくせに気を遣いやがって。だけどその通りか。
俺は翠の言葉に甘えることにする。一応、「気をつけて帰れよ」と声をかけると翠は笑ってこう言い返した。
「お兄ちゃんみたいな無茶はしないから大丈夫」
妹にも俺は敵わないもんだ。
俺は落ち合い場所となっている迷宮へ向かう。そこで待ってるはずだろうカナエのためにも、急いで。
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