8:不幸少年、圧倒的な敗北感を味わう

 俺は気絶した妹の翠をベッドへ運びそのまま布団を被せ、俺は体調が悪くなっていないか確認する。

 脈拍は正常、体温も変化なしで顔色も悪くない。念のため翠の病元を確認してみると、胸元は少し結晶化していた。


 前に見た時とあまり変わっていないように思える。もしかしたら病症が進行しているかもしれないがそれは明日病院に行けばわかるだろう。

 ひとまず、素人の診断だけど今のところは大丈夫そうかな。寝苦しくなさそうだし、しばらくこのまま寝かせてあげよう。


「大丈夫?」


 カナエが心配そうな表情を浮かべ、俺の顔を見つめていた。どうやらカナエはカナエなりに申し訳なく思っているようで、どこか落ち込んでいる。

 結構かわいいところがあるな。そう感じつつ、俺はカナエを安心させる言葉を口にした。


「大丈夫だよ。少し寝れば元気になるさ」

「……そうならいいけど」

「心配するなって。こいつは結構しぶとい妹だしな」

「余計に心配」


 カナエはそう言って楽しげに微笑んだ。

 信用されてないな、俺。まあ、まだ出会って間もないし。

 そんな言い訳をしつつ、俺は笑い返す。するとカナエは安心したのか、吹き出すように笑っていた。


 さて、朝からいろいろトラブルがあったけどこれで用事は終わりだ。これから〈迷宮ウォッチャー〉を開いて情報集め。いい情報があったらその迷宮に突撃だな。

 我ながらなかなかに大雑把な計画なもんだよ。でもまあ、情報源はこれしかないしこうするしかないんだよな。


「何見てるの?」

「迷宮ウォッチャーだよ。知ってるだろ?」

「うん。募集に参加するの?」

「ちょっと違う。依頼されててエリクサーが欲しいんだ。でもいい情報がなくてさ、困ってるところかな」


 まあ、迷宮を攻略しちゃえばこんなまどろっこしいことなんてしなくて済むんだけど。ただものがものだからそれなりの難易度の迷宮に行かなきゃいけない。

 エリクサーが出現する迷宮の難易度は最低でも二つ星だ。もちろん難易度が上がれば上がるほど出現確率は高くなる。


 そして現状、俺が攻略できる迷宮難易度は三つ星。ギリ四つ星もいけなくはないがその場合は入念な準備をしないといけない。

 だからそこまでしなくても済む二つ星の迷宮を回っている訳だ。


 でも、エリクサーとなるとなかなかに低確率だ。数をこなせばどうにかなると思っているけど、それでも迷宮攻略となると時間がかかる。

 だからモンスタードロップや宝箱からどうにか手に入らないかと思って迷宮ウォッチャーから情報を集めているんだけど、昨日のあの感じじゃあ望みは薄い。


 ホント参ったな。

 俺が思わずため息を吐くと、カナエが声をかけてきた。


「エリクサーが欲しいんだ。なら攻略したほうが早いよ」

「そうしたいのは山々なんだけどな。でも俺一人だと骨が折れる」

「なら、私とやらない? アンタがいたら百人力だし」


 あー、なるほど。確かに一人でやるよりはいいかもしれない。

 だけどこいつ、確か迷宮内で配信してたよな。そっちは大丈夫なのか?


「別にいいけど、お前のほうは大丈夫なのか?」

「何が?」

「配信だよ配信。俺とやってたらできないだろ」

「そっちは大丈夫。昨日宣言してきたから」

「宣言?」


 その言葉を聞き、俺はすぐに理解できないでいた。だが、だんだんと不安が大きくなり俺の心を襲ってくる。

 恐る恐る、俺はカナエに聞き返してみることにした。


「なあ、その宣言ってどういう内容なんだ?」

「……ふふふ」


 ほくそ笑んでやがる。なんだ、こいつ。何を宣言しやがったんだ?

 待て、宣言したってことは〈カナエちゃんねる〉に残ってるってことだよな。じゃあ昨日の配信を見たらわかるんじゃないか。


 俺は慌ててスマホを取り出す。そして〈カナエちゃんねる〉を開き、昨日の配信を見た。

 結構長い時間やってたみたいで、計四時間と表記されている。だけど俺は悠長に見ている暇がないので、バーを最後あたりまで動かして指を離す。

 するとカナエが涙を流して泣いているボロボロの姿が映し出された。


『うぅ、死にかけたよぉー。でもどうにか生き残れたよぉー。うん、うん、そうだね。これは全部、明志君が悪いねっ! 一人だけ脱出して私を置き去りにしたし! もうこれは責任を取らせちゃおー!』


〈そうだそうだ〉

〈あいつが悪い〉

〈俺のかなちんをよくも〉

〈責任っ責任っ〉


〈いいぞもっとやれ!〉

〈命をちょうだい仕る〉

〈でた!死刑宣告www〉

〈仕方ないね〉

〈ホントあいつが全部悪い〉


 責任、とカナエが言い放った瞬間にコメント欄が爆発していた。次々と書き込まれ、爆速でコメントが流れていく。それはもう目で追うのも億劫になるほどだ。

 カナエはそんな大盛り上がりのリスナーを見て上機嫌になっている。そして、こんなことを言い放った。


『明志君を捕まえちゃうよ! もちろん、今回の責任を取ってもらうから。あ、どうせなら高難易度の迷宮を攻略したいな。よし、じゃあ行ったことのない四つ星迷宮に突撃するよ! もちろん明志君と一緒に。だからみんな、次回を楽しみにしててねっ!』


〈マジかよかなちん!w〉

〈カナエちゃんが死んじゃうwww〉

〈いや、笑いごとじゃねーよ!w〉

〈笑ってるじゃん!www〉


〈よし、かなちんのためにあいつを特定するぞ〉

〈立ち上がれ特定班!今こそその腕を見せる時だ!〉

〈ちぃーす、特定班でぇ~す。ムカつく探索者の家を見つけてきましたー〉


〈はっやwww〉

〈これでかなちんはニッコリだな(ニッコリ〉


 なんてことだ。こいつ、俺を巻き込みやがった。

 いや、それよりも気になるコメントがあるんだけど。俺の家を特定した〈ゴリラッパー〉って誰だよ。アイコンがラッパー風のゴリラで妙に笑えるからムカつくんだけど。

 つーか、家がバレたのこいつのせいじゃね?


 俺が心の中で激しいツッコミを入れているとカナエが近づいてきた。そして勝ち誇った笑顔を浮かべ、こんな勝利宣言をする。


「明志、これであなたも配信者よ」

「いや、俺は配信しないし」

「大丈夫、最初はちょっと照れると思うけどすぐに慣れるから。そのうち物足りなくなってスナック感覚で配信しまくるようになるから」

「何が大丈夫なんだよそれ! よくわからない怖さがあるんだけど!」


「今からでも配信してもいい?」

「絶対にダメだっての!!!」


 あー、こいつが勝手に宣言したことだ。これはちゃんと断ろう。

 潔く諦めないだろうけどいろいろと言いくるめてやれば何とか――


「借金、あるんだよね?」


 どうやって諦めさせるか考えていると、カナエは思いもしない言葉を口にした。俺は一瞬考えたが、すぐに借金のことを翠が話したんだと気づいた。

 その話を聞いたカナエはカナエなりに考えてくれたんだろう。だから一つの提案として持ちかけてきたといったところか。


「気を遣わなくてもいいよ。どうにかするから」

「億を超えてるって聞いた。いくら迷宮探索してても大変だと思う」

「そこまで話してたのかよ。まあ、時間はかかるかな」

「なら、ちょっとでも短くなるようにしたほうがいいよ。人気者になれば配信でお金が入るし」


 確かにそうかもしれない。俺は配信に関してあんまり知らないけど、人気になればなるほどお金が入ってくると聞いたことはある。

 カナエちゃんねる規模ならその収入はとんでもないだろう。


 だけど俺なんかが配信して面白味はあるだろうか。そもそもいろんなハードルがあるし。

 そんな俺の気持ちを読み取ってか、カナエはこんなことを言ってくれた。


「借金返済は大変だと思う。だから協力させて。たいした力にはなれないかもしれないけど、それでも力になりたい」

「……たいした見返りはないぞ」

「見返りならもらったよ。それにこれは恩返しだから」


 もらったって。

 俺はさっきやった特訓のことを思い出す。もしやあれだけで十分だったのか、と思い息を吐いてしまった。


 こいつ、案外おひとよしだな。こんなんで有象無象の世界をやっていけるのか?


「わかった。その提案受けるよ」

「ゲスト出演してくれる?」

「ああ、する。だから手ほどきを頼むぜ」


 俺はカナエのために配信のゲスト出演することを決める。全く、こいつにはなんか敵わないな。


 しかし四つ星迷宮か。できれば一週間ぐらいの準備期間が欲しかったけど、まあ仕方ない。

 どうにか準備して迷宮攻略しよう。


 ちょっとだけ頭を抱えつつ、俺は小さく喜んでいるカナエを見た。その姿はかわいらしく、ウサギが跳びはねているようにも見えたのはここだけの話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る