6:有名配信者の特権は恐ろしい

 澄み渡る空気に、ちゅんちゅんとかわいらしい囀りを響かせる小鳥。差し込んでくる優しい光が目を刺激し、俺の意識を覚醒させる。

 本日も気持ちいい朝を迎えた。昨日は早く迷宮から切り上げたおかげかゆっくり休めたため体調万全だ。


 さて、本日も迷宮に行こう。仲原さんに託された依頼を達成しなきゃいけないし、それに期待に応えたいし。そのためにも情報収集だな。

 そんなこんなを考え、俺は計画を立てる。だがその前に朝飯を食わなければならない。なぜならかわいい妹がとても心配するからだ。


 あいつを心配させないためにも俺は部屋を出る。そのまま階段を降り、キッチンへと向かった。

 するとそこは昨日と違い何も置かれていないテーブルが姿を現す。どうやら仲原さんは来てないようで、翠はというとまだ眠っているようだ。


 俺は冷蔵庫の前に移動し、手軽に食べられるものはないか探すとタマゴが目に入った。それを一つ手に取り、俺はコンロの前に移動する。

 フライパンを用意し、軽く温めてから油を引く。そのままタマゴの殻を割り、中身を落とした。


 ジュージューと焼ける音が響く。そう、本日のおかずは目玉焼きだ。

 お手軽で栄養価があり、アレンジ次第ではとんでもないバケモノになる料理。まさに可能性の塊である。


 いい感じに固まってきたので俺は皿へ目玉焼きを移す。うん、本日はいい出来栄えだ。

 あとは炊き立てご飯を茶碗によそおい、じっくり味わうだけ。そんなことを考えながら俺は炊飯器を開け、絶望した。


「……ない。ご飯がない」


 真っ白でホクホクな白米が、ない。よく見ると炊飯器の電源は入っておらず、さらによく見ると米も何もない。

 そう、俺は完全に炊き忘れたのだ。これに俺はガックリと肩を落とし、盛大なため息をついた。


 朝からとんでもない躓きだよ、チクショー。こんなにもお腹を空かせてるのに、お預けを食らうなんて。

 まあ、昨日の俺に文句を言っている暇はない。なんせ俺はとんでもなくお腹を空かせてるからな。さっさと米を洗浄して炊こう。

 気を取り直し、俺は炊飯の準備を始める。ひとまず適当に精米を用意して洗浄しよう。そんで早炊きして朝ご飯を済ませるんだ。


 大きな絶望を抱きつつ精米を取りに行こうとすると、唐突にピンポーンと来客を告げるチャイムが鳴った。


 はて、こんな早い時間に誰が来たんだ? まさか仲原さんじゃないよな。あの人すごく忙しいし。

 もしかしてセールスとかか? なら追い返そう。もしすぐに帰らなかったら脅かして帰ってもらおう。


 俺はそんなプランを立て、玄関へ向かう。一応チェーンがかかっていることを確認し、扉を開く。

 すると玄関前にはスーツ姿の営業活動しているサラリーマンではなく、違う人物が立っていた。


 背中が隠れるほどの長いサラサラとした銀髪に、今にも閉じそうな琥珀色の瞳を持った目。青いジャケットと黒いハーフパンツに身を包んだ女の子だ。


 誰だこの人は。見たことがあるような気がするけど、こんなかわいい知り合いなんていないし。


「……ねぇ、開けて」


 必死にその子が何者か思い出そうとしていると、そんな要求をされる。俺はついつい扉を開きそうになったが、いやいや待て待て、と自分に言い聞かせて踏み止まらせた。


 こいつは誰だ。そもそもそんな人物がどうして俺の家を知ってる。


 そう考え直し、ひとまずどうするか考える。だが、手の打ちようがない。あやふやなまま話を合わせてもいいけど、たぶん面倒なことになる。

 ならいっそ聞いたほうがいい。


「えっと、どちら様で?」

「わからないの?」

「わからないも何も、会ったことあったっけってレベルなんだけど」


 女の子は俺の言葉を聞き、ちょっと面倒臭そうに息を吐いた。そしてちょっとだけ身体をうーんと伸ばし、二度ほど深呼吸をして頬をパチパチと叩いてから目をカッと見開く。

 直後、俺はその子が何者なのか気づくこととなる。


「やあやあやあ! ここで会ったが2回目! 昨日はよくも置いていってくれたね明志君っ! おかげですごく怖い目に合っちゃったよ!!!」

「お前まさか、カナエか!」

「そうだよ明志君っ! 全く、プライベートモードの私に気づかないなんてバディとして失格だね!」


 いや、バディになった覚えはないんだけど。それよりもなんでこいつ、俺の家を知ってるんだ? 教えた覚えはないんだが。

 俺は驚きと疑念によって変な顔を浮かべていると、テンションのスイッチを切り替えたカナエが答え始めた。


「私、人気者。いろんな人が助けてくれる。だからその人達に助けてもらった」

「えっと、それはつまり?」

「アンタの家を見つけてもらった」

「勝手に特定してんじゃねーよ!」


 何なんだよこいつは! この一瞬ですごい怖い存在になったんだけど!

 いや、それよりどうやって家を特定してんだ? その方法が気になるぞ。


「ったく、何しに来たんだよ。理由によっちゃあ警察には突き出さないでやるから」

「……約束」

「あん? 約束?」

「教えてくれるって言った。だから来た」


 あー、そういえば昨日、不意打ちのやり方を教えるって約束したな。まさか本気になるとは。

 とすると、警察に突き出すのはかわいそうか。むしろ約束を守らないと信じて来てくれたこいつに悪い。


「わかったよ。でもまだご飯食べてないから待っててくれ」


 俺は折れた。人の力を借りたとはいえ俺を見つけ出したカナエの根性に負ける。

 その証としてチェーンを外す。そして入るように促した。


「そこで立ってて待たれるのも困る。入れ」

「わかった」


 カナエが俺の家に上がる。さっきと違って完全にローテンションになったこいつは、とてもおとなしい。それどころか何から何まで面倒臭そうにしているように見える。

 そんな姿を見たからか、俺は同一人物に思えないでいた。しかしまあ、目の前で変貌を見せられたから偽者と疑うことはできない。


 本当に同一人物なのか。今でも信じがたい。


 そんなことを思っているとトタトタという足音が階段から聞こえてきた。どうやら翠が起きてきたようだ。


「おはよー、お兄ちゃーん」

「寝癖ついてるぞ、翠」

「いいじゃん別にー。それより今日の買い出しは――」


 翠が何かを言いかけた瞬間、動きを止めた。視線の先に目を移すと、そこにはカナエの姿がある。

 どうしたのだろうか、と思ってると翠は唐突に叫んだ。


「光城カナエだぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 それは久々に聞いた大興奮の声だった。俺は絶叫する翠に驚いていると、カナエはちょっと面倒臭そうな表情を浮かべる。

 だが、翠は気づいていない。それどころか興奮し続けていた。


「嘘? なんで、どうして家にいるの!? もしかして配信中? やば、寝癖直さなきゃ!」


 翠は慌てて家の奥へ駆け込んでいく。ひとまず元気で何よりだな、うん。

 俺はそう思うことにしてキッチンへ向かう。その後ろをカナエは追いかけてくる。


 まあ、あれだ。今日はいつもとは違う朝になるな。

 どうなるんだろうな、うん。

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