5:撮れ高は何ものにも代えがたい

 迷宮探索を開始し、進むこと一時間。俺は非常に面倒臭い事態に陥っていた。

 配信者と自らそう言い表した銀髪の女の子が、遠慮なく泣き喚いている。なんだかわからないがその光景をカメラマンである高性能ドローンはずっと眺めており、止める様子を見せない。


 まあ、ドローンは機械だから人のような理性や意思なんて持っていないしな。でも少しぐらいそんな素振りを見せて欲しいと思ったのは間違いだろうか。


 そんな意味のない願望を抱いていると、泣いていた彼女がリアクションをし始める。もちろんそれは俺ではなく高性能ドローンへ向けてだ。


「ひどいよね! そりゃ助けてくれたからブーブー文句は言えないけど、知らないってあんまりだよねっ! え、もう一回自己紹介? あ、そうだね。どうせ私のことを知らないんだから知ってもらえばいっか。そんでついでにファンになってもらう。我ながら完璧な計画っ! よし、じゃあ改めて自己紹介しちゃうよ!」


 なぜか立ち直り、彼女は俺に振り返った。そしておそらくとびきりの素敵な笑顔を見せ、こんな自己紹介をし始める。


「さっきはありがとー、一流探索者の君ぃー! 改めて自己紹介させてもらうよ。私は光城カナエ。Wetubeで〈カナエちゃんねる〉をやってる配信者さ! 自分で言うのもなんだけど、ここ半年間はスパチャランキングで一位を取ってるんだ」


「へぇー、じゃあ人気者なんだな」

「その通り! だから私のことを知らない人がいるなんて夢にも思わなかったよ」


 知らなくて悪かったな。

 それにしても、配信者ねぇ。なんか人気者みたいだから、たくさんの人が見てるんだろうな。どのくらい見てるかわからないけど、たぶん百人とかそのぐらいだろう。


 そんなことを考えているとカナエがずずいと迫ってきた。ちょっと身体を引かせていると、彼女はこんなことを訊ねてくる。


「ところで君の名前は? よかったら、いやぜひ聞かせてくれないかな!!!」


 そういえば名乗ってなかった。

 面倒だから適当な名前を作って嘘を言ってもいいけど、あまりメリットはなさそうだ。

 ま、これ以降は関わることあまりないだろうし正直に答えるか。


「新条明志。一応、探索者になってまだ三ヶ月ぐらいだよ」

「え? 三ヶ月!? うっそー、後輩じゃん! 私なんて半年近くやってるよ!」

「そうなんか。にしては警戒心がないような――」

「そんなことより、君! もしかして大型ルーキーじゃない? だよね、そうだよね!」

「いや、そんなことは。師匠に鍛えてもらってるけど……」


「だからかぁー! ホント助かったのだ。ありがとー!」

「あ、いや、どうも」

「にひひっ。ねえ、よかったら私にレクチャーしてくれないかな? 君、強いから教え方も上手そうだし!」

「それは関係ない気が――」


「え? してくれるの! ありがとー、さすがは大型ルーキーだねっ! 一流探索者の鏡だよ、明志君!」


 カナエは無理矢理手を握り、走り出した。なんかわからないけど一緒に迷宮の奥へ向かうことになる。

 まあ、適当に探索して脱出するか。俺にも用事があるから、そんなに長く付き合ってられないし。


「にっひひ、これで身の安全と撮れ高ゲーット。たくさんトラブルに突っ込むぞぉー」

「何か言ったか?」

「頼りにしてるってみんなに言ったのだ、明志くーん」


 なんか怪しくにひひって笑っているな。気になるからこいつが言ってたカナエちゃんねるを後で見てみるか。

 そんな小さな決意をしていると唐突にカナエが足を止めた。そして慌てて俺の背中に隠れ始める。


 突然どうしたんだ、と思い前に顔を向けると三体のオーガがいた。見た限り、二つ星迷宮でよく見かけるレベルのモンスターだ。身体の色は赤、青、緑とあり、どれもが額にツノ一本という存在だった。


 オーガの強さはツノの数で測れ、それぞれの役割は身体の色で判別できる。

 ツノ一本ということは最低レベルの強さであり、俺ぐらいなら敵じゃない。だけど編成のバランスはよく、前衛の赤、タンク役の青、回復スキルを持つ緑とそろっていた。


 まあ、本来なら一つ星迷宮であるここではあまり見かけないモンスター。でも今、ここは〈星崩れ〉が起きてるからいつもより難易度が高い。

 だからたぶん、二つ星迷宮レベルのモンスターがうじゃうじゃといるんだろう。


「よ、よぉーし、戦いは任せたぞ明志君! 私はここでしっかり応援しているよ」

「いや、働けよ」

「応援も立派な仕事だ! さあ、君の勇姿を見せてくれ明志君! みんなが楽しみに待っているよ」


 どうやら戦う気はないようだ。そんなんで探索者としてやっていけるのか、こいつは。

 まあいいや、面倒だしサクッと終わらせちゃおう。


「ちょっと離れてろ」


 俺は探索者コインを握り締め、モンスターを見据える。どうやら向こうは俺達に気づいていない様子だ。


 それなら不意打ちができる。

 そう考え、影から三つの針を生成した。そしてオーガのコアがある胸に狙いを定め、攻撃のタイミングを伺う。

 ふと、一体のオーガが俺達に気づいたのか動きを止めた。仲間はというとそのオーガの動きに気づき身体を起こそうとする。


 今だ!

 僅かな意識の外れ。ちょっとした隙。

 それが奴らにとって致命的な時間となる。俺はビュンと針を飛ばし、三体のオーガの胸を貫いた。不意打ちを受けたオーガ達はどうすることもできず鋭い一撃を受ける。


 一体は絶命し、残り二体は死なない。だが、致命的な一撃だったようで膝をつき、苦しそうな呻き声を上げていた。

 ギリギリで急所を避けられたようだ。でも、そんなことは想定済みである。


「あばよ」


 針には当然、影糸を繋げている。俺はそれを手でピンと弾くと、途端にオーガの胸に突き刺さっていた針が反応した。

 瞬時に針は傘のように開き、オーガの胸をガボッと抉り取る。その光景は花が咲いたかのようなものであり、どこか禍々しくも幻想的だ。


 この一撃を受ければコアは当然のように耐えられない。バァーンという大きな破裂音が響くと共にコアは白い光の粒子へ変わり、そのままオーガの身体ごと空間へと溶けていった。


「まあまあかな」


 不意打ちができたのはデカい。毎回バカ正直に真正面から戦ってたら命がいくつあっても足りないしな。

 ひとまずこれで進める。


「すごい! すごいすごいすごい! 今どうやったの、明志君」


 突然、カナエが大興奮しながら大声を上げて迫ってきた。一体何がすごかったのか、と質問を返そうとしたらカナエが両手で手をギュッと握ってくる。

 思いもしないことに驚き、咄嗟に顔を見ると彼女の目は星のようにキラキラと輝いていた。


「明志君、いや師匠! さっきの技、ぜひ教えてくださいなのだ!」

「唐突にどうしたんだよ?」

「お願いします! 私、強くなりたいんです!」


 なんかすごい詰め寄ってくるな。あれ、俺なんか変なことしたか?


「強くなりたいって言われてもなぁ。そもそもお前のスキルを知らないし」

「教える教える! いくらでも教える! だから教えてよ、さっきの技を!」

「あー、わかった。後で教えてやるから」

「今すぐ教えて! お願いだよ、明志師匠!」


 いや、今すぐって言われても……

 なんだかどんどん面倒なことになっている気がする。ひとまず、教えるにしてもここじゃあできない。つーか周りにモンスターがうじゃうじゃいて危険だ。


 そもそもカナエのスキルを教えてもらわないといけないし、それに俺のやり方がこいつに合っているとは限らないしな。

 何にしても迷宮から出ないとレクチャーはできないだろう。


「わかった、教えるから落ちつけ。あといきなりやるのは無理だから迷宮を出てからな」

「ホント、ホントだね! ありがとー明志師匠!」

「師匠はつけるな」


 大喜びのカナエに、俺は調子を狂わされる。まあ、マスターしてくれたらそれでいっか。

 ひとまず迷宮を脱出するか。こんな状態だと探索は危険だ。


「そんじゃあ一旦ここを脱出するか」

「了解、ししょー!」

「師匠やめろ。そんじゃあ行くぞ」


 俺はポーチにしまっていた一つのアイテムを取り出す。それは〈帰還のベル〉と呼ばれるもので、音を響かせると迷宮脱出ができる代物だ。

 壊れるまで使えるのでとても便利である。

 そんなベルを振り、チャラランと音を響かせる。途端に俺は光に包み込まれ、そのまま迷宮の外へ移動した。


「あれ?」


 なんやかんやで迷宮を脱出した俺だが、カナエの姿がないことに気づく。どうしていないのかちょっと考え、あることをし忘れていたのに気づく。


「あ、パーティー組んでなかった」


 パーティー判定がなかったため、帰還のベルが反応しなかった。つまり俺だけが迷宮を脱出した形になる。

 一旦戻るかどうか考えてみるが、すぐにそれはやめておこうと結論を出した。


 なんやかんやで面倒臭かったし、それにあのレベルなら死ぬことはないだろう。

 俺はそう考え、そのまま自宅へ戻ることにする。


 空はすっかり赤く染まっており、よく見ると端っこは闇色に染まり始めている。もうすぐ夕飯の時間だ。

 翠が心配するだろうし、今日は引き上げよう。


 こうして俺は自宅へ戻る。そしてカナエが言っていた〈カナエちゃんねる〉を調べた。

 出てきたURLをクリックし、見てみると悲鳴を上げてモンスターから逃げているカナエの姿が映し出されている。


『助けてみんなぁー!』


 絶叫するカナエから目を外し、何気にコメント欄に視線を移すと〈逃げてー!〉〈生きるんだ、そなたは美しい!〉〈死んじゃらめー!〉という文章が流れるように次々と表示されていた。コメント数を見るととんでもない数が表示されており、視聴者数はなんと五千万人超えだ。


 なるほど、人気者というのは本当だったんだ。 


 俺はカナエの認識を改め、スマホの検索機能を閉じたのだった。

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