3:思いもしない出会い

 食器を片づけ終え、シンクも綺麗にした俺は何気なくテレビに目を向けた。先ほどまでやっていた迷宮関連の情報はすでに終わっており、今は芸能スポーツのほんわか情報が流れていた。

 どうやら本日、有名な俳優が一般女性と結婚したらしくその特集が組まれている。街頭での一般人インタビューでは『うっそー』『私の憧れが』『最後の独身貴族だったのに!』という黄色い声が飛んでおり、本人からコメントでは嬉しさ爆発の文面がナレーターに読み上げられていた。


 おそらくこういうニュースは後で本人が見返したら顔が噴火するほど恥ずかしいものだと思う。万が一に離婚をしたら目も当てられないだろう。


 そんなことを考えつつアプリ〈迷宮ウォッチャー〉を眺める。

 これは簡単にいうならば迷宮に関する総合掲示板だ。目的や用途に合わせ、情報やパーティー募集が書き込まれていた。


 そのほとんどが噂話程度のたいした情報ではない。だが、中にはとんでもない掘り出し物が眠っていることがある。その掘り出し物を見つけやすいのがパーティー募集だ。


「んと、〈稀少アイテムの収集〉か」


 パーティー募集、それはつまり一般的に表現するなら仕事依頼のようなものだ。食いっぱぐれている探索者はこれに応募し、どうにか生活できるようにするという構図ができてあがっているのだ。

 だが、これは裏を返せば大きな情報だ。パーティー募集がされている〈山登里迷宮〉には稀少アイテムが眠っているという意味にもなる。


 まあ、こういうことを教えてくれたのが師匠の仲原さんだけどな。おかげでどうにかソロで活動できているし、下手な干渉もされないで済んでいる。


 とはいえ、横取りは厳禁だ。あくまで情報をもらうだけで、欲しいアイテムがあるなら迷宮に潜って探し出さなければならない。

 それにこの〈稀少アイテムの回収〉という情報だけでエリクサーが存在するなんて意味にはならないしな。


「ま、当たれるだけ当たるか」


 いくつか目星を立て、俺は計画を立てる。まずは最初に目にした山登里迷宮へ向かうことにした。

 エリクサーがあればいいな、という軽い気持ちを抱きながら俺は準備をし始める。だけどまさか、この迷宮で思いもしないことが起きるなんてこの時の俺は知るよしもなかった。


◆◆◆◆◆


 山登里迷宮――ここは昔ながらの風景が広がる場所だ。今にも崩れ落ちそうな廃れた社があり、その周りを取り囲むように森が広がっている。

 穏やかな気候のため癖のあるモンスターは少なく、探索者ならば駆け出しの頃にお世話になる迷宮の一つだ。


 かくいう俺はまだ駆け出し探索者なんだが、師匠のおかげか完全な初心者ではない。むしろここよりも二つ三つも難易度が高い迷宮を探索している。

 そのためここに来たのは二回目となり、ほぼ初めてに近い。だから逆に新鮮さがあり、さらにどう進めばいいかわからずに戸惑うというおかしな体験をしていた。


 まあ、こういう時は基本に立ち返って周囲と地図の確認だ。俺は安全が確保されていることを確認し、迷宮ウォッチャーを開いて地図を覗き込む。

 一回来たことがあったためか、ある程度は地図が作成されていた。でも本当にある程度しかやっていなかったためほとんどが真っ白である。


 参ったな、まさか飛ばした影響がこんな時に出るとは。そもそも駆け出し探索者が訪れるような迷宮に稀少アイテムなんて出てくるのか?

 思いもしない盲点に気づき、俺は思わず唸った。だが万が一ということもあるため、一応探索を続けることにした。


 にしても、穏やかだ。今までが今までだからそう感じるのかもしれない。まあ、迷宮に突入直後でミノタウロスに遭遇するほうがよっぽど珍しい気がするけどな。


 探索ついでに地図を作成しつつ進むこと十五分。本当に穏やかなためか何もない。モンスターとも出くわさない状態が続き、本当に迷宮なのかと俺は不安になり始めていた。

 だが、その不安とは裏腹に順調に地図作成が進んでいく。探索の調子はというと、薬草に回復ポーション、爆竹や百円ライター、穴が空いた五百円玉を回収していた。ぶっちゃけいい収穫ではないし、むしろ赤字だ。


 まあ、駆け出しの時にやってくる迷宮だから期待するほうがおかしいだろう。ならなおさら稀少アイテムなんて出てきそうにない気がするが。

 そんなこんなで考えながら進んでいると、唐突に空気が変わった。それまでとは違い優しい温かさがない。それどころか空気が重苦しく、侵入者を拒んでいる雰囲気がその奥から感じられた。


 星崩れがおきている。なるほど、ここからは初心者お断りだな。俺は少し迷宮らしくなったことにホッとしつつもその先のエリアへ足を踏み入れた。するとそこには俺が知っている迷宮の姿がある。

 見た限りは先ほどとは変わりない。だが放たれるプレッシャーが圧倒的に違った。揺れる草花、立つ木々、崩れ落ちた社の全てが俺に牙を向けてくる。

 俺はそこへ足を踏み入れた。駆け出しなら一歩でも踏み入れたら気絶するそこへ侵入すると、直後に真正面から矢が飛んでくる。


 完全な不意打ちだ。だけど俺は慌てることなく、頭を左に振って躱した。

 攻撃してきた場所に目を向けると、そこにはリリパットの姿がある。奴は悔しそうに舌打ちした後、すぐに撤退した。どうやら頭のいい個体だったようで、俺との戦闘は不利だと判断したようだ。


「やっとらしくなってきたな」


 難易度が格段に上がった。これなら稀少アイテムも期待できる。

 そう考えていると唐突に「きゃーっ!」という悲鳴が耳に飛び込んできた。思わずその方向に目を向けると、ビッグスライムに身体を絡め取られている女の子の姿がある。

 ここにいるということは探索者か。だけど少し様子がおかしい。


「やだ、やだぁぁ! こんなの聞いてないよぉー!」


 彼女は必死にもがき逃れようと抵抗していた。だがビッグスライムの力は強い。探索者だとしても並大抵の女の子では振りほどけないだろう。

 彼女の周りに誰かいないかと思って確認してみる。だが、仲間らしき者はおらず状況的に一人ということがわかった。


 やれやれ。本来なら仲原さんに「自業自得だから見捨てろ」とか何とか言われるんだけど、まあこのまま見捨てたら目覚めが悪そうだからな。


 俺はそう自分に言い訳して彼女を助けることにした。

 ひとまずスライムから彼女を引き離す。そのために俺は〈強欲の探索者コイン〉を握り締めた。途端にそれは俺の要求に応え、輝き始める。

 その確認をした俺は、ドンと思いっきり地面を踏みつけた。


「きゃあっ!」


 唐突にビッグスライムがビクッと跳ね上がる。その拍子に絡め取られていた女の子がどこかへ放り出された。

 たぶん生きてるだろう。そう思うことにして、俺はビッグスライムと対峙する。


「痛かったか? 悪いな、その攻撃は俺だ」


 ビッグスライムは剥き出しになった自身のコアを急いで粘液体に取り込み、俺を睨みつけた。どうやら先制攻撃の効果はてきめんだったようだ。

 ビッグスライムの標的が明らかに俺に移ったことを確認し、俺はナイフを手にする。するとビッグスライムは興奮したのか大きな声を上げた。


「来いよ、スライム。そのコアを生きたまま剥ぎ取ってやるよ!」


 こうして俺は女の子を助けるためにビッグスライムと戦うことになる。

 この選択が、思いもしない出来事に繋がっていくなんて知るよしもないまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る