自然数の赤子

terurun

自然数の赤子







 最も自然数に近いのは、赤子だ。

 それから徐々に、人は負の生き物へと変貌する。

 ただ人間の優劣の価値観の相違とは、その絶対値が如何に小さいかによるもの。

 小さければ小さいほど、その人間は優性。

 大きければ大きいほど、その人間は劣性。

 惨めで哀れな人間が出来上がる。

 嗚呼、人とは何て弱い生き物なのだ。

 負の中でしか存在できないだなんて。

 特に若者はそうだ。

 実に憐憫だ。

 しょうもない。

 そんな人生の何が楽しい。

 そう考えない日は無い。




「…………ってかお前も若者だろ」


 目の前で俺と話していた田村が、そうツッコむ。


「いいや、俺はそこらの有象無象とは違う」

「一緒だよ。何だ? 高一にもなって中二病発動か? 恥ずかしいだけだからやめとけ」


 田村コイツとは小学生の頃からの幼馴染だ。

 二人で一緒に中学受験して、そのままエレベーター式に今の高校へ入学した。

 ただ中学時代の同級生は皆他の公立高校に行ったので、寧ろ俺の知り合いは田村だけと言っても相違ないだろう。

 田村には「寂しいな、お前」とよく言われる。

 だが田村も実際俺と同じだから俺と話しているんだろ? と言い返すと。

「何か悪いか?」と赤面しながら答える。

 正直野郎の赤面顔何て気持ち悪いのだが、もう慣れた。


「そういやお前、先週から何で休んでたんだ? まさかサボりか?」


 田村が俺に訊いてくる。

 今は金曜日だが、先週からずっと俺は学校を休んでいた。


「…………忌引きでな。爺ちゃんがな、亡くなったんだ。それで、葬儀とか色々あって……」

「……………………そ、そうか」


 田村の箸が止まった。


「…………そ、その………………ごめん」

「いや、別に良いよ。実際何回か学校サボった事あるし」

「そういや中二の時お前サボりまくってたからなぁ」

「そうだろ?」


 その時。

 予鈴が校内中に響き渡り、昼休みがそろそろ終了する事を皆に悟らせる。


「それじゃ」

「おぅ」


 不幸な事にうちの高校は教室が狭く、俺と田村の席は丁度両端なので、なるべく早めに移動しないと行けなくなるのだ。

 何とも不便だ。


 っていうか次は移動教室だ。

 俺は急いで準備をして、その教室へと向かった。



 数学の時間。

 少人数授業の為、田村とは別々に受けねばならない。

 田村以外に知り合いのいない俺からすれば地獄の50分間なのだ。

 外からの風が気持ちいい。

 少し前に桜は全て散ってしまって、今は緑葉が疎に聳えるばかり。

 何とも貧相な景色だ。

 だがまだ夏になりきっていないので、涼しい。

 清涼な空気が気持ち良い。

 唯一の難点は制服が窮屈である事だ。

 苦痛でしかない。

 こんな事なら私服の高校に行っとくべきだったなぁ。

 まぁ今悩んでも後の祭りだな。

 郷に従う他無い。

 はぁ。

 俺はこっそり溜め息を吐いた。


「それじゃぁ、大問10の1から20までを、5分でやってくれ。それじゃぁ始め」


 え?

 俺は問題を確認する。

 いやいやいや、5分で解ける量じゃ無いって。

 最低でも10分はかかる。

 無理だって。

 そう思い先生を仰ぎ見ると、椅子に座りながら教卓でスマホを眺めていた。

 勤務中に何してるんだよ。

 …………やっぱり他の高校行った方が良かったかもしれない。


「まじでやばくね?」


 俺の前の席の女子が、俺の右隣の女子と話すのが聞こえた。


「頭可笑しいんじゃねぇの? 出来るわけ無いっつーの」

「まじでそれな」


 全くその通りだ。


「しかもスマホ触ってるし。まじ死ねよ」

「だよね、まじああいう大人死んで欲しい」


 はぁ。

 俺は内心溜め息を吐いた。

 何て低次元な会話なのだ。

 そんなに簡単に死を語るか。

 実際に死した人間を見た事も無いくせに。


「ブーブー」


 そう言いながら二人の女子が、先生がこちらを見ていない事をいい事に、思い思いに中指を立てたり、親指を下にしたり、その親指で自分の首を切る動作をして笑った。

 それを見た他生徒も、クスクスと笑い声を上げる。

 言い出しっぺの女子はそれに対して、少し誇らしげに中指を立て続けた。


 結局問題は全然解けなかった。



 人間の原動力は、自己肯定感が根底にある。

 自己肯定感が高い人の方が、人生の質は高い。

 自己肯定感の源とは、自信の持つ他人に引けを取らない自信が最も。

 自分に何か人より秀でたものがあれば、それは自信となり自分の心に層となり、それがやがて自己肯定感へとなる。

 これは素晴らしいサイクルだ。

 是非自分もこうでありたい。

 そしてもう一つの源は、他人を貶めて得る優越感を素にした自己肯定感である。

 これは見ていて実に見窄らしい。

 自分は凡愚で人より秀でている事など何一つないですよーとわざわざ自分から誇示しているようなものなのだから。

 つまり、「君馬鹿だねー、私ならそんな事絶対にしないよー」という事である。

 今のは大分極論だが、自信を正当化し、他を否定する事で優越感を得る。

 そんな独裁的な優越とは本当の優越と言えるのか?


「いや知らねぇよ」


 田村がそうツッコむ。


「俺はそうは思わない。他人を否定し続ける人生は、他人から自分を否定される人生だ。惨めだと思わないか?」

「だから知らねぇって」

「考えてもみなよ。ネットで悪口ばっか言ってる馬鹿を」

「馬鹿って…………」

「自分が秀逸な分野が無いから、好きな事が無いから、つまり自信を生む機会を所持していない哀れな人がそうして出来た隙を持て余して、ネットで他人を否定する事で自己肯定感を養っているんだよ。こんなの、馬鹿としか思えないよ」


 田村が少し顔をしかめる。


「そんな歩きスマホばっかりやってないでさ、もっと周りの景色を楽しもうよと思うのだ。人生は楽しむ為にあるんだから、そんなクソみたいな楽しみも何も無い無駄に人生を浪費する方がよっぽど惨めだな」


 田村は持っていた箸を箸入れに片し、弁当箱を袋に入れながら言った。


「そんな事だったらお前だって………………」







 





 最も自然数に近いのは、赤子だ。

 

 それから徐々に、人は負の生き物へと変貌する。

 

 ただ人間の優劣の価値観の相違とは、その絶対値が如何に小さいかによるもの。

 

 小さければ小さいほど、その人間は優性。

 

 大きければ大きいほど、その人間は劣性。

 

 惨めで哀れな人間が出来上がる。

 

 嗚呼、人とは何て弱い生き物なのだ。

 

 負の中でしか存在できないだなんて。

 

 特に若者はそうだ。

 

 実に憐憫だ。

 

 しょうもない。

 

 そんな人生の










 


「そんな事言ってて何が楽しい?」














 








 

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