泥酔日記

泥酔ジャーナル

第1話 5年次ブロックの思い出

30年以上前になるが、僕が学生時代だった頃の母校は、比較的進級に対しても甘い部分があり、27個単位が足りないまま6年生に進級してしまい地獄の日々を送る先輩など生ける勇者が散在していた。


このシステムに甘えてキリギリス王となり6年生を迎えてしまうと、皆に勇者と敬われる反面、6年生の最後の1年がまさに茨の道まっしぐらであり、ただでさえ過酷と名高い6年度の学内試験や3カ月もの間、1日おきに行われる卒業試験の合間を縫って、6年間で取りこぼした単位を取得するために毎日が試験対策漬けの日々を送る羽目になり(圧倒的自業自得感)、試練を乗り越えてなんとか卒業を決めても国試というラスボスに、国試対策レベルを満足に上げれぬままに挑むことになってしまい、結果国試浪人を量産する悪しきシステムとなってしまっていた。


コレを以前から問題視していた大学側は自由な校風という伝統を捨て、遂に5年生の進級にブロック制を導入する。

まさに僕の2つ上の学年から。キリギリス王まっしぐらだった僕には非常に痛いルール変更である。


とはいえ導入の段階では、6年でまとめて単位を取る勇者層も当然一定割合いて、2年先輩の進級会議でブロック7個(8個で留年)、1学年上でブロック5個(6個で留年)と大学側も手探り感を見せて迷走していた。


さて、5年生進級が掛かった僕の4年生が始まった。


学内は今年のブロックがどこなのかの話題で持ちきりであり、5個のままだろうというスイート派、1個でも落とすと即留年だと主張するビター派、3個に違いないというロマンス派で割れていた。


膨大な試験範囲な故に、各試験に対しての情報戦も非常に大事で、進級や国試を乗り越えていく様はまさに渡り鳥に例えられる。


群れからはぐれてしまうと進級や国試合格の難易度が一気に跳ね上がってしまうのだ。


優秀な友人の後ろをスリップストリームの如く最小限の努力と最大限の要領を発揮して乗り切りたいと常々考えている僕にとって、このブロックに引っかかることは会心の一撃を喰らう致命傷に等しいことだったのだ。


当然の様に1〜3年の間に単位を落としまくっていた僕は、4年の学内試験の合間を縫って未習得の単位の獲得に奔走するハメになっており新学期早々の気が抜けた時期に1年生の時の単位のドイツ語を早速落とすというお約束のスタートで走り出し、夏には合格者学年4割程度の最大の鬼門と言われる神経学を落としてしまった状態で、息も切れ切れに冬を何とか超えて2月末の組織学の試験に臨んでいた。


僕の悪い癖なのだが、ロマンス派が正解なら進級は可能だという僕的には上々の結果で1年間を走り抜けた(まだ終わってない)感無量感で、結果あっけなく単位を落としてしまって、未習得単位3という状態で進級会議の結果を待つことになった。


僕の周りを見渡すと、同じチュートリアルのS君は5個、ギャンブラーと名高いM君は最後の最後にわざと試験を欠席して4個で結果を待つことになっていた。


命運を掛けた進級会議の結果、ブロック単位は3個で、4個から留年であった。


僕は実にギリギリで5年生への進級を決めたのであった。


この進級が僕の運命を大きく左右する出来事であったのは、振り返ってみると明白な事実であり、僕の学年は結果12年で卒業出来ずに放校になってしまった者が10人以上出てしまった。


ギャンブラーM君は10年後にある市中病院で偶然声をかけられて再会したが、さすがギャンブラー、在学12年目に放校をビットし戦い抜き、見事勝利して国試に臨んだそうだ。


今、必要に迫られて神経系の本を読み直しているが、僕の卒業まで悠然と立ちはだかっていた神経学と組織学の知識が憎たらしい事に役立っており今回の事を思い出した次第。


キリギリスの僕は、親の形見か貴重品の如く落とした3つの単位を6年まで大切に持ち越しており、卒業が決まったのは組織学に合格した国試二週間前である。

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