第5話 祐希の思い
俺の知っている異世界転移は謁見の間での召喚であり、こんな異世界転移は予想外だった。
言語も分からず、スキルもなく、簡単に物事が進んでいくと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。
異世界に来たからと言って言語を理解ができると勝手に解釈していたのは俺自身。
異世界は夢のような世界だと勝手に誤認していたのだ。
青い洞窟もあいまって祐希ゆうきの姿はとても寂しそうで、雨のなか捨てられた子犬のようであった。
洞窟の地べたは冷たくひんやりしている。
何か思いつめているのだろうか。ただじっと一点を見つめ座り込んでいる。
「なぁにしてんだ?」
「拓たく…。」
俯いた顔を上げた祐希の前には暖かい表情で祐希を見る拓が立っていた。
「お前の部屋に行ってもお前がいなくてなぁ。どこに行ったのか探し回ってたんだよ」
「あんなクソ広い場所をか?」
拓は小刻みに笑った。
「うそうそ。本当はお前が一人でふらりと歩く姿を見かけてついて来ただけだよ」
「…、長いこと俺を見ていたのか?」
「何をしてるのかなぁって。ま、結局痺れを切らして話しかけたけどな」
「…。」
「どうしたんだ?話聞くぞ?」
「いや、いい…」
祐希は溜まった感情を決して周りには漏らしたくはなかった。
拓は祐希の隣にそっと座った。
少し時間が経った頃、祐希が口を開いた。
拓は優しい眼差しで祐希の話を聞いた。
「俺たちって男女問わず仲良いだろ?仲良かったはずだ。でも、あの時は違った」
溜め込んでいた感情を表に出したせいなのか、祐希の口調が荒々しくなる。
「俺たちが異世界から召喚された日見たあの地獄。誰が悪いなど、皆が皆を悪く言い合う負の重圧。俺たちの関係ってそんなに浅いものなのか?俺あのとき怖かった。今まで大切にしていたものを失ったかと思うほどに。実際に何か失ったのかもしれない。それがとても怖い。
それだけじゃない。まず異世界転移とか異世界召喚されたら、なんか良いスキルとかもらえるんじゃないのかよ!言語理解スキルとか!でも、この世界にはそんなものはなくて、スキルボードも出ない。この世界で生き抜くって言ったのは俺だが、内心俺は…」
祐希は異世界に来た時からずっと不安な気持ちでいっぱいであった。
いくらアニメや小説で異世界転移の話を見たり読んだことがあっても実際経験してみると恐怖と不安で心が締め付けられる。
右左わからない状況で誰を頼ればいいのか?地球とは異なる世界観に価値観。
異世界に来て冷静でいたのは自分を偽るためだ。偽らないとやっていけない…。
どんどん挙動がおかしくなる祐希の隣に拓が優しく座り、感情が昂り震えている祐希の手をそおっと握り締めた。
拓はそんな祐希を見ても動揺することはなく、少しほくそ笑んでいる。
「なんか、俺少し安心したかも。祐希も俺たちと同じだもんね。俺、祐希があの日誰よりも冷静に物事を考えていて、正直言って少し怖かった。何でこんなに順応できるのかなって。でも、祐希も俺たちと同じだった。」
拓の優しく甘えたくなるような声を聞き、祐希も冷静さを取り戻しつつある。拓は祐希の瞳を優しく見つめた。
祐希はその拓の瞳に引き寄せられそうだった。
「祐希がさっき言ったように、俺もこの日みんなの関係が崩れるのが怖かった。けど、今の俺たちを見てみ?どうだ?毎日楽しくないか?何だかんだ言って俺たちは大丈夫だと思うぞ?」
拓のその笑顔は今の祐希にとってはとても眩しいものであった。
身体の緊張がとけ我慢していた涙がポロポロと溢れる。そんな祐希を見て拓は安心したのかまた笑っている。
「笑うなよ」と涙を拭いながら笑う祐希。
「ごめん」それを見て笑いながら謝罪する拓。
祐希と拓は笑いながら、部屋に戻った。
祐希はこの時頼れる存在はすぐ近くにいる。
また、自分も頼られていたんだと感じた。
それぞれ抱える思いがありながらも日々勉強に励んだ。
この世界で生き抜くために。
そして、この世界で大切な友達と笑顔でやっていけるように。
そんなこんなで、1年が過ぎた…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます