僕の想いを言葉にのせて

 あれから玲菜は病気と闘っている。確実に進行は進んでいて何度も入退院を繰り返していた。とある日……

「玲菜、今日二人で出かけない? どうしても行きたいところがあるんだ」

「でもまたいつ病気が悪化するかわかんないよ?」

「大丈夫、何があっても僕がどうにかするから」

「なら、大丈夫だね」

 弾むような声とともに彼女は微笑んだ。

「行きたいとこってどこ?」

「それは行ってからのお楽しみだよ!」

 僕たちが行くところは一つだけなんかじゃない。これまで僕たちが辿ってきたもの全てを巡っていきたい。

 最初に僕たちは中学校へと向かった。今日は学校も休みなので生徒たちは誰もいない。事前に先生にも許可を取って入ることができた。

「ほら、僕たち中学生の頃思い出作れなかったからさ」

 僕と玲菜の思い出はこの学校には何もない。でも、この場所で成長したのは確かなことだから、後は足りない思い出を作るだけだ。

「ここって……」

 一年三組。僕と玲菜が唯一同じだったクラスだ。中に入ると黒板には色んな絵が描かれていた。その中でも一際目立っていたのは、大きな桜。この桜はここの校庭に一番大きく咲いている。

 卒業式の日、ほとんどの人が桜の下で写真を撮っていた。僕はすぐに帰ったからもちろんその写真はない。ここへ来た一番の目的はその写真を玲奈と撮ること。

 しかし、今は夏ど真ん中だ。だから葉桜の代わりに黒板に描いてもらったのだ。

「玲菜、僕たち桜の下で写真撮ってなかったからさ、代わりにここで写真撮らない?」

「うん、撮ろう!」

 机の上においてカメラのタイマーをセットする。急いで彼女の横に並んで笑った。

 写真の中の彼女の笑顔は桜のように満開に咲いていた。

 写真を撮って僕らは次の目的地へと向かう。次に行くところは……


「着いたよ」

「ここは、商店街?」

 僕らが来たところは町で一番の商店街だ。ここは僕らが付き合い始めたあの日の帰りに通ったところだ。

 あの日は七夕祭があり、僕たちが通った時には後夜祭が行われてた。商店街にはたくさんの短冊が飾られており、その一つ一つからみんなの願いを感じて歩いた。その時に来年は二人で短冊を書こうと約束していた。

「短冊書きに来たんだ。本当は書かせてもらえないんだけと今回は特別」

「じゃあ、書いた短冊はどうするの?」

「さすがにここに飾ることは出来ないから、短冊を交換して持っとかない?」

「交換するの?」

「そう。短冊を持っておけばどんな時もお互いを忘れることないっていうおまじないみたいな感じ」

 短冊をおまもり代わりにするなんて子供みたいだけど、少しでも彼女といた証拠を残しておきたい。

「一つだけ条件をつけても良い?」

「条件って?」

「私の短冊を見るのは、想心君が大人になってからにして」

「どうして?」

「秘密!」

 彼女は僕にそう言った後、渡していた短冊に願い事を書き始めた。一体何を書いているんだろう。こっそり見ようかと考えたけど彼女からのお願いだから守らないと。

 僕は気を取り直して短冊に願いを書く。

『玲菜が少しでも多くの時間笑っていますように 想心』

 短冊に書いた願いが叶うことを心から望んでいる。

 彼女も書き終わったみたいで僕らはお互いの短冊を交換した。

「絶対に見ちゃダメだよ!」

「わかってるよ」

 あまりにも真面目に言うから僕は少し笑ってしまった。彼女の笑顔を見ると僕の心はすぐに癒やされる。

 この時間がずっと続けばいいのに……

 商店街を後にした僕たちは最後の目的地へと向かった。そこはもちろんあの場所だ。

「やっぱり、想心君なら最後はここに来ると思ってたよ」

「ここは僕たちが付き合い始めた場所だからね」

 僕たちの最後の目的地、ひまわり畑。八月になってからここのひまわりはあの時よりも大きく咲いている。ひまわりたちは太陽の方を向き、幸せそうだ。

「玲菜、どうして僕があの日ここに来るって信じれたの?」

「ん〜……それは想心君が私のこと信じてくれたから」

 僕が信じたから? 何のことか分からなかった。

「私が初めて想心君と遊んだ日のこと覚えてる?」

「覚えてるよ」

 僕らが初めて遊んだあの日。

 玲菜はここで一人でひまわりを見ていた。偶然ここに来た僕は、そんな彼女のことが気になって話しかけたんだ。

「その時にさ、想心君言ってくれたんだよ? 僕は玲菜ちゃんが明日もここで遊んでくれるって信じてるよ。って」

「僕がそんなことを言ったの?」

 子供の僕にしては言うことが大人びてるなと思った。

「想心君は覚えていないかもしれないけど、私はその言葉が嬉しかったんだ。病気がちで中々遊べない私とまた一緒に遊んでくれるんだって」

 あの頃の彼女はどこか寂しそうだった。でも、僕がここで声をかけた時に彼女は笑ってくれたんだ。その笑顔が僕は好きだった。

「僕も、ここで玲奈と会えて本当に良かったって思うよ」

「想心君がそう言ってくれるなら私があの日ここに来たこと間違ってなかったみたいだね」

 もしも、あの日玲菜がこのひまわり畑に行かなかったら。僕がここに来ていなかったら。そんな選択肢がある中で僕たちが今の選択をした。これはきっと、偶然なんかじゃない。僕らが繋いできた未来は運命のようなもので何があっても切り離したりなんて出来ないんだ。

「玲菜、僕は君が生きていてくれるならなんだってする。それくらい玲菜の側にいたい」

「想心君と一緒に居たいよ。少しでも想心君のそばにいるよ」

 彼女の方を見るとなんだか照れくさくて目をそらしてしまった。

「ねぇ、なんで目そらすの!」

 彼女はいたずらに目を合わせてきた。視界に映る彼女の頬は赤色に染まっている。

 そんな彼女を見た高校生男子が自分の理性を保つなんてことは難しい。

 その瞬間に僕は彼女の唇をふさいだ。

 平然を装っても心は正直らしい。さっきよりも速く動いている。

 離した後の彼女はとても恥ずかしそうで、やってしまったと思った。でも、そんな僕の考えとは裏腹に彼女は、

「わ、私、したことなくて、それで、その……ありがとう」

「ごめん、急すぎたよね」

「そんなことない! 私、嬉しいよ。想心君がそんなにも好きでいてくれてるんだって思ったから」

「なら、よかった」

 お互い恥ずかしくて、少し気まずくて……それでもこの時間は苦ではなかった。だって、彼女がいてくれるから。

「そうだ、実はここって奥に行くともっとひまわりがきれいに咲いてるらしいんだけど行かない?」

「想心君が言うなら絶対きれいだね」

 僕らは手を繋いでひまわり畑の奥へと向かった。

 少し歩くと木陰に入った。そのまま道を進んだ先には、一面に咲き誇るひまわりがあった。息を呑むほど美しいその景色に二人とも話すことを忘れるくらいに見とれてしまった。

 しばらくして彼女が言った。

「私、絶対にこの景色忘れない」

「僕も、忘れない」

 握りしめた手を僕は強く握り直した。

 その時だった。彼女の手は僕の手から離れ、その場に倒れてしまった。

「玲菜! 玲菜!」

 何度呼んでも彼女は反応しない。急いで病院に電話をかけて救急車を呼んだ僕は倒れている彼女を背負って走った。

 お願いだから、このままお別れなんて残酷過ぎるよ。

 余計なことは考えないようにしていても、最悪の状況が浮かんでしまう。まだ僕は彼女にちゃんと伝えられていないことだってある。彼女と行きたい場所も、離したいこともたくさんあるのに、それなのに。

「想心君……」

「玲菜! もう少しだから、だから!」

「もういいよ。私のために、そんなに頑張らないで」

「そんなの出来るわけない! 言っただろ、僕は玲菜の為なら何だってするって」

「私、十分幸せだったよ。想心君のこと好きになって、好きになってもらえて、本当に幸せだった」

 言わないで。それ以上言ってしまったらお別れみたいじゃないか。僕はここで離れたくなんかない。

「僕だって幸せだよ。でも、ここで終わりになんてしたくない」

「私ももう少し一緒にいたい。でも私想うんだ。病院の中じゃなくてこのひまわりに囲まれていたいって」

「でも、でも!」

「想心君なら私がいなくなってもきっと大丈夫。もう、あの頃の想心君じゃないから」

「玲菜のおかげで僕はこうして前を向けた。これ以上ないくらいに感謝してるし、世界で一番大好きだよ」

「嬉しいよ、私だってありがとう。本当に本当に大好き……」

「……玲菜? 玲菜!」

 いなくならないだ。ずっとそばにいて。こんなにも大切な人は君しかいないんだ。

 どれだけ名前を呼んでも、彼女が答えることはなかった。

「どうして、玲菜……」

 僕の言葉は誰にも届くことはなく、空へと消えていった。

 救急車に乗って病院に着いた時には、彼女はもう亡くなっていた。

 彼女がいないなんて信じられなくて、信じたくなくて、僕はずっと泣き続けた。

「想心……」

 僕を呼ぶ声が聞こえる。今の僕にはその声が誰かなんて分からなかった。

「想心、大丈夫? ……じゃないよな」

 泣きながら顔をあげると優がいた。

「優、僕もう……」

「想心は一人じゃない。あいつはもういないけど、お前は一人じゃないよ」

「玲菜がいないのに僕はどうすればいいの?」

「あいつが望んだことをしてやれ。あいつがお前に望んだこと、やりたいって言ったこと、全部叶えてやれ。想心は玲菜にとっての彦星だろ?」

 彼女が僕に望んだこと……本を書くこと。彼女は僕の書く本を読みたいと言ってくれた。今の僕に出来ることはそれしかない。

「優……僕、本を書くよ。玲菜が読みたいって言ってくれたから、僕は彼女のために本を書く」

「なら、もう答えは見つかったな」

 もう彼女はいない。でも、僕は彼女のためになんでもするって決めたから。

 君のいない世界で、僕は君を想って生きていくよ。君が繋いでくれたこの未来を君にもう一度会う日まで……


 彼女がいなくなってから、三年が経った。

 僕は今、小説家になるために大学に通っている。まだまだ未熟だけど、色んなコンテストに応募して小説家への道を進んでいる。

「優! ごめん遅れた。これさ、僕の新作なんだけどどう?」

「俺、本とか苦手だって言ってんだろ? まぁ、彼女はお前の本結構好きらしいからまた渡しておくわ」

 優は今彼女と同棲をしながら建築会社で働いている。どうやらもうすぐプロポーズするらしい。 

「そう言えば今日ってあいつとの記念日だろ」

「そうだよ。僕と玲菜が付き合い始めた日」

「短冊、もうそろそろ見てもいいんじゃね? だってこの前のコンテストで最優秀賞もらって、自分の作品、初出版したじゃんか」

「確かに、そうだね。じゃあ、見てみる? 今日も持ってきてるから」

 いつでも見れるように、そしてお守りとして僕は彼女の短冊を持ち続けている。

「それじゃ、見るよ?」


『想心君が自分の想いを言葉にのせてたくさんの人に届けていけますように 玲菜』

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