某県にある湖と川の噂について

岡内ゆうき

川にいた親子 佐藤さんの証言(前編)

佐藤さんの趣味は心霊スポットに足を運ぶことだった。


ネットで足を運べそうな場所を調べ、その場所に伝わる事件、事故、そこで発生する心霊現象に至るまで、わかることは全て頭に入れてからそこへ向かう。

そして、佐藤さんは訪れた心霊スポットでは必ず写真を撮ることに決めていた。その場所で最も怖いものを捉えた一枚をコレクションとして保存するのが楽しみなのだという。


佐藤さんには妻と8歳になる息子がいた。

しかし、趣味に没頭するあまり、休日に家族サービスをすることはほとんどなかった。

そんな佐藤さんに愛想を尽かした妻は息子を連れて出て行ってしまったという。


佐藤さんはこれはチャンスだと考え、少し遠出をすることにした。


近畿地方にある某県の川。川幅は数百メートルにも及ぶ某県最大の河川である。

下流には土手を挟んで住宅地や工場、ビジネスホテルなどがあるのだが、とあるビジネスホテルから川を見ると霊に取り憑かれるという噂があった。


地図アプリでホテルの現在地を表示させ、建物の外観を確認した。

三階建てのそこまで大きくはないビジネスホテルだった。


心霊現象に関する噂を見てみると、佐藤さんはいくつかの噂を見つけた。

305号室の窓から川を見ると呪われる。

ホテルの前にある土手で死亡事故が起きている。

川で親子が心中した、などの噂があったという。


佐藤さんはビジネスホテルに連絡を取り、305号室の宿泊予約を行った。


佐藤さんは妻と息子を愛していないわけではなかった。

しかし、なるようにしかならないし、それなら束の間の自由を満喫しなければもったいないと考えていたという。


翌日の夕方、佐藤さんはビジネスホテルに到着し、305号室に入った。

部屋には特にこれといって不審な点はなかったそうだが、一つだけ気になるところがあったという。

両手を広げても尺が足りないような大きな窓に、カーテンが閉められてしまっている点だった。せっかくの景観が台無しであると佐藤さんは感じた。


カーテンが閉められている理由は、すぐに合点がいった。

このカーテンを開けてしまうと、川を見てしまう。

しかし、佐藤さんは305号室の窓から川を写真に収めたいと考えていたため、迷わずカーテンを開けた。


水面に夕日が照らされ、オレンジ色にキラキラと輝いていた。

土手の上は歩道と車道が整備されており、学校帰りと思しき自転車に乗った学生や、スーツ姿の男性、買い物帰りの主婦など、さまざまな人種が歩いていた。


佐藤さんは拍子抜けしたという。心霊スポットとしての雰囲気といったものが微塵も感じられなかったからだ。


明るい時間に来てしまったのが悪かったのかと思い直し、佐藤さんは近所のスーパー銭湯に出かけたり、夕食を摂ったり、部屋に帰ってからもスマートフォンに保存されている家族写真を眺めたりして時間を潰した。


気づけば外は薄暗くなっていた。

佐藤さんはもう一度窓から川を見た。

土手の上にある道路は街灯の白い光に照らされていたが、歩いている人間はいなかった。

歩いている人間がいないか、佐藤さんは左右をキョロキョロと見渡していると、土手の向こう側に人影がいるのを見つけた。


しかし、佐藤さんはこれを人影だとは思えなかったという。


人影はこちらに背中と尻を向け、地面に膝をつき、頭を下げていたという。まるで川に向かって土下座をしているような体勢だったのだ。


しかもその体勢の人間が二人。

片方はワンピース姿の女性。もう片方は半ズボンにトレーナーの小学生。


佐藤さんは二人の着ている服に見覚えがあった。


佐藤さんの妻と息子だった。

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