ネリとトトの川向こう
みかみ
第1話 『死の島』から来る人
その島は、すみを固めたように真っ黒だった。
夜空にはカマそっくりの三日月がうかび、こぼれ落ちて来そうな星々も明るくきらめいている。なのに、その島には月あかりも星あかりも一切届いていないかのように、黒以外の色が見つからなかった。
島を囲むゆったりとした大河の水面が、またたくようなかがやきを放っている中で、その島の黒さはいっそう目立つ。
一せきの小船が、島からすい、と現れた。
きらりきらりと光る水の流れの上を、小船はゆっくり対岸へわたっていく。船の上には人かげが一つ。両手でオールをこいでいる。
対岸に到着した小船は、ゴトン、という音を立てて岩にぶつかった。
そこは岩を積んでつくられた程度の、簡単な船着場だった。河の流れが岩場に当たり、ちゃぷちゃぷと音を立てている。
船をこいでいた人影が、小船につないだロープを手際よく近くの岩にくくりつけた。
ロープをくくり終えたその人かげは、船底に横たえてあった杖を右かたに担ぐ。
持ち主と同じ身のたけほどある杖の先には、大中小で重なった三つの卵型の円と、円の下半分をかざる無数のスズが、にぶく光っている。
人かげは船を下りた。トントン、と軽い足取りで岩場を移動して砂地に降り立つと、サンダルの底が軽い砂つぶをフワリとまい上げた。
砂地に足あとを残しながら、人かげは進む。
目の前には深いほりのような水路があり、その向こうには、石を積んで造られたカベが、暗くそびえ立っている。そこから一つ、はね橋がかかっていた。橋が下ろされたカベの門は、その人かげを待っていたかのように、四角い口をぱっくり開けている。
人かげはためらうことなく橋を渡った。足元のほりには、小船がやってきた河から引かれた水が、サラサラと軽い音を立てて流れている。
門をくぐると、レンガでできた街並みが広がっていた。
深夜の街はしいんと静まり返っており、建物だけキレイに残して生き物がごっそり消えてしまったようにさびしい。
人かげはあたりを見回し、一つ深呼吸をすると、担いでいた杖を地面にトン、とつき立てた。
そのしょうげきで、杖先にぶらさがっているスズがいっせいに鳴る。
スズの音色に少しおくれて、だえんけいの杖先がぼんやりと緑色にかがやき、かげでしかなかったその人の姿を、やみから浮かび上がらせた。
黒かみに、宝石のようなすんだ青いひとみ。風通しの良さそうな黒一色の服を着ているその人は、少年だった。としは、十二、三さいといったところだ。
少年は、少し緊張した様子で光る杖先を見ると、「よし」と力強くうなづいた。そして、どこへでもなく呼びかけはじめる。
「
少年は時々、杖をふり鳴らしながら、静まりかえった街の中を一人歩く。
杖の光を受けて青くかがやく少年の目のようにとう明な声が、静まり返った街にひびきわたり、やがてとけて消えてゆく。
「
しばらくすると、建物の陰や茂みの中から、やわやわとした光のかたまりがいくつも現れ、スズの音色とトトの声に呼び寄せられるように集まって来る。
見える者には見え、見えない者には見えない。それらは死者の魂だった。
死者の魂を引きつれて広場のような場所にたどりついたトトは、噴水の前に立って、死者達に呼びかけ続ける。
「集まれー。ここに集まれー」
魂に混じって、一人の少女がトトの前に現れた。としは、トトと同じくらい。オレンジ色に近い茶色のかみを、あごのラインで短く切りそろえたその少女は、トトに歩み寄ると、かしこそうな目でトトをまっすぐに見た。
トトがほんの少し、その青い目を細めて首をかしげる。
「君は、生きてる人?」
少女は「はい」とうなづいた。
「葬送人さん。私はネリといいます」
短く自己しょうかいをすると、ネリは胸の前で手を結んで「どうかお願いします」と一歩前に出た。
「私のおじい様に、会わせてください。ペラの前国王に」
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