ハル20歳、初めての上京物語。

理央

第1話 上京初日、絶望の始まり

「ありがとうございました」

 そう言って、足早に去っていく引っ越しセンターの人々を見送った。


 なんてことはない平日の夕方だったけれど、私にとっては人生初の引越しだった。この春から、就職を理由に上京したのだ。


 とりあえず、母に引越しが無事に終わったことだけ伝え、スマホを置く。

 本当は一息つきたいけど、荷物は積まれたままだし、のんびりしていられない。近くのダンボールに手を伸ばし、勢いに任せてテープを剥がした。今日中に、ある程度の目処をつけたい。


 黙々と荷解きをしていると、先刻前のことが頭をよぎる。

 引越し業者の人達が来たと思ったら、あっという間に荷物が運び込まれて、私はすみっこで小さくなっていることしかできなかった。荷物をどこに置くか聞かれた時も、首を縦に振りながらクソでかい声で返事をしてしまった。

 妹が見たら赤べこみたいって笑うだろうな。結構頑張って準備をしたつもりだったのに。

 新生活の不安も相まって、クソデカ返事をした自分がより一層恥ずかしく感じられた。


 一人暮らしって大変だな、なんて考えながら作業を進めていると、ふと手が止まった。4箱目のダンボールには、爽やかな空色のカーテンが入っている。嫌な予感がした。


「……この家、こんなに窓高かったっけ。」


 ロフトのある部屋だからか、高めの天井に合わせて窓も高めの位置についていた。


 カーテンレールに向かって、めいっぱいに手を伸ばした。届かなかった。つま先も限界まで伸ばした。それでも届かない。

 後々買い足していくつもりで、最小限の荷物しか用意しなかったから、踏み台になりそうな家具もなかった。極めつけに、身長が151cmしかない。最悪だ。

 この身長のせいで、手が届かない経験が人生で山ほどあったはずなのに、どうして。椅子ではなく、人をダメにするソファを選んでしまったのか。だって、買う時はすごくオシャレだと思った。家にいる時くらいダメになっていたかった。


 事の重大さに気付いた私は、慌てて通販サイトで椅子を検索した。

 ダメだ、手頃な椅子が品薄だ。10日後に届くのでは遅すぎる。新生活シーズンが憎い。脚立にしよう。高さが足りそうなものは5000円した。嘘でしょ。高い。

 脚立なんて、実家の倉庫に転がっていたから値段も知らなかった。いや、例え実家になくても新生活で脚立の値段を調べてるのなんて、私くらいかもしれない。高身長の家系の人だったら、きっと一生知らないはずだ。


 とにかく、初任給までまだ1ヶ月以上ある。そんなに贅沢はできないし、この微妙に高い金額を払う思い切りは無かった。


 ―― 詰んだ……


 どうすることもできないまま、ただ時間だけが過ぎていく。窓から差し込む光は、綺麗なオレンジ色になり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る