【悲報】うっかり人を〇してみたwww.mp4
技分工藤
企画
暗いディスプレイに彼自身の顔が映っている。
初めに目が行くのはその輝く瞳と長いまつ毛。零れる涙が光を反射して、目全体がダイヤモンドカットのような光を放っている。ほそい顎の上の、スリムな頬を覆うように色気のある右手が添えられている。もう片方の左手は後悔の滲む力強さで髪を掴んでいる。髪は搔きむしったような乱れはあれど、手入れされた艶のある長髪が暗い画面の中でなお暗い黒色に染まっている。涙の筋が深い鼻梁に輝きを残している。呆然と空いた口元から吐息と同時に低い声が漏れる。
「どうしてこんなことに」
ガザギナが目を背けている後ろには死体があった。
動画配信者、ガザギナ ガロウには間違いなく天賦の美点があった。顔の良さである。ギリシャの彫刻家が手づから彫りだした頬の稜線。宝石を嵌め込んだような両目。加えて、黄金比を借りた眉の曲線は間違いなく天からの贈り物だった。
当然彼はその美貌を活かす人生設計を志した。しかしながら、俳優やアイドルへの道は厳しいというのがスカウトしたマネージャーの意見だった。
「俺以下の顔しかねぇじゃん」という忌憚なき意見をオーディションで言い放ったガザギナを迎える事務所はなかった。なので、彼は違う道でその美貌を活かすことを選んだ。
動画配信者だった。
天が二物を与える例として、ガザギナは美貌の他にも蕩けるような低い美声を持っていた。彼の顔が画面に映る。彼の声で意味の有ることや無いことを話している。それだけで再生数は増えた。
数字が増える。その快楽にガザギナは
意味の無い話で増えていた再生数は煽情的で心地よい暴言や、繊細な問題に対する甘美で無為な断言や、義憤を優しく包みこんだ後に刺激的な社会風刺で味付けされた甘言を加えることでさらに爆増した。その快楽は女を抱く以上のものだった。
実際に彼は二つを比較していた。増えた再生数が彼を有名にし、有名だという名声がさらに彼を輝かせる。その名声と顔でDMを送れば実際に会う女性は選び放題だった。それから関係が続くかは別の話だった。彼が飽きるか、彼の本性に気付いた女性が逃げるか、多くはこのパターンだった。
その本性に気付きながら離れられない女性は居て、彼が「めんどうくせぇなぁ」と思いながら口論になる場合はこれまでもよくあった。
その女性は彼の不倫を咎めた。
「別によくない? 俺ら付き合ってるとかそういうのじゃねぇじゃん」
その女性は彼が自分のことを見ていないと詰った。
「今、撮った動画を編集してんだよ。忙しいから来んなよ」
その動画つまんないよ、と女性は宣告した。
「は?」
珍しく掴み合いの喧嘩になった。長身の彼が凄みを利かせれば大抵の相手は怯んだが、今回はそうはならなかった。彼が女性の手首を掴んだ。抵抗して拳で叩かれる。罵声と共に振り払う。女性が泣き叫ぶ。「黙れ」と彼は言った。女性は彼の行為がどれだけ虚しいかを言い立てた。そんなことを辞めて私の為に時間を使って欲しいと縋った。ムカついた。彼は手近なものを掴んで殴った。
静かになる。
押し黙った女が納得したのか、反抗する気力をなくしたのか、どちらでもいいと彼は思った。
「殴ったのは悪かったよ。でも、俺にここまでさせる言い方も悪いよ?」
言いくるめの為に声を作る。服従の悦楽を知らしめる優し気で強引な声。その声に操られることに喜悦を得るような低い声。暴力性の美しい面だけを砂糖にまぶしてその甘さで麻痺させる声。しかし、その声は無駄だった。
手に掴んだ銀の盾から赤い血が垂れる。
倒れた女性の頭から血だまりが円の形で広がってゆく。
選択ツールみたいだ、と思った後で。
スタジオ兼自室の広い部屋の中で、彼は人を殺してしまったことを自覚する。
広がっていく赤色の楕円を見ながら、理由の分からない涙がこぼれた。耐えられなくなって目を背ける。ゲーミングチェアに座る。先ほどまで作業をしていたパソコンの画面は消えている。画面の映っていないディスプレイの漆黒の中に彼の美貌が映りこむ。涙を流しながら、ガザギナは頭を抱えて呟いた。
「どうしてこんなことに」
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