あなたは死ぬまで知らなくていい

 あなたを好きになりたかった。


 あなたを好きな私でいたかった。


 あなたを愛する見返りに、あなたに愛してほしかった。





 真冬の川に飛び込めともし言われたら、私は飛び込む覚悟があった。


 あなたを喜ばせるためならば、辱めにも耐えられた。


 あなたに命じられたなら、


 それが望ましいことなのだと、当たり前だと言われたなら、


 行間の期待を読み取りさえしたら。


 足を引っ張るわがままを殺して、一歩踏み出す力があった。


 やらなければならないことは、心が死んだってやらねばならない。


 泣いて喚いて地団駄踏んでも、終わりが先に延びるだけ。


 受け入れて従順に微笑むの。


 脆いあなたを守るために。





「ママのこと好き?」


 満面の作り笑顔のあなたは強盗、私の「大好き」をひったくる。


「パパとママとどっちが好き?」


 繰り返し強請る、「ママのほうが好き」を手に入れるまで。


 取り立てられた「好き」が本物だったなら、どれだけ良かったことだろう。





 お菓子を一つ手に取るのにもあなたに許可を乞うていた私。


 私を着せ替え人形にしたあなた。


 逆境も前向きに言い換えてあなたを宥めていた私。


 辛くて大変で健気で可哀想な顔を作るあなた。


 身を縮め嵐を耐え忍ぶ私。


 泣き叫び金切声で責め立てるあなた。





 あんたが死んだらママも死ぬと、あなたはあなたを人質にした。


 だから私は待っていた。


 歩道に突っ込む暴走車。


 線路に突き落としてくれる誰か。


 後ろ頭を砕く斧。


 私の意思でない不可避の解放。





 そんな私の人生も終わった。


 学校を出て、就職もして、結婚式までも成し遂げた。


 娘としての義務を終えた。


 待ち望んだ余生、静かに朽ちるのを待つ時間。





 私はわがままになった。


 私は弱くなった。


 私にはもう心を殺す力がない。


 あなたに捧げる人生はもうない。





 あなたを好きな私でいれば、あなたに愛された私でいられた。


 けれどその張りぼてを着る体力も失った。





 そう、私はあなたが嫌い。


 ずっとあなたが嫌いだった。


 あなたみたいになりたくなかった。


 あなたの愛なんていらない。





 さようなら、私が最も軽蔑した人。





 どうか一人で幸せに、ただ幸せに死んでくれ。

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