八、ひとりぼっち

44 ホワイトデーの夜

 それから俺と委員長の間にはどんな会話もなかった。

 まあ、告白して振られたから……顔を見るのも話をするのも嫌になるんだろう。それでも、俺はやるべきことをやるしかない。そして今は委員長と付き合ったりするのはできないから、いつか余裕ができた時に再び恋愛について考えてみたい。


 たとえ、今の友達関係が壊れても俺にできるのは何もない。何もない……。


「上手くできたのか? ホワイトデーのケーキ」

「は、はい……。でも、クッキーの方がいいと思いますけど……」

「うちはケーキ屋さんだからさ。クッキーもいいけど、そっちの方が良くね? そのケーキ、彼女にあげるんだろう? しかも、特製スペシャルケーキって感じ! 良くね? あははっ」

「まあ、確かに……そうですね。店長のおかげで上手くできました。いつもありがとうございます」

「おう、頑張れ! あ、そうだ。あの子だろ? あの子!」

「あの子?」

「うちの店によく来る女の子だけど……、名前が……。よく分からんな。いつもチーズケーキを食べるあかねの友達!」

「ああ、委員長のことですか」

「そうそう。あの子……あかねがいない時もよく店に来るからさ。名前は知らないけど、顔だけはちゃんと覚えてる」

「そうですか」

「でも、最近は全然来ないな……」

「は、はい……」


 あんなことがあったから仕方ないよな。

 実はこのケーキも委員長じゃなくて先生のために作ったけど、なぜか店長に言えない俺だった。


「頑張れ、あかね。そして幸せになれー!」

「あ、ありがとうございます。お疲れ様です!」

「お疲れー」


 真っ暗な夜、誰かが店を出るあかねをじっと見つめていた。


 ……


「お帰り! あかねくん!」

「…………は、はい……」


 笑顔で「ただいま」って言いたかったけど、ため息しか出ない。

 今日はホワイトデーなのにな……。

 そして、あれから一週間が経ったけど、俺だけがその場に止まってるような気がする。他人の気持ちを断るのがこんなに苦しいなんて、断られた人も俺と同じことを感じてるんだろう。仕方がないって……その言葉をずっと自分に繰り返しても、それが上手くできない。


 あの時も今も、俺はずっと弱い人だった。


「あれ? これ何?」

「あっ、ホワイトデーのお礼です! バイト先の店長に手伝ってもらって、今日作りました」

「へえ……! 今食べていいの?」

「はい!」

「わあ! 写真撮っていいの?」

「はい。もちろんです。みなみさんのために作ったから」

「嬉しい〜」


 喜ぶ先生の顔を見ると、なぜか笑いが出る。

 でも、心がまだ……苦しい。


「あかねくん、どうしたの? 具合悪い?」

「えっ? いいえ……」

「ケーキ一口食べる?」

「大丈夫です!」


 そして、ケーキを食べていた先生が俺の頬をつねる。


「痛っ……」

「私には嘘つかないくてもいいよ……、顔を見ればすぐ分かるから」

「えっ……」

「萩原さんに告られたよね? あかねくん……」

「ど、どうして……それを?」

「あかねくんには言えなかったけど、実は萩原さんに勇気を出してあかねくんに告白しますって言われたの。それを言えなかった理由は萩原さんのためだったから……、ごめんね」

「そうですか……」

「断ったよね? 告白……。だから、そんな顔を……」

「は、はい……」


 やっぱり知っていたのか……?

 先生は持っていたフォークを下ろして、さりげなく俺を抱きしめてくれた。


「大丈夫」

「は、はい……」


 委員長、友達のままじゃダメなのか……?

 どうして、俺にそんなことを言ったんだろう。どれだけ考えても俺にはよく分からないことだった。今までずっといい友達だったから、これからもずっといい友達でいたかった。俺の方が悪いのか、あるいは委員長の方が悪いのか……。分からない。


 でも、それを忘れられないから……心が苦しい。


「あかねくん……」

「いいえ。大丈夫です」

「あかねくんは優しいからすぐ忘れられないと思う。でも、今は私がそばにいるから心配しないで……」

「はい……」

「そしてこのケーキ、すっごく美味しい。ありがと!」

「はい……」

「ダメだね〜」

「はい?」

「今日は私が! あかねくんのことを慰めてあげます!」

「いいですよ。ちょっと気になるだけだから……」

「ダ〜メ!」


 ……


 それより、慰めるってこういうことだったのか……?

 恥ずかしいけど、先生の温もりはすごく気持ちいい……。なんか、落ち着く。


「私ね……。幼い頃にずっと一人ぼっちだったからお母さんが帰ってくるまで我慢して、帰ってきた後に一緒に寝てたよ。今みたいに……」

「そ、そうですか?」

「一人は寂しい。でも、二人になるとこんなことができるから」

「はい……」

「ねえ、気にしなくてもいいよ……。あかねくん」

「はい」

「こっち向いて」

「うう……」

「どうしたの?」

「いや、みなみさんがすぐそばにいるからなんか恥ずかしいっていうか」

「ええ……、いつもこうだったじゃん。私、眠れない時はいつもあかねくんのそばで寝てたよ?」

「えっ? いつの間に!?」

「でも、あかねくんは寝てたから……知らないかも?」

「は、はい……」

「私はあかねくんを一人にさせない、あかねくんもそうやってくれたからね」

「はい……。ありがとうございます……」

「そろそろ寝ようか……?」

「はい」


 あの日の夜は先生と同じベッドで寝てしまった。

 俺は何も悪くないのに、心が苦しい。

 こういうの苦手だし……、安田みたいにすぐ他の人と付き合って忘れられる人じゃないから。


 委員長の顔がずっと気になる。ずっと———。


「…………」


 どんどん悩みだけが増えていく……、眩暈がする。


「……うっ……」

「大丈夫……、大丈夫…………」

「…………」


 でも、先生の温もりはすごく気持ちよかった。

 癒される。


「おやすみ……なさい。みなみさん……」

「おやすみ。あかねくん」


 そして先生が優しく俺の頭を撫でてくれた。

 この感覚、涙が出そう。


 ……

 

「どうせ、あの子はあかねくんと結ばれない……。あの子はダメだよ。結局、あかねくんと結ばれるのは私だから……、あかねくんも私の方が好きだよね……? そうだよね……? ふふふっ♡」


 そばであかねの寝顔を見つめながら、頬にキスをするみなみ。


「あんたは私のあかねくんと似合わない……。萩原のあ」

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