天使すぎる先生に恋を教えてもらった

棺あいこ

天使すぎる先生に恋を教えてもらった

一、この出会いは偶然

1 電柱の下、彼女を拾った

「あ……、この人……ここで何をやってるんだろう……?」


 いつもと同じ帰り道、あの日は強い風とともに大雪が降っていた。

 そして、彼女と出会ったのはマンションの前にある電柱の下。

 スーツ姿で缶ビールを飲んでいた彼女は俺と目が合った後、すぐ倒れてしまった。


「えっ? なんだよ……。今、夜の十一時だぞ? ここで寝る気か? はあ!?」


 まずい……、ここは安いマンションが集まってる地域だからほっておくのもできないし。だからって、酔っぱらった女性を交番まで運ぶのもちょっと……、誰かに見られたら絶対誤解される状況だ。


「あの……、い、生きてますか?」


 念の為、何回呼んでみたけど……、やはり反応はなかった。

 そして……なぜか涙を流している。

 てか、女性一人でこんな時間にビールを飲むなんて……、きっと何かあったはずだよな。とにかく、このままじゃ凍死するかもしれないから……。全然知らない人だけど、うちに連れていくことにした。


 一日くらい、いいだろう。

 もちろん、彼女に変なことをするつもりはない。


「軽っ……!」


 彼女をベッドに寝かせた後、店長にもらったケーキを冷蔵庫に入れた。

 しかし、こんな寒い天気にビールかよ。

 一体、何があったらあんなことができるんだ……。高校生の俺にはまだ理解できない、大人の事情ってことか……? でも、若い女性が道端で倒れているのがどれだけ危険なのか、それくらいちゃんと知ってると思うけど、全く……大人だったらもっとしっかりしてほしい。


 と、寝てる人に言っても無駄だよな。


「あっ、制服にあの人の匂いがついてる……」


 夜の〇時。今更シャワーを浴びるのも面倒臭いから……、今日は部屋の隅っこで寝ることにした。

 あの人、朝になったら絶対追い出す……。


「みそ汁……に、温かいご飯…………」

「…………」


 ん? もしかして、寝言か?


 ……


 翌日の朝、俺は自分がどれだけ愚かな人間なのか自覚した。

 なんで……朝からみそ汁を作ってるんだろう。

 朝になったら絶対追い出すって決めたのに……、ご飯くらい食べさせてもいいだろと思っている自分が怖い。そもそも、あの人は俺のことを全然知らないはずなのに、こんなことをしてなんの意味があるんだろう……。


 俺にもよく分からない。ただ、ほっておけないっていうか……。


「ううん……、みそ汁の匂い……?」


 部屋から聞こえる小さい声、どうやら起きたらしい。


「…………朝ご飯です。食べた後はすぐ帰ってください」

「なんで、私……ここで朝ご飯を……? それに、私のジャケット……! あれ? なんで、私……知らない人の家にいるの……?」

「一応、言っておきますけど、何もしてません。ジャケットなら壁にかけておきました」

「…………あ、ありがとうございます」


 まずはこの空気をどうにかしないと……。

 てか、この人……起きたばっかりなのに、美人だな……? 昨日は疲れたから、全然知らなかった。


「…………」


 まあ、どうせ……俺と関係ない人だからいっか。


「あの、昨日のことは覚えてますか?」

「昨日のこと……」

「一応、名前を教えてくれませんか?」

「ほし、星宮ほしみやみなみです」

「はい。星宮さん、俺は九条くじょうあかねです。ちなみに、高校二年生です」

「こ、高校生……? 私……。もしかして、高校生と……あんなこと……を……」

「…………」


 これは無視しとこ。


「ここは俺が住んでるマンションです。昨日、星宮さんは缶ビールを飲んでマンションの前に倒れました。それについて詳しく話を聞くつもりはないんですけど、そのままじゃ凍死するかもしれないから家に連れてきました。以上、ご飯を食べましょう」

「う、うん……。私、昨日ビール飲んでたよね。確かに、男の顔……見たような気がする」

「はい」

「私……、私…………」

「…………」


 ぼとぼと……、頬を伝う涙が膝に落ちる。

 何か、悪い記憶でも思い出したのか? 彼女はみそ汁を飲みながらずっと涙を流していた。いくら他人って言っても、やはり目の前で泣くのは悲しいな……。どうして泣いてるのかその理由を聞きたかったけど、知らない人にそんなことを聞くのは無理だった。


 余計なお世話だ。


「もしかして、口に合わないんですか?」

「いいえ……。すっごく、温かくて……。すっごく、美味しいです…………。誰かが作ってくれたご飯……、初めてです……」

「は、はい……」

「あの……、ちょっとだけでもいいから。私の話を聞いてくれませんか……? い、嫌だったら無視してもいいです」

「俺でよかったら……、話を聞きます」


 すでに涙声で話している星宮さんだった。


「実は……、彼氏に捨てられましたぁ……」


 そう言ってから、大声で泣き始める。

 やっぱり失恋だったのか、それはつらいよな……。

 しかも、好きだった人に捨てられるなんて、それは彼女がいない俺にもよく分かることだった。


「えっと……」

「私ね。彼氏のことすっごく好きだったから……! 昨年は……苦手だった料理を始めて、お菓子とか、めっちゃ頑張ってたのに……。いきなり、もう別れよう。お前のこと飽きたって———! どうして、そうなるの? 分からないよ!」

「は、はい……。それは悲しいですね。あの人がなぜ星宮さんを捨てたのか正直……俺にもよく分かりません……」

「九条くんはいい人だね……」


 いつの間にかため口になっちゃったけど、いっか……。

 星宮さんの方が確実に年上だし。

 それにそこでビールを飲んでた理由も分かったから、今は話を聞くだけでいいと思う。


「…………」


 なんか、じっとこっちを見てるけど……? 言いたいことでもあるのかな?


「あの、本当に何もしてないよね……?」


 なぜ、頬を染める……?


「…………そのブラウスとスカート、そして今はいているストッキングまで……。そのままですよね……? 俺が知らない人に手を出すわけないじゃないですか……。道端で拾っただけですよ。本当に……」

「う、うん……。拾った……だけ」

「あっ、すみません。言い方が悪かったです。運んだ? いや、連れてきた……? 全部、おかしいけど……。うう……」

「ふふっ、いいよ。ちょっと緊張しただけだから……ごめんね」

「は、はい……」


 なんだろう……、さっきの話は。

 よく分からないけど、俺に微笑む星宮さんだった。

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