【短編】不幸中の幸甚

結城 刹那

第1話

 改札を出ると先ほどの曇り空が嘘のように晴れ渡っていた。

 太陽の光が街を明るく照らす。まだ冬の体に馴染んでいる俺の体は今朝の寒さに対してコートで防寒していた。

 

 しかし、日差しの暖かさからして不要になりそうだ。ボタンを外してコートを脱ぎ、左腕にかける。そのままの動作で左手首につけられたスマートウォッチを操作し始めた。


 マップを開き、目的地を設定する。現在地から目的地への最適行路をシステムが判定し、マップに情報が映し出される。同時に俺の視界には黄色いレールが敷かれていく。

 スマートウォッチのマップ情報を目につけたスマートコンタクトレンズに同期し、視覚的に行路を見れるようにしたのだ。あとは黄色いレールをなぞって歩けば目的地に辿り着く。


「よしっ!」


 誰にも聞こえない程度に声をあげて気合を入れる。

 それから黄色いレールの上を歩き始めた。

 

 俺は幼い頃からよく道に迷っていた。いわゆる方向音痴というやつだ。

 そのせいで何度か人生の危機に立たされた。

 

 小学生の頃は友達の家に遊びに行く途中で迷子になった。帰り道も分からなくなり、泣きながら道路を歩いていると警察に見つかって保護された。それを機に基本遊ぶ際は俺の家で遊ぶことを余儀なくされた。


 中学生、高校生の頃は受験に悩まされた。勉学ではなく、受験会場に辿り着くのに苦労したのだ。会場の最寄り駅の改札を出た後、制服を着た同い年の学生についていくことでうまく会場に着くことができた。だが、大学などの広大な敷地を持つ会場では校門から自分が受験を受ける場所まで行くのに一苦労だった。何度か遅刻をして、試験時間が短縮されてしまうことがあった。それゆえに見事浪人の道を辿ることとなった。


 そして、今度は就活に悩まされるのだろうと不安を抱いていた。

 しかし、一ヶ月前にある商品が発売され、俺は方向音痴から免れることができた。

 

 それこそが今俺が目につけている『スマートコンタクトレンズ』だ。

 デジタルとコンタクトレンズを合体させた装置で、目にはめると視界にデジタル機能が付与される。機能はスマートフォンやスマートウォッチと連動させて使うことができる。


 スマートコンタクトレンズで多用しているのはマップ機能を連動させて使う『三次元ナビゲーションシステム』だ。マップに示された目的地までの行路を視覚情報に連動させ、視界に黄色いレールを作り出す。あとはそれに従って歩いていけば、無事に目的地にたどり着くことができる。


 さらに便利なことに、視界の右上に『デジタル時計』と『現在の歩行速度に伴う目的地到着までの時間』が記載されている。そのため時間の調整も容易く行うことができるのだ。

 スマートコンタクトレンズを使い始めてから、俺は一度も遅刻することなく目的地にたどり着くことができるようになった。


「ここかな」


 視界に映る黄色いレールが目の前にある建物を矢印でさす。どうやら目的地に到着したみたいだ。時計を見ると集合時間の15分前であることがわかる。会場入りは10分前くらいになるだろう。


 無事到着でき、安堵する。

 本当にスマートコンタクトレンズさまさまだ。スマートウォッチで連動を解除すると俺は再び建物に向けて足を進めた。


 ****


 人生の一つの節目ともいえる『就職活動』。

 学業を終え、社会に出るための準備となる就活は多くの学生を悩ませる。

 これから数十年間の労働に励むための最初の一歩。その足先をどこに向けるのか。みんな悩んでいる。


 それに足先が決まったからと言って、必ずしもそこを歩めるとは限らない。歩を進めるためには入念な審査がされるのだ。審査を通って初めて自分は歩くことが許可される。逆に審査に通らなければ、再び足先を変えるしかない。


 自分の意志だけではなく、その道にいる人たちの許可がなければ、進むことはできない。だからこそ多くの学生はもがき苦しむことになる。


「ふーっ」


 適性検査と面接を終え、会社を後にしたところで俺はホッと一息ついた。

 見知らぬ地域に、見知らぬ人たち、上京して就職活動に励む俺にとって知らないことばかりで終始緊張しっぱなしだった。この後はビジネスホテルに行くだけなので、リラックスできる。とはいえ、それはほんの束の間だ。明日受ける会社は今日以上に重要なものであるのだから。


 就活は、自分に合った会社を探す適性アプリを使って行った。自分のプロフィール情報と百個の質問に答えることでAIが自己分析を行い、分析した結果から自分の適性に合う会社を登録されたデータの中からランク付けして紹介してくれる。


 AIが紹介してくれた高ランクの会社の中から自分が気になった会社を選択し、会社説明会を経て適性検査・面接に臨んでいる。


 しかし、たった一つだけAIからの紹介ではなく、自分の意志で選んだ会社があった。幼少期から現在にかけて楽しんでいるカードゲームを扱っている有名会社だ。今は消費者側として嗜んでいるが、いつかは製作者側に立ちたいと思い、応募した。


 一つ不安なのは、その会社がAIによる適性ではランクが下から二番目であるということ。おそらく適性は全くないのだろう。それでも、受けてみたい気持ちは止まなかったので応募のボタンを押した。


 幸い、書類審査は通り、面接までこぎつけることができた。

 明日はきっと俺の人生にとって一つの大事なポイントとなることだろう。

 そのためにも今は休もう。俺はスマートウォッチとスマートコンタクトレンズを使い、駅の方までの道のりを検索した。

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