現代ダンジョンマスターは廃都市を魔改造して首都を目指します

すー

第1話:みんないなくなった



『初めまして! 地域推進課に配属されました笹本ささもとはじめです!』


 その町は衰退していた。


『僕、地元大好きなんで』 


 商店街はシャッターが降りていき、若者は都心へ出ていく。 どこにでもある地方都市。


『どうしたら人が来るんですかねぇ……』


『子供は絶対ほしいですね! この土地は子育てにとても良いと思うんです!』


 通っていた学校、買い物するといつもおまけしてくれる肉屋、恋人と夜景を見た展望台。


 どれも変わらずそこにあるのにーー


「誰もいない」


 それは比喩ではなく、言葉の意味そのままだ、


 日本は現在未曾有の事態ーー各地でモンスターが現れているーーになっており、人々は安全な都心へと逃げて行った。


「誰もいない」


 地元を盛り上げようと熱く語り合った友も、理想の家を建てたと誇らしげだった同僚も、子供が生まれて浮かれていた上司もーーみんな、みんなこの土地を捨てて行ってしまった。


 僕一人を残して。


「裏切り者……とも言えない、のか」


 真っ暗なオフィスでぼんやりと考えていた。


 どうしてみんな居なくなってしまったのか。


 都心の方が安全だから?


(どうして戦おうと、守ろうとしないんだよ)


 どうして自分達の故郷を守ろうとしないんだよ。


 僕は絶対に逃げたりしない。


ーーズン


ーーズン


ーーズン


 外から断続的に聞こえてくる建物が揺れるほどの大きな足音。


 窓のカーテンを開くと、巨大な瞳がこちらを見ていた。


「え?」


――GYAAAAAAAAAAA


怪物の雄たけびが聞こえ、そして開かれた口はこの建物ごと喰らおうと迫っている。


――逃げなきゃ


 そう思って、立ち上がった。


――お前もいなくなるのか?


 そして僕はその場から離れ――ることなく中指を立てて笑って見せた。


「かかってこいよ化け物! この土地は、僕の地元は僕が守るんだ!!」


 こんなの間違ってることは理解している。

 今すぐ逃げて、僕も都会へ行くべきだ。 けれどそんなことをしたら、これまでの僕の地元を盛り上げようという想いが嘘になる気がした。


 それだけは絶対嫌だ。

 誰かに誇れる夢も、何かを守れる力も僕にはない。


 僕にあるのは地元への愛だけだ。

 これさえ失ってしまったら、僕はただの抜け殻じゃないか。


「GYAAAAAAA」

「はは、まるで怪獣映画みたいだ」


 建物が食い破られ、その犯人の姿が露わとなった。


 それはドラゴンだった。

 現代においてどれだけ人間に脅威であるかは分からないが、その巨体だけでも充分人も、建物も、街も壊せてしまうだろう。


「ヒーローになれるつもりはないけど、悪あがきさせてもらうぜ」


 社内に設置されている刺す又を取り出した。


「かかってこいよ」


 にらみ合うドラゴンと僕。


 ドラゴンは徐に口を開いた。


(また噛みつきか?! それともブレス?!)


 まあ何が来ようとも、一矢報いたい。


――スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


「何の音だ?」


 突如、風船の空気が漏れるような音が聞えてきた。


 オフィスにあったチラシがふわりと、浮いてドラゴンの方へ飛んでいった。 そして僕の体も、ドラゴンの方へ磁石のように引き寄せられていく。


「吸い込まれてる……?!」


 棚に必死に取り付き、堪えるがあまりの吸引力に下半身が宙に浮いた。


「うおおおおおおお、戦うとかそんなレベルの相手じゃなかった! 無茶苦茶すぎるだろ!?」


 そしてついに棚ごと僕はドラゴンに向かって飛んでいった。


 建物の外に体が放り出される。


 下ではドラゴンが大口を開けて待ち構えている。


――あ、死んだ


 その瞬間、走馬灯が脳裏に流れた。

 そして最後に想うのは後悔でも、絶望でもなく、


――ああ、僕はまだここにいたい。


――もっとこの街を盛り上げたかった。


――そしてここに自分という小さな歴史を刻みたかった。


 地元への愛でしかなかった。


(やっぱり僕はここが好きなんだなぁ)


 何も魅力がない田舎街。

 ただ生まれて、育ったというだけでまるで呪いのように愛着が湧く。


 



 口に飲み込まれたその瞬間、


『ダンジョンマスターが解放されました』


 世界に光が差し込んだ。


ーーーー


ーー


 気づくと、ダンジョンの中に居た。


「とりあえず助かったみたいだ」


 この世界にモンスターが現れてから、僕たち人間にも変化があった。 一部の人たちは超常的能力を発揮する――職業=ジョブ――に目覚めた。 彼らはジョブ持ちと呼ばれ、ジョブ持ちが中心となってモンスターと戦い、都会などの安全は保たれている。


 ジョブに目覚めると、その能力の使い方は自然と分かると噂では聞いていたがどうやら本当らしい。


「というかダンジョンマスターってモンスター側なのでは……?」


 そんな疑問は今は置いておくとして、ダンジョンマスターは小さな箱庭を創造する神に近しい存在だ。


 そしてダンジョンマスターには普通の人間とは違う景色が見えている。


『ドラゴン:ポイント1000000:状態侵食中』 


 ダンジョンマスターは生物や物を吸収し、それをダンジョンポイントに変換してダンジョンを創造する。

 故に視界に入るモノが吸収した場合、どれほどのポイントに換算されるのか数値で確認できるのだ。


「侵食……?」


『現在ドラゴンは体内に発生したダンジョンによって侵食されているーー侵食完了まで』


ーー3


ーー2


ーー1


『侵食完了』


「うん……ドラゴンをダンジョンにするってこと……? どっちかというとドラゴンってダンジョンのラスボスな気がするけど」


『ドラゴンを一階層の守護者に設定しました』


「えぇ、勝手に……まあいいか」


 ドラゴンはダンジョンであり、ダンジョンのボスになったようだ。

 使い方は理解しているが、状況が突飛すぎて頭が付いていかない。


 無茶苦茶すぎる。

 しかしファンタジー化しつつある世界だ。 何が起こっても不思議ではない。


 マスターである僕はこのドラゴンの体を魔改造できるという、認識で正しいはず。


「とりあえず外に出たいな」


 ダンジョンの壁に手を当てると、何もなかったそこに扉が創られた。 そして開いたその先は――


「脱出……………って!? 空!?」


 扉を開くと、水平線に太陽が、そして見下ろせば小さくなった地元が見えた。


 ドラゴンに踏み潰されたのか、無惨な光景となっている。


「この力があればあの町を元に――


――戻して、みんなは帰ってくるのか?」


 都会の便利さを知り、なおかつ安全。 そんなところから、わざわざこんな何もない田舎に戻ってくるわけない。 人が来るわけない。


 普通のやり方じゃダメなことは、よくよく分かっていたじゃないか。


 ならば――


「この力を使って誰しもに愛され人が集まるような街を創ろう。 そして今度こそ何かあっても守りたいと思えるような街にしよう」


 僕がその一人目だ。

 故に僕はこの土地から何があろうと離れたりしない。






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