推しの眼鏡に転生したので推しを守ろうと思います。
ほしぎしほ
第1話 メガネ、転生
やぁ、こんにちは。
ん、どうしたの?そんな頭の中に誰かの声が響いているみたいな顔をして。
ここだよここ。
質素な机の上にいるでしょ。眼鏡が。
改めてはじめまして!眼鏡です!
クリアなガラス面に藍色のフレームが素敵でしょ?スタイルはウェリントンで、少しカジュアルに見せる事ができるのよ!度は入ってないあくまでファッションアイテムの眼鏡なの。よろしくね!
そんな自己紹介をしたら、こいつ頭大丈夫かと思われてしまうのはわかっている。
でも、本当に私は今眼鏡なのだ。無機物なのだ。
声なんて出ないし、動けもしない。ただの物体なのだ。生きた物じゃないのだ。
どうしてこうなったのかも合わせて、改めて私の自己紹介をさせてもらいます。
私は今はこんな眼鏡だけれども、前世は普通の人間だったのです。
地球という星の日本国民の一人。別に目立った行動もしていない、ただの二十代後半の女性社会人。名前は
自分が望んだ企業に就職できて、自分が望んだ仕事も出来ていて、友人も多くて趣味もある。大分充実している人生だったと思っている。恋人いない歴は年齢と同年数だったけれど。
だというのに、ある日事故に遭った。巻き込まれてしまったと言った方が正しいのかもしれない。
後悔ばかりだった。
もう少しすれば昇進できるところまで来ていたのだ。来週には友人たちと旅行の予定もあったし、できるならば恋人を作りたかった。
思い出しては消えていく光景を見ている中で、途中からある光景に変わった。
私はそこまでいろんなゲームに嵌まるタイプではなかった。むしろ、ゲームというものにあまり執着しない人間だった。だが、一人の友人が勧めてくれたゲームを試しにプレイして、私の人生は変わった。
ファタリテートというRPGゲーム。
主人公は敵国に騙され、自分が生まれ育った国を滅ぼそうと旅をする。途中途中で辛い過去を持つ仲間も増やしていく。そこまで夢中になれる要素はないなと作業の様に淡々とゲームを進めていると、彼が現れたのだ。
宵闇を思わせる短髪、黄昏のごとき瞳、穏やかな表情。
彼を見た瞬間、私はあまりにも直視できなくて座椅子ごと後ろに倒れた程だ。
キャラクター相手にここまで衝撃を覚える事はなかった。友人たちはよく誰それがカッコいいとか、あの人と結婚したいとか、そんなことを言ってはいたが私にはよくわからなかった。
好きなキャラクターは確かにいるけれど、友人たちの様に自分の人生を自分の価値観を変える程の存在を知らなかった。
だったのに、私は知ってしまったのだ。推しがいることの素晴らしさを。
そんな私の推しの名前はナハティガル。敬意をもってナハティガル君と呼んでいた。
ナハティガル君を推しにしている人は結構いるらしく、ネットですぐにその人たちと交流を開始した。
まだナハティガル君初心者の私なので、ゲームプレイだけでは知りえないナハティガル君の情報を集めた。
その為にもと二次創作にも手を出した。後悔はない。むしろ幸せだった。
ゲームを貸してくれた友人にお礼の言葉と心ばかりの品を渡し、すぐに自分でファタリテートを買った。
有休を何日か使ってゲームをプレイしまくった。
途中でナハティガル君は怪我を負い主人公パーティからは外れてしまったところで号泣してプレイ時間が減ってしまったが、ファンだと胸を張って名乗れるぐらいには知識がついた。
そしていつの頃か私は、他のファンの皆さんと同じことを言っていた。
ナハティガル君は眼鏡を掛けている。家宝だと言って眼鏡を大切そうに扱うナハティガル君に対し、ネタとして、そして本気で皆こう言うのだ。
「ナハティガル君の眼鏡になりたい」、と。
そう、つまりそういうことなのです。
私はナハティガル君の眼鏡に転生したようです。
これでナハティガル君に大切に撫でられ、ナハティガル君の肌に触れる事が出来て、ナハティガル君の日常を知れる。ストーカーのようなこの行為は褒められたものではないけれど、いいじゃない眼鏡だもの。
眼鏡は勝手に動けないんだよ。無機物なのだよ。だからナハティガル君のあらぬ姿を見ても不可抗力なのだよ。
あぁ、あるはずのない涎が溢れそう。
そんなナハティガル君のファンが羨ましがって殴られそうな生活を送っている私ですが、問題があるのです。
自分の意思で動けないのも問題ではあるのですが、何よりも。
ナハティガル君は私を大切に扱ってくれていないのです。
装着しない時はその辺に放るように置く。レンズが汚れていても服の袖とか裾とか適当なもので拭かれる。傷つきそうになっても気にしない。
流石にこれはおかしい事です。だってゲームではナハティガル君は確かに眼鏡を家宝のような物だと言っていたのに。眼鏡が傷つかないように戦闘ムービーでは動いていたのに。
全く話が違うじゃないかと叫びたかった。でもそんな口も無い。涙を流せる目も無い。
眼鏡に出来る事は眺める事だけで、自分で攻撃を避ける事もその扱いはやめてほしいと抗議する事も何もできないのだ。
無機物であるという事は、前世では自由に動く身体を持っていた者の身としてはストレスが大きかった。
そりゃ、ナハティガル君を眺められるのは眼福ではあるのだけれど、いつも同じ風景しか見られないんですよ。辛いよ。視点が固定されているゲームと同じじゃないか。
見る事しかできない眼鏡だけれども、見る事は出来るのです。
つまり、この眼鏡はスキルがついているんです。
このスキルは眼鏡を装備していれば装備者が目に映った物の強さ等が視覚情報として理解できるというものなのですが、何故か眼鏡本体である私にもこのスキルが使えるんです。しかも私がスキルで見ているのは装備者であるナハティガル君には知られる事も無く。
おかげでナハティガル君が出会う全ての人のステータスを見ると言う新しい暇つぶしが出来てしまったのだ。
この暇つぶしはなかなか面白いもので、対象者の名前や年齢がわかるだけではなく、レベルや職業、強さや速さなどを数値化した表も見れる。まるでゲーム画面のようだった。流石ゲームの世界なだけはある。
勿論、街の外に出ると現れるモンスターに対してもステータスを見る事は可能であり、それがナハティガル君には余裕で倒せるか、苦戦するかまでわかるようになってきた。ただ、それをナハティガル君に伝える手段がないのが口惜しい。今の所、ナハティガル君が生死の危機に陥るほどのモンスターには出会っていないのだけれど。
ちなみに、自分のステータスも見る事が出来るのだけれど、レベルがおかしいのだ。
私が眼鏡に転生した当初のレベルが既に92もあったのだ。一体どうしたら動けない眼鏡がレベルを上げれるのだ。
しかも人のステータスを見るだけで少しずつ経験値が上がるようだ。
つまり、暇つぶしに色々な人物、モンスターのステータスを見ていた私のレベルが今日見事に99レベルになったのだ。
ナハティガル君には聞こえないだろうけれど、私の脳内にはファンファーレが流れた気分だ。
なんだよレベル99って。たかが眼鏡が。
そしてレベルアップと同時に沢山のスキルを覚えた。
一つ目は
二つ目は
この二つは今は使う事が出来ないようだ。これらを使えるようにするには三つ目のスキルを解放させなければいけないらしい。
そしてその三つ目のスキルは名前も効果もわからない。ナハティガル君が寝ている間に試してみようかと思ったけれど何個か質問が流れたのでやめた。何が起きるかわからないスキルがナハティガル君に危険を及ぼす事もあるかもしれないからだ。そんなことになったら眼鏡のレンズが粉砕してしまう。いや、粉砕させて見せる。
まぁ、使う機会なんてこないだろうし別にいいかとこの時は思っていた。
それが一つのフラグとなってしまったのだ。
ナハティガル君には大国間を繋ぐ番人と言う役割があった。
簡単に話せば、この世界には二つの大国がある。ナハティガル君がいるのはどの国にも位置しない島だった。その島は、二国の間に存在している。
仲は良くない大国なので人の出入りは制限されている。唯一の出入り口の橋も特別な魔法でないと渡る事が出来ない。その特別な魔法を使うのがナハティガル君だ。
ナハティガル君が使える魔法は使役魔法というそうだ。特別な存在を使役して操るという魔法で、そのものに力を借りれば、大国間を結ぶ橋にかかる制限を解除できて自由に出入りする事ができるというものだ。
そんな力を持つナハティガル君だからこそ、主人公パーティに仲間入りする事になったのだろう。何せ何度も大国間を行き来しなければならないストーリーだったから。
けれども、主人公は成長してナハティガル君がいなくても大国間を行き来できるようになってしまった。だからこそ、途中でナハティガル君がいなくなっても問題なかったし、ナハティガル君が主人公についていく理由がなくなってしまった。
だからって怪我をさせて退場させる事は解せないのだけれどね。
さて、長くなってしまったのだけれどここで本題に入ろうと思います。
ナハティガル君が住んでいる島の周りは平穏で、危険なものはあまりなかったです。でも橋を管理するナハティガル君は橋に獣が近づかないように、定期的に近場にいる獣を倒しているんです。
それが日課となっていて、今までは危険が無かったのですが、ここでイベントが発生しました。
今までよりも強い狼が三匹現れたのです。スキルでステータスを見たところ、いつも見ていた獣よりも倍くらい強いです。一匹ならナハティガル君は苦労はしないだろうけれど、三匹もいたら大変苦労しそうな狼です。
……かなりマズい状況です。
「イッヒ ヴュンシェン ラディーレン ファイント 、ファロ!」
ナハティガル君の声が響いて現れた火を纏った鳥が狼を焼いていく。それでも狼を倒すには至らないみたいで、モンスターはナハティガル君に向かって牙を向けてくる。
ナハティガル君は上手く避けてるけれど、呼吸が乱れているからこのままだと疲れで攻撃がかわせなくなるのが予想できる。狼は味方がいるからか余裕の表情でナハティガル君を見ているし。
こういう時になんで私は動けないのだろう。こういう時にこそ動けないんじゃ眼鏡に転生した意味がないのではないだろうか。
私はただの眼鏡じゃないんだ。元人間で、この世界をゲームで知っていて、そして何よりナハティガル君を愛しているのだ。人生を捧げてもいいと思うぐらいに。こうしてナハティガル君の眼鏡に転生するぐらいに!
だからこそ私は選ぶのだ。推しの眼鏡に転生できたのだから、推しを守らないでどうするのだ!
名前も効果もわからないスキルを、解除する!
私がそう念じると、目の前に文章が並ぶ。ナハティガル君には見えてないようだ。
《このスキルを解除するに至り、設定を行う事を推奨します》
それはどのくらい時間かかるの!?
《早くても3分程有します。設定を行いますか?》
3分もナハティガル君が持つと思わない。設定は行わない!
私の声が聞こえるのかわからないが、目の前の文章は再度問うてくる。
《初期設定を行いません。それでもよろしいでしょうか?》
YES!早く!
《設定を行わずスキルを解除します》
その文章が流れるとスキル名が現れる。効果を見ようと思ったが、ナハティガル君の背後から狼が飛びかかってくるのが見えた。
読んでる暇はない。私はあるはずのない肺から思いっきり息を吐き出して叫んだ。
スキル:
叫んだ瞬間、私が見る光景が変わった。
ナハティガル君と同じ方向を見ていたはずの視界は、いつの間にかナハティガル君と向かい合う形になっていた。
目を丸くして私を見ているナハティガル君を気にせず、私はナハティガル君の後ろに伸ばしていた腕をそのままに握っていた掌を開いた。
他のスキルも使えるようになっている。スキルを放つ標的は、ナハティガル君の背後から飛びかかろうと地面を蹴った狼だ。
「スキル:
私の掌から丸い光の玉が現れてすぐに強い光源に変わる。
背後から襲い掛かった狼も、ついでにナハティガル君の正面にいた狼二匹もその光に驚いて目を閉じた事だろう。何故予測なのか?私もその光に目をやられたからだ。
そう、まさに有名な台詞を叫びたいぐらいの光だった。これはマズい。こっちも動けないんじゃナハティガル君を助けられないじゃないか。
意味があるわけではないのだろうけれど、何度も目を擦っていた私だったが、腰に手が触れた事に気づいた。
それに私が反応する前に周囲に風が吹いたのに気づいた。
包み込むような優しい風に思えたが、狼の悲鳴が三つ分聞こえた。
何が起きているのだろう。それを確認する為に目をぎゅっと瞑る。そして光に慣らすようにゆっくりゆっくりと少しずつ目を開いていく。
完全に視界が開けた時には、目の前にはナハティガル君の顔があった。
眼鏡はしていない。安心させるような、それでも戸惑いの色は消えていない表情をしていた。
あぁ、やはりナハティガル君イケメン……。
そう思っていて、ふと自分の状況が気になった。
眼鏡に転生してから感じなかった温度を感じる。春の温かさを、けれど少しの寒さも。
いつのまにかナハティガル君の首に回っていた腕を動かし、自分の掌を見る。開閉を繰り返しまじまじと見るけれど、その掌はどう見ても小さい。まるで子供の手だ。
視界にナハティガル君の宵闇のような髪の毛とは違う髪が映る。まるでナハティガル君がつけていた眼鏡の縁の色だ。
そして、やっと私は気づいたのだ。
自分の姿がどうやら人間と同じものになっていて、しかも幼女の姿のようで、さらに全裸であるということに。
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