第45話 キッチンカー、出店!



 電気の魔法道具店を後にした私たちは、用事を終えて合流したライと共に、キッチンカーの出店場所を下見しに行った。

 もちろんその前に、ノルから指輪の料金についての話も聞いてある。やはり、宝石を持ち込めば割安で作ってくれるようだ。


 私たちは、翌日の営業に向けて必要なことを確認すると、雷雪山の頂上へと戻り、雷精トールの家で休ませてもらったのだった。


 森暮らしでそこそこ体力がある私たちも、一日中動き回って、すっかりへとへとだ。

 特にドラコは、日課のお昼寝もしていない。ライと遊ぶために持ってきていた手作りのボードゲームらしきものが活躍する機会もなく、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。



 そして翌朝。

 聖夜の街ノエルタウン名物、聖樹祭の当日である。

 ライやノルの話によると、聖樹祭には観光客も多く訪れるということだ。目立たない場所とはいえ、キッチンカーの売上も多少は期待できるかもしれない。


 朝早く支度を済ませて、飾り付ける前の手作りワゴンを、ドラコとライに手伝ってもらって街まで降ろす。


 花の妖精にもらった色とりどりの布をワゴンの上部にかけたら、布が外れないようにしっかり巻き付けていく。

 一番綺麗な面が外側の目立つ場所に来るように布を張れば、無骨な木の梁があるだけだったワゴン上部が、簡易的かつカラフルなシェードになった。


 商品を置く部分には、クリーム色の布地を敷く。

 フルーツ飴の鮮やかな彩りが目立つように、かつ、清潔感が感じられるようにするためだ。

 それだけなら薄いブルーなどでも良いのだが、寒色系の色よりも暖色系の色の方が食欲を増進させる効果があるから、クリーム色をチョイスした。


 布を張り終わったら手作りの看板をワゴンの前に置く。木版にメニューを書いて、イラストをつけたものだ。

 料金は子どものお小遣いでも買えるようなお手頃価格に設定し、その分、串も小ぶりにしてある。

 森のレストランで出す時は、いちごやぶどうなら三つか四つ、小さめのりんごなら一個まるごとフルーツ飴にしてしまうことが多いのだが、今回は小さなフルーツなら二つ、大きめのフルーツはカットして蜜にくぐらせる、といった具合だ。


 また、りんごには、カットの際に簡単な飾り切りフルーツカービングを施してある。

 とはいえ、蜜にくぐらせる工程があるため、以前ドラコやアデルに出したような複雑な形状にはできなかった。

 皮の部分を動物や妖精の絵柄に切り取る程度の細工だが、けっこう可愛くできたと思う。


「さて、あとは串をグラスに挿して並べたら――開店よ!」


「ふふふ、レティ、張り切ってるですね」


「だって、楽しみなんだもの! うふふ、嬉しいなあ」


「レティの緩みきったその顔、久しぶりに見たです。レストランを開店した時以来ですー。ここは森の外なんですから、ちょっぴり引き締めるですよ」


「うふふふ、そんなこと言われてもねえ」


 引き締めろと言われても、嬉しいし楽しいし、笑顔は自然に溢れてきてしまうものだ。

 また妖精の悪戯だろうか、キラキラした光が近くで巻き上がって飛んでいく。

 目には見えないけれど、光を放っている妖精たちも、私と同じく聖樹祭が楽しみではしゃいでいるのかもしれない。


 そうこうしているうちに開店準備も整った。

 人通りもぼちぼち増え始めたところで、私はエプロンの紐をきゅっと縛り直し、手をぱちん、と打ち鳴らす。

 気合いを入れるためにいつもやっている、開店の合図だ。


「それでは、レティのキッチンカー、開店します!」


了解らじゃ、ですー!」


 ドラコと目を合わせて頷きあうと、私たちは呼び込みを始める。

 今回の販売ターゲットは、子連れの家族と若い女の子だ。


「いらっしゃいませー! フルーツ飴はいかがですかー?」


「恵みの森の、新鮮でおいしいフルーツですよー!」


 少しずつ増え始めた人々が、ぐつぐつ煮えている甘い蜜の香りにつられて、こちらへ目を向けてくれる。

 私は鍋をドラコに任せると、すかさず笑顔で声をかけて、フルーツ飴の売り込みを始めたのだった。



 午前中にキッチンカーの営業を開始して、ドラコと交代しながら休憩を挟みつつ、一日の四分の一が過ぎようとしていた。

 おやつの時間もそろそろ終わりだ。日が西に傾き始めている。


「いちごのやつ、一本ください」


「私はみかんの飴がいいー!」


「ありがとうございます。お姉ちゃんがいちごで、妹ちゃんがみかんね。はい、どうぞ」


「わーい、ありがとう」


「つやつやキラキラで可愛いねー!」


「朝、通りがかった時に気になっていたんです。まだ残っていて良かった」


「まあ、そうでしたか! 嬉しいです、ありがとうございます!」


 フルーツ飴の売り上げは、想像していたよりずっと順調だった。

 もう少しで、用意していた分も売り切れそうだ。


 辺りを見渡してみれば、お肉の串やホットドッグなど、食べ歩きできる食品を売っている出店がたくさんあった。

 歩いている人は、大抵片手に何かの串やホットワインのカップなどを持っている。


「フルーツ飴にして正解だったですね」


「うん、そうね。お祭りだから、お客さんも食べ歩きできるものが買いやすいみたい。――それにしても」


 見渡す限り、笑顔が溢れている。

 家族連れも、恋人たちも、友人同士のグループも、皆楽しそうだ。

 一人で歩いている人もいるが、お祭りの空気を楽しんでいるようだった。


「――人の街でこんなに幸せな光景を見たのは、初めてかも」


 私は、母が切り盛りしていた食堂の、常連のお客様たちの笑顔を思い出していた。

 あの頃は、あの空間にも確かに幸せが満ちていた。私はお客様たちの笑顔を引き出す母を心から尊敬していたし、憧れていたのだ。

 憧れはいつしか目標に変わり、母よりもたくさんの笑顔を引き出せる素敵なレストランを開店することを夢見て、私はずっと頑張ってきた。


 今回お客様たちが見せてくれた笑顔は、私自身の力ではなくて、お祭りの力によるところが大きい。

 けれど、それでも。

 自分たちが用意したフルーツ飴で、人が笑顔になってくれるのを見るのは、やはり筆舌に尽くしがたい喜びがある。


「レティ、泣いてるですか?」


「――え?」


 ドラコに指摘されて初めて、私は自分の頬に涙が伝っていることに気がついた。


「あ……本当だ」


「……もう少しで売り切れますね。あとはドラコが売り子をやりますから、少し座っていたらどうですか?」


「そうね……そうしようかしら。ありがとう、ドラコ」


「いいえ、とんでもないです。聖樹祭、来て良かったですね。にししし」


 ドラコも楽しそうに笑っているのを見て、私も自然と頬が緩む。


「――うん、本当に!」


 私は、力強く頷く。

 アデルとドラコと、ライやフウ、ノル……こんな風に幸せな時間を過ごせたのは、みんなのおかげである。


 聖樹祭の本番は夜だというけれど、私は、たくさんの良いことを体験できて、もうすっかり満足だ。

 満足したら、なんだか無性に森が恋しくなって――アデルの顔が見たくなって、ほんの少しだけ、寂しくなったのだった。

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