第25話 レティはお留守番



「なら、ドラコがついて行くですー!」


 いつの間にか、部屋の外の廊下に、ドラコが立っていた。


 ドラコは、最近気に入っているウェイター風の服――本人は執事服と思っているが――を身につけて、ちっちゃい手を腰に当て仁王立ちしている。部屋の中は豪雨なので、中に入ってこようとはしない。


「ふぇ、ぐずっ……ドラゴぉ、ぎでくれるのぉ?」


「もちろんです! むしろドラコしかいないでしょう、です!」


 ドラコは、ぽん、と胸を叩く。

 ライはそれを見て少し安心したのだろう。まだしゃくり上げてはいるものの、部屋の雨は小降りになった。


「ドラコ、寒いところ苦手じゃなかったのか?」


「そうなの? 大丈夫?」


「確かに、ドラコは寒いのが苦手なのですー。特に吹雪だと、うまく飛べません。ブレスで雪を溶かしてもすぐに前が見えなくなるし、翼が凍っちゃうです」


「そっか……なるほど」


 ドラコは寒さが苦手なのか。トカゲも寒冷な季節は冬眠するものだし、と私は妙に納得する。

 そう思ったのが顔に出てしまっていたのか、ドラコは私にジト目を向け、力いっぱい否定した。


「まあ、ドラコはトカゲみたいに冬眠はしませんけど!」


「そ、そうよね」


 私は慌てて笑顔を貼り付けて、誤魔化す。

 だが、吹雪の中を飛べないとなると、北へ向かうのは難しいのではないだろうか?

 私はそう思って、ドラコに尋ねる。


「……でも、そうなったら、普通に空から『聖夜の街ノエルタウン』に向かうのは難しいんじゃない?」


「確かに空から向かうのは難しいですが、『聖夜の街ノエルタウン』に行くこと自体は可能です。ドワーフの坑道を使えばいいんです」


「ドワーフさんの坑道?」


「ドワーフの坑道は大陸全土に繋がっているです。うまく頼んでトロッコに乗せてもらえれば、地下からビューンと行けるはずです」


「まあ、トロッコ! 素敵……!」


 ドワーフのトロッコ。それはぜひ一度乗ってみたい……!

 想像しただけでものすごく楽しそうだ。頼めば私も乗せてもらえるだろうか。


「ライ、そういうわけですから、もう泣き止むです! ドラコがしっかりお供しますから!」


「ぐずっ……ほんと?」


「本当です! ドラコに二言はないのです!」


 ばばーんと胸を張るドラコを見て、雨足はさらに弱まっていく。

 ライの周りに浮かぶ雲も、先ほどまでは真っ黒だったが、いまは薄灰色に変わっていた。


「よかったね、ライくん。ドラコが一緒なら安心ね。……でも……ねえ、アデル、ドラコ。やっぱり私も一緒にい――」


「ダメです。レティは、お留守番です。ドラコだけで充分です」


 珍しく強い語気で私の言葉を遮ったのは、ドラコだった。

 アデルの許可が降りたらついて行こうと思っていた私は、少し面食らってしまう。


「ライ、ドラコと二人で大丈夫ですよね?」


「ずずっ……うん。ドラコ、よろしくね」


「あの、私――」


「とにかく、ドラコがついて行きますから。それでいいですよね、アデル?」


「ああ。頼んだぞ、ドラコ」


「ねえ、アデル――」


「それよりレティ、アデルも、びしょ濡れですよ。着替えた方がいいと思うです」


「そうだな。まだ風呂の湯を抜いていないから、レティは先に温まってくるといい。さあ、下の階へ行こう」


「え? ねえ、ちょっと――」


 私の抗議もむなしく、私の腰をがっしり掴んだアデルに、押し出されるように部屋から連れ出されてしまう。


「よく温まるですよー」


 ドラコが小さく手をふりふりしながら部屋に入っていくのを横目に、アデルは扉を閉める。


「ちょっと、アデル!」


 私は、さすがに少し怒りが湧いて、身をよじりアデルを睨みつけた。

 だが、アデルはただ首を横に振るだけ。目も合わせず、何の言葉も返してくれない。


「……アデル……?」


 ――その目の奥に、深い深い哀しみが宿っているのを見つけてしまい、私は抵抗をやめて、静かにアデルに従ったのだった。





 お風呂から出ると、アデルは濡れた客室の後片付けをしていた。

 空間の中央に、紅い炎の球がいくつも浮かんでいる。

 どうやら、炎の魔法で室内を乾かそうとしているようだ。


「……アデル、お風呂あいたよ」


「ああ」


 室内には、ぼんやりと炎を見つめているアデルしかいない。ドラコとライは、もう出発してしまったのだろう。


「部屋、だいぶ乾いたね。でも、ちゃんと掃除しないと使えないか」


 室内の水気はほぼ飛んだようだったが、床や家具など、雨に濡れた場所が何箇所かシミになってしまっている。

 クローゼットの中に入れていた衣服のたぐいは難を逃れたようだったが、寝具やカーテンなどは、一度洗濯しないと使えないだろう。

 ソファーもシミ抜きかカバー掛けをしなくてはならない。


「ああ。だが、今日はじきに日が沈む。掃除は明日だな」


「そうだね」


 二人とも黙ってしまうと、気まずい空気が流れる。

 アデルはいまだに私と目を合わせず、揺らめく炎を眺めていた。

 私もアデルにならって、ふわふわと室内を漂う炎の球を、目で追いかける。


 ややあって、口を開いたのはアデルだった。


「――レティ、先程はすまなかった」


「……ううん。いいの」


 再び沈黙が落ちる。


「ねえ、アデル。まだ、怖い?」


「…………君に隠しごとはできないな」


 アデルは苦笑する。


「心配しなくても、私、いなくならないよ」


「……わかっているんだ、レティがちゃんと、俺のもとに戻って来るつもりでいることは。それでも、森の外で何かが起きて、君がもし戻らなかったら……俺は、君を探しに行くこともできない。助けを求めていたとしても、君のそばに行くこともできない。それは、とても……とても、怖いことだ」


「あ……」


 アデルが心配していたのは、私の心が変わってしまうことではなかったんだ。

 彼が不安なのは、自分の手が届かないところで、私に何か良くないことが起こること。

 森に戻れない状況に陥って――そのまま二度と会えなくなってしまうことだったんだ。


「さて、布類以外は一通り乾いたな。俺も風呂に入ってくるよ」


「……わかった。私は夕飯の準備しておくね」


「ああ。ありがとう」


「ううん。こちらこそ」


 下の階に降りていくアデルの背中を見守りながら、私は思いを巡らせる。


 アデルは、森から出ることができない。

 もしも連絡も取れずに私が行方をくらませてしまったりしたら、アデルはこの森で、ずっと独りで私を待つことになってしまうのだ。

 不安に身を切られながら、送り出したことを後悔しながら、自分だけが変わらない日々を過ごすのは……辛いだろう。苦しいだろう。

 ようやく癒え始めた心の傷が、さらに深くなってしまうかもしれない。


 安易に「ついて行く」などと言いそうになった私が、浅はかだった。

 ドラコは、アデルのそんな気持ちまで汲み取って、苦手な氷雪地帯に行くと言ってくれたのだ。

 ドラコの方が私なんかよりよっぽど大人で、ずっと考えが深い。


「……はぁ」


 私は自己嫌悪に陥りながら、足取り重く一階のキッチンへと向かったのだった。



*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


 お読み下さり、ありがとうございます!

 次話から数話、二人がちょっと仲良くするシーンが出てきたりしますので、セルフレイティング入れました。

 直接的な表現はなく、念のためのレイティング登録ですが、苦手な方いらっしゃいましたらご注意下さい。


 最後にドラコからメッセージが届いております♪


🦖「ドラコは何話かお休みしますけど、忘れないでほしいのですー! 約束なのですー!!」


 それでは、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです!

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