第13話 ミスター・トリック 再び
などと、つまらぬセリフをつぶやきながら研究室のドアを開けた時、あの二度と見たくないキツネ顔が飛び込んできた。
「あっ! チョビヒゲ」
思わず叫んだ。
「ヒッヒッヒ、お久しぶりでございます。
「トリックさん、あのマジックの種明かしをして欲しいんだってよ。あれからいくら考えても分からないんだって。だから、あれはトリックでもマジックでもないんだって説明しているんだけど、これが信用してしてもらえないつーか……」
渡辺が困った顔で言う。
「で、種なんか知ってどうするの?」
ジュリーは聞いた。
「もちろん、私のマジックショーに使いたいと思っています。いいえ、無論、
「いっ、いっ、いっせんまん」
渡辺とジュリーは同時に声を発した。
ミスター・トリックは、椅子の脇に置いてあった黒いカバンから札束を取り出して積み上げた。
二人は唾を飲み込む。
「とりあえず1000万あります。御不足ならまだ少々余裕はございます」
「……………」
三度の飯よりも好きな札束を前に、二人は押し黙った。
倉庫から取り出してきた
「これはすごい! まさにサイエンスだ!」
ミスター・トリックの驚き様はただものではなかった。マジシャンがマジックでない現象に出会うと、その衝撃は普通の人間それとは比較できないほどのものらしい。
結局、旧式のワープ装置は、トリックに売り渡された。ジュリーが交渉して、10年のメンテナンス保証を付けて金額は倍の2000万円という事で契約は成立したのだ。ジュリーの方がこういうことに掛けても長けている。
ミスター・トリックは、喜び勇んで埃まみれの電子レンジを二台、風呂敷に包んで持って帰った。
それからしばらくして、華々しくミスター・トリックの世界ツアーが始まった。ニューヨークを皮切りに、世界30か国、100会場でのマジックショーのツアーである。無論、メインの出し物は、渡辺とジュリーから買ったワープ装置だ。種明かしができた者には100万ドルという賞金が出されるということも大評判を呼んだ。
「ふん、人の
渡辺は、トリックから送られてきたお中元(牛乳石鹸6個入り青箱)に添えられていたDVDを見ながら吐き捨てるように言った。
「でも、あのチョビヒゲ、なんだかんだと言って、やっぱ一流だわね。私たちとは違うわ。ここまでショーアップしたら観客は魅了されるわよ」
「確かにな。赤パン見せて喜ばせるのとレベルが違うぜ」
「………」
さすがのジュリーも反論はできない。実際、そのとおりなのだから仕方がない。
舞台では、一流のダンシングチームが激しいロックのリズムに乗せて舞い踊り、七色のレーザー光線が
そして、いよいよクライマックスのワープ、瞬間移動が始まる。その時、ミスター・トリックの招きに応じて、最前列の観客席から舞台に上がったカップルがいた。ニューヨーク州選出の上院議員で共和党の次期大統領最有力候補ジョン・ヘンリーとその妻ミシェルだ。ミスター・トリックは、ミシェル夫人が首から下げている真珠のネックレスを転送することを告げる。これは結婚10周年に夫に買ってもらったものだからと躊躇する夫人、それを説得する夫、すべて台本通りなのだろう。ネックレスはトリックに渡そうとしたが、トリックは自分で箱の中に入れるよう促した。ミシェル夫人は恐る恐る箱の扉を開け、ネックレスを中に置きドアを閉めた。
トリックの手に触れないというところが、このプログラムの
そして、見事にネックレスは10メートル離れた箱(すでに彩色・ディフォルメが施され電子レンジとは分からない)。そして、場内は大喝采に包まれた。ミシェル夫人は手が震えてネックレスを首に掛けられない。代わりに、夫のジョン・ヘンリーがネックレスを掛けてやる。場内は、また拍手の嵐に包まれた。
「あれは3メートルが限界だぞ、さては?」
渡辺はジュリーを見た。
「ヒッヒ、ばれたか。トリックの
「タダじゃないだろう」
「200万ほどね。ほんの30分で済んだからいいアルバイトだったわ」
「半分よこせよ」
「何でよ」
ミスター。トリックのマジックショーのツアーは各地で大成功をしていた。全米20か所の会場でのショーは全席指定で前売りチケットは完売だった。S席に至っては通常200ドルがネットで2000ドルにまで跳ね上がった。各地の名士や有名人をゲストに呼び舞台に上げるパフォーマンスも話題を呼んだ。
一方、全米のマジシャンも指を加えて見ているだけではなかった。最初のうちは、100万ドルの賞金を狙って果敢に挑戦してきた。しかし、有名マジシャンが次から次へと惨めな敗退をして去ってゆくうちに誰もが押し黙ってしまった。そして、ミスター・トリックには、全米のメディアから、
“ 世界一のマジシャン、ミスター・トリック ”
の称号が贈られたのだ。
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