第12話 ジュリー二度目の恋

 ジュリーが、この改良型ワープ装置を通勤に使用すること二箇月余り、ある日、体重計に乗ったところ、体重が6キロも増えていた。

「ギャアーーーーーー」

 それまでは、片道2キロの道のりを歩いて通っていたのだが、この二か月の間、その歩行に要するカロリーが、ジュリーの皮膚と筋肉の間に脂肪となって音もなく忍び寄り、秘かに蓄えられていたのだ。特に、へその下の下腹部と太腿ふとももに集中している。一部ではすでにセルライト化が始まっていた。

「クックックックックソーーーー、こっこっこっこの女の敵め、天に代わりて成敗してくれる!」

 この時代めいたセリフとともに、勝手に女の敵にされてしまった人類の進歩と英知の結晶は、古い倉庫の片隅に放り込まれ、ほこりをかぶって長い眠りに就くことになった。


 毎朝、歩いて研究室へ通うことになったジュリーだが、その甲斐あってか、6キロ増えていた体重も何とか順調に減って来た。

「やっぱり、外の空気はいいわね。歩こう♪♪ わたしは元気♪♪……♪」

 思わず鼻歌が出る。

 桜も散り、そこかしこが春そのものになってきている。ところどころに咲いている菜の花の黄色が目に眩しい。この街へやって来て早や三年。娘のカレンもこの春で四年生になった。時折ときおり、生意気な口もきくようになったが、それも成長の証だろう。 

「おはようございます」

 ジュリーは、交差点で交通指導をしている男に挨拶をした。

「あっ、先生、おはようございます」

 男は、挨拶を返すと、会釈をした。

 ジュリーも会釈をして、笑顔を見せる。

 これが、このところの朝の日課になっている。駅前通りと国道とが交わる交差点は、少し遠回りになるのだが、あえてここを通る。この男と挨拶を交わすためだ。

 そう、ジュリー・N・ワシントン、生涯二度目の恋が始まったのだ。いい歳をして、しかも、一方的片思いの恋なのだが、それでも恋は恋。

 男の名は、山岡竜一。カレンの同級生の父親で、駅前通りを少し入った所で「やま竜飯店りゅうはんてん」という小さな中華料理屋を営んでいる。女房に死に別れた独身子持ちの中年男である。M字ハゲが進み、腹は出て背も低く、お世辞にもカッコイイとは言い難い。

 出会いは、小学校の参観日だった。たまたま保護者席で隣り合わせたのだ。わが子に対する愛情こもった視線。ほんの数言、言葉を交わしただけなのだが、にじみみ出る謙虚さ誠実さがジュリーのハートを揺さぶった。出会ったことのないタイプだった。今までの男と言えば、自らの権力、財産、容姿、才能等々をひけらかし、「俺の女になるのが当然」とばかりに迫ってくるのばかりだった。

 二度目の出会いは、この交差点だった。満開の桜を眺めようと、少し遠回りをした朝だった。黄色の旗を持って交通指導をしている山岡竜一に会ったのだ。二人並んで駅前通りを話をしながら歩いた。やがて、山岡の店への道と大学への道が東西に分かれる四つ角に来た。

 山岡は西に、ジュリーは東に、

「振り向いたら負けよ。振り向いたら恋に落ちてしまうわ」

 ジュリーは、自分に言い聞かせながら歩いた。

 だが、あっさり負けた。

 遠ざかる山岡の後ろ姿を見つめながら、ジュリーは小さな声で言ったのです。

「好き!」

 

 その日の昼から、ジュリーは、週に三度は「山竜飯店」の日替わりランチを食べにやって来るようになった。食べるだけならいいのだが、忙しい時には、エプロンを着けて洗い物を手伝ったり、出前まで引き受ける。男手だけだと大変だろうからと、家の中まで上り込んで掃除はするわ、竜一と息子の平太郎へいたろうの洗濯物まで持って帰るわ。健な気けなげと言えば健な気なのだが、少々ストーカー気味であるのは否めない。


「恋はやさし~♪♪ 野辺の花よ~~♪♪….」

 古い歌を口ずさみながら、ジュリーが返ってきた。

「山竜飯店」で、日替わりランチを食べて来たのだ。今日のランチは好物の酢豚定食。大将の山岡竜一と、二言三言ふたことみこと、カウンター越しに言葉を交わすこともできた。もう、この上なく幸せなのだ。

「ああ、恋するって素敵。でも、辛くて苦しい。恋って、恋って、何なの?」

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