第3話 幸せにするために


 俺は三歳になった。そう、夢では無かったのだ。オスカー・ウィリアムズに転生していた。


 正直受け入れるまでに時間がかかった。だって俺がオスカーってちょっと想像出来なかったんだよ。鏡を見るまでは。


 髪の色はブルーブラック、目の形はパッチリとした丸アーモンド型で瞳の色はネイビーブルーの赤子がいたのだ。


 間違いない、髪型はまだ赤子だから違うが、これはもうオスカーだ。俺は本当にオスカーになってしまったんだな。よろしくオスカー。これから来るかもしれない何度も見た救いの無い未来を変えて、お前が心の底から愛していたソフィア様を幸せにしてみせるよ。それがお前の身体を奪ってしまった俺の責任だと思うから。


 そんな事を心の中で言ってしまうくらい鏡に映る俺の見た目はオスカーだった。


 自覚してからは取り敢えずやるべき事を考えた。

 ゲームは完全に恋愛シミュレーションだった。なので最初は言動に注意するくらいしか思いつかなかった。

 しかしゲームの中では剣や魔法で戦う描写があったのだ。ハーレムエンドも最後主人公達とオスカーが戦うシチュエーションだった。

 ならば最悪を想定して自分を鍛える事はするべきだろうと思う。そもそもソフィア様を幸せにするのだから最悪な事になるつもりはないのだが。


 いっその事主人公が幼い頃に消してしまえばいいのでは? と思ったが、実行した事をソフィア様が知ったらきっと俺に笑顔を向ける事はなくなるだろう。なので主人公を消す案は早い段階で破棄した。まあ向こうから何かして来た時は消すかもしれないが。


 やるべき事を考え出した時、周囲の人達を見て思ったのは、ゲームに登場していたウィリアムズ公爵家ってこんなだったか? だった。

 家族だけでなく執事やメイド等の使用人に至るまで全員が生き生きとしているのだ。俺の記憶では使用人はミスを極端に恐れている描写があったはずだ。特にオスカーの母であるレイラに対しては病的と言えるくらい怯えていたのだ。

 しかし実際にはレイラとメイドは軽い冗談を交えながら楽しそうに話している。おそらくこれから年月が過ぎて行くと関係にヒビのようなものが出来て行くのだろう。なのでこの明るい公爵家を維持するというのもやる事リストに加えた。爵位を継いだ時に屋敷の中の空気が悪いのはキツい。それにソフィア様もきっと明るいほうがいいだろう。


 他にも考えはしたのだが実際は実行出来る事が少ない。結局の所現状を維持しつつ未来に備え力を蓄えるという結論に至った。


 至ったので早速出来る事として魔法の練習を始めた。と言うか始めさせられた。生後一月も経ってない赤ちゃんに何させるんだコイツら、気が狂ってるのかと思い、しかし同時にこれが天才幼女アリスを育てた公爵家の英才教育かと感心し覚悟を決めたものだ。

 だが現実は俺が寝ている時に無意識に魔法を発現させて周りに被害を出していたらしい。そりゃどうにかして魔法を使わない様に教えるよな。ただ普通赤ちゃんに身体の中にある魔力を感じろだの空気中にある魔素を感じろだの真顔で言うかね? やっぱり気が狂ってるわ。


 そんな転生者くらいしか理解出来ないだろという教えもあり、基本的な魔法の使い方や魔力の操作、制御はある程度できる様になった。

 それからはひたすらに操作と制御に励んだ結果、魔法は眠っていても使える様になった。


 寝ていて無意識に魔法を使うから魔力操作や制御を覚えたのに寝ていても無意識で魔法が使える様になった。正確には無意識でも自分を守るように魔法が発動する様になった。

 寝ている時にベッドから落ちた時は床にぶつかる前に浮遊の魔法が発動したらしい。また、ジェームズが勢いよく開けた扉にぶつかりそうになった時はいきなり扉が消滅した。この時はレイラとアリス、その場にいた使用人全員がジェームズに正座させて説教していた。皆んなは扉が消滅した驚きよりも公爵家当主に説教するほうが優先順位がとても高かったようだ。


 まあ、あれが俺でなくアリスだった時は普通に怪我してただろうし仕方ないと言えるだろう。レイラに『貴方も消滅したら?』と絶対零度の視線で言われても仕方ない。


 魔法を使える様になって分かった事だが、俺の魔力は莫大にあるようだ。正直何でも出来るんじゃないかという全能感すらある。


 基本的に貴族は平民に比べて魔力が多い傾向にあるらしく、そして爵位が高い方が魔力は多い。俺は公爵家の人間だから魔力も多いのだろう。

 男爵ですら魔力の平均量が平民の倍以上あるというのだから貴族というのは本当に選ばれた者なのだ。


 色々あったが転生して三年、やっと家族の付き添い無しで庭に出る事ができる様になった。


「ミリー遅いよ! 置いてくからね!」


「ふふ、お待ち下さいオスカー様、お庭は逃げませんよ」

 

 絹の様に細く綺麗な金髪は腰まで伸ばし、前髪は小さな花がついたヘアピンで留めており、少しつり目で大きな瞳はサファイアのように綺麗な色をしている。将来は美人が約束されているだろう顔立ちをしたメイド姿の美少女ミリーは俺の急かす言葉に微笑みながらそう答える。


「庭は逃げなくても時間は逃げちゃうよ!」


「ふふ、それは大変ですね」


「そうなんだよ、だから早く! 急いで!」


「落ち着いて下さいオスカー様。少し魔力が漏れてらっしゃいます」


「え?」と声を出しながら自分を見ると確かに魔力が少し漏れていた。


「落ち着いて魔力を体内に留めて下さい。でないとお庭に出れませんよ?」


「うっ、わかったよ。少し待ってね」


「はい、ゆっくりで大丈夫ですよ」


「…………よし! これでいいでしょ?」


「いえ、背中側から漏れ出てます。ふふ、これでは魔力と共に時間も逃げてしまうかもしれませんね」


 振り向き確認すると本当に背中から魔力が流れ出ていた。そこに追い打ちをかけるように時間が逃げるとまで言われるとどうしても焦ってしまう。


「焦ってはダメですよ。ゆっくり確実に抑えて下さい。結果それが一番早く魔力の漏れを止められます」


「…………よし……どうかな?」


 つい小声で聞いてしまう。


「バッチリです!」


「よかったー、やっと庭に出られる」


 やっとの事でミリーから合格がでたので早速庭に行く。

 というか折角家族の付き添いなく自由に庭を満喫出来ると思ったらまさかのメイドだよ。ミリー、彼女がいないと庭に出る事も出来ない。しかも魔力を漏らさない様に注意しなくてはならないとなると結構大変だ。


 実は成長するに連れて魔力量がどんどんと増えている。増える事自体は良いのだがそのせいで魔力の制御が難しくなっていた。

 興奮したりすると無意識に身体から魔力が溢れてしまう。溢れても特に自身だったり周りに害があるわけではないのだが、貴族としてはNGらしい。魔力の制御は出来て当たり前、出来ないのは落ちこぼれのクズだと言われたり最悪廃嫡される事もあるようだ。


 流石に公爵家の者が制御出来ないのはマズイので何時も近くにいるミリーはもちろんの事、魔力が漏れ出ているとその場で皆んなに指摘され、そのまま魔力の制御をやらされる。正直一日に何度も指摘されるとストレスでキレそうになる事が多かったが何処かの開発陣への怒りに比べれば微々たるものだ、我慢できる。

 そんな過剰とも言える指摘の嵐のおかげで最近は特に指摘される事も無かったのだが、庭までではあるが家から自由に出られると言うのは思っていたよりも嬉しかったようだ。


「色々やりたい事があるからミリーにも手伝って貰うからね!」


「分かりました、オスカー様専属スーパーメイドの私が何でも手伝います!」


「ねえ、スーパーメイドって自分で言ってて恥ずかしくない? 昨日もメイド長のオリビアに叱られてたのにスーパーメイドって」


「冷静に言われると恥ずかしくなるので流して下さい。と言うか叱られてた所見られてたのですね……」


「まあいいや、早く行くよ。時間は有限なんだからね!」


「かしこまりました。では早速参りましょう!」


 そんな会話をしながら少し残念メイド感があるミリーと馬鹿みたいに広い庭を歩き出すのだった。

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