第25話 奥地

 村に一泊させてもらって奥地に出発!

 ヴェントから離れる方向に進んでいくと森が広がり、その先には山がある。エクゾディス大樹林と繋がってはいないものの、それなりに強力な魔物が出ることで有名らしい。


「安心してくださいお嬢様。何が出てきてもノノがお守りします」

「ありがと。私もノノのこと守るね?」

「はうぁっ!」


 ノノがさっそくダメージ受けてたけど見えない魔物とかいたのかな?


 基本的に魔物は見つけたら即座に攻撃してしまうけれど、放し飼いのルビーに誤射しないよう、オレンジ色に染めた牛革で首輪を作ってあげた。

 一応、ちょこっと持ってたミスリルインゴットを使って補強したんだけど、危険がありませんようにって思ったせいで変なのができちゃった。


『鑑定:

 魔縛輪”緊箍児きんこじ”。装備者の忠誠に応じて大幅な強化バフが掛かるが、反逆心を持っていると大幅な弱体化デバフとともに首が締まっていく。一度装備すると強力な聖属性魔法を使わない限り外すことができない。マリアベル作。

 ——忠義にはねぎらを、裏切りには死のむくいを』


 なんかすっごく不穏なんだよね……よく分からない散文詩フレーバーテキストみたいなのもついてるし。

 一応効果をきちんと説明したんだけど、ノノがルビーと話し合った結果、付けることになった。


「反逆なんて天地がひっくり返ってもあり得ませんから、どんなデメリットでも関係ありません。ねぇ?」

「キュキュキュッ!」


 同意というよりも縦に高速振動してたけど、納得してるなら別に良いか。

 いざとなったら私が聖属性魔法で外してあげれば良いかな……いや、外すのに聖属性魔法が必要ってほぼ呪いだと思うんだけど。


 ちなみに私が作った装備はもう一つ……正確にはもう一組ある。


「いやー最高だなこれ! 草も木もほとんど抵抗なくスパッと切れるぜ!」


 ちょっと前に武器を破損してしまったドルツさんのために双剣を作ってあげたのだ。仲良くしてもらってるから無料の予定だったんだけど、


「駄目よ! マリィちゃんのファンに知られたらドルツの命が危ないわ!」

「払う! 払わせてくれッ!」


 とのことで材料費込みで良い感じの金額を頂いた。街を救った時にも報奨金みたいなのもらったし、もう使い切れる気がしない。

 あって困るものじゃないし、ノノが何か欲しがったら全部出してあげれるように貯めておくけど。


「ちょっとドルツ! 勢い任せに必要ない大木まで斬らないで! 倒れてきて危ない!」

「そうは言うけど気持ち良すぎるぜ! 今なら何でも斬れる気がする!」


『鑑定:

 魔法鉄双剣。凄まじい切れ味を誇る双剣。競い合うように互いを高めあう性質を持ち、使えば使うほど切れ味が増す。マリアベル作』


 さすがに普通の金属だったから変な能力はついてない……ちょっとしか。

 このくらいならセーフだよね?


『微妙:現状ではよく斬れるだけですが、今後使い続けていけば無類の切れ味を誇る魔剣として認知される可能性があります』

「か、可能性だし……? そうならない可能性もあるんだよね?」

『予測:三年以内ならば二四%ですが、五年後ならば七一%になります。一〇年後は九六%の確率で魔剣に分類されるでしょう』


 どうしよう……ドルツさん喜んでくれてるし今更取り上げられないよ。


『提案:個体名マリアベルが聖属性魔法によって祝福を掛けることで、九九.九八%の確率で魔剣ではなく聖剣になります』

「根本的に改善できてなくない!?」

『次案:ミスリルコーティングをすることで最初から魔剣にし、個体名ドルツに魔剣として認識させることで取り扱いに注意を促すのは如何でしょうか』

「えっ、それって止まる……?」

『推測:個体名フェミナによって歯止めが掛けられるかと』


 うん、じゃあ後でミスリルコーティングしとくか。

 そんなことを考えながらドルツさんが切り拓いてくれた道をてくてく進みながら森の深部を目指す。

 ノノに背負ってもらったり、小まめに休憩を挟んだりはしているけれども、かれこれ二時間近くは森の中を進んでいる。

 正直限界が近い気もしているんだけど、頑張りたい気持ちも強い。

 なんたって——


「ん? なんか匂わねぇか?」

「ドルツの鼻が馬鹿になったんじゃない? 私は分からないわよ」

「ひでぇなフェミナ」

「あっ、感じた!」

「さすがお嬢様です。見えましたよ」

「おおお! !」


 森の奥、山のふもとに温かい水が湧き出る泉があると聞いたのだ。

 魔法で疑似的な温泉はつくれるものの、やっぱり天然の温泉があるって聞いたら入りたくなるよね!

 ちなみに教えてくれたのはアーヴァインだ。

 いくって言ったらちょっとびっくりしてたけど。


「早く入ろ!」

「あ、お嬢様、お待ちください!」

「ドルツー? 見えないところまで移動して待機するのと、両手両足を縛って首から下を地面に埋められるの、どっちが良い?」

「何かの処刑じゃねぇか! 見えないところまで下がって待ってるよ。もう少し信頼してくれても良いじゃねぇかチクショウ!」

「むしろ心配してるんだけど。万が一にでもマリィちゃんの裸を覗いたノノさんに殺されるわよ?」

「……えっと、農村まで戻っていいか?」

「一応は護衛だから駄目」

「フェミナさーん! 早く入ろー! ノノも急いで!」

「呼ばれたし私は行くけど、何があっても絶対に疑われないように気をつけなさいよ?」

「……ち、チクショウ……!」


 フェミナさん遅いなぁ。


***


 温泉の所在を教えてマリアベルを遠ざけることには成功したアーヴァインは、国の重鎮や信頼できるロンド達のような人間を集めて会議を行っていた。

 商人ギルドの最奥部、スパイなどが立ち入れない閉鎖空間に設置された円卓に全員が座っている。


 議題はずばり、


「ブレナバン王国に何もしない作戦、ですか。殿下、何ですかこの作戦名は」


 重鎮の一人が訊ねたところでアーヴァインは大きくうなずいた。


「マリィ——マリアベルと約束したから、ブレナバンへの積極的な軍事介入は行わない。が、正直俺ははらわたが煮えくり返っている」


 アーヴァインの言葉に応じるかのように、横にいたロンドが資料を配る。

 そこには、ロンドがツテを使って集めた『ブレナバン王国での聖女の扱い』に関する情報だ。

 アーヴァインの部下が足した情報も入っており、戦争を経験した者ですら絶句するような事実が書き連ねられていた。


「……何だこれは」

「聖女を何だと思っているんだ?」

「……人間の考えることじゃないだろう」

「あんな幼気いたいけな少女になんと惨いことを……」


 重鎮たちの中でも幼い子を持った者たちがあからさまに顔をしかめる。すでに目を通し終えているアーヴァインの腹心たちも、怒っているのは一緒だ。

 むしろ実際にマリアベルと接する機会が多かった分だけ怒りもひとしおである。


 書類を読み終えた軍務大臣が円卓を叩いた。


「殿下! ご命令いただければ今すぐにでも開戦を——」

「しないと言っただろう」

「ですが、このような悪行がまかり通る国、存在しているだけで世界を乱します!」

「あまりにも非道すぎる! 貴族の矜持どころか、人間としての良心まで捨てたか!」

「もはや人ではありませんな。根絶やしにすることこそ正義かと」


 怒りを露わにする首脳部に、アーヴァインが鋭い視線を向けた。

 その瞳の奥は怒りに燃えていた。この場にいた誰よりもアーヴァインの方が激怒しているのだ。


「何もしない、と言っただろう。……商務大臣、ブレナバンとの貿易は?」

「通常の関税で行っております」

「何もしない、だ。意味は分かるか?」

「今すぐあらゆる貿易を止めます……!」

「軍務大臣。国境沿いの警備はどうする?」

「……商人ギルドに加入している者以外はすべて受け入れを止めましょう」


 その後も次々と「何もしない」の意味を詰めていくアーヴァイン。

 あっという間に「何もしない」という名の政策が形になった。


 ——経済制裁だ。


 ものの流れと人の流れを止める。仮にも交易の中継地点として栄えているグレアランド帝国がそれを行えば、単独といえども影響が出ることは間違いない。


 他国が同調しなければ効果は薄いが、アーヴァインには勝算があった。


(虎視眈々と国土拡大を狙う国も多い。グレアランドうちの尻馬に乗ってブレナバンの弱体化を狙う国も出てくるだろう)


 もちろん、困窮したブレナバンにものを売ることで利益を得たり、恩を売る国も出るだろう。それを見越して、アーヴァインはさらなる手を打っていた。


「草案をまとめたら皇帝陛下ちちうえに奏上してくれ」


 首脳部ともいえる有力貴族たちに指示を出し、ロンドに向き直る。


「商隊が長旅をするとなれば、夜は暇だよな?」

「ですね……?」

「私費で吟遊詩人を付けよう。全部は難しいかもしれないが、主だった商隊にはつけられるよう手配をする」

「吟遊詩人……なるほど。きっと素敵な物語を吟じて下さるのでしょうね」

「ああ、絶望の中を必死に戦い抜き、人々を癒し、街を救ったの話なんかどうだ?」

「素晴らしいですね」


 アーヴァインの目的がはっきりと示されたところで、参加している貴族全体に呼びかける。


「芸術は人の心を豊かにする。奨励するために素晴らしい作詩をしてくれる者を推薦してくれ」

「コンテストですか?」

「いや、各々が工夫を凝らした詩をつくるだろう。提出した者には一律で報奨金を出す。それから食事だな」

「なるほど。最近話題の料理を売り込みに行くのですね?」

「ああ。斬新で美味な料理に、素晴らしい名前がついている。これも宣伝に使え」


 ブレナバンが聖女に何をしたのか。

 聖女がどのような存在なのか。

 それを流布することで、ブレナバンに恩を売ろうとする動きを潰す算段だった。


(心情的にブレナバンに味方したい者はいなくなる。それどころか、ブレナバンに付く者を責める者が増えるだろうな)


 単純な損得勘定でいえば、他国の反感を買ってまで得なければならないほどの利益がなければ、ブレナバンの味方はできないだろう。


「ブレナバン王国に報復しない作戦、ほかに意見のある者はいるか?」


 帝国の宮殿まくつで牙を研いでいた獣たちが、血の流れない戦いに向けて動き出す。

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