第24話 小旅行

 皇太子公認聖女うどんが売り出され、流行り始めた頃。

 私たちはフェミナさんとドルツさんを護衛にして城塞都市ヴェントからちょっと離れた農村に来ていた。


 本当は護衛とか要らないんだけど、


「ならん。絶対に連れていけ」

「駄目です、雇いましょう」


 アーヴァインとロンドさんにごり押しされてしまったのだ。さらにはドルツさんとフェミナさんに半泣きでお願いされちゃったらさすがに断れないよね。


「頼む! 皇太子様の相手ばっかで身体が鈍っちまう!」

「というか、側近の人たちまで合流してきたから緊張とストレスが……!」


 ノノのご飯から離れたくないらしいアーヴァインのせいでヴェントには続々と偉い人が集結していた。

 軍務大臣に商務大臣、魔法兵団の偉い人とか近衛兵も派兵されて、帝国貴族の人たちもチラチラと現れるようになった。


 ……なんで皆して私に挨拶にくるの!?

 しかもその後当たり前のようにノノのご飯まで参加するし!

 ちなみに魔法兵団の団長さんは長いおひげのおじいちゃんだったんだけど『まさか若君が、真の意味で心を寄せる者に出会えるとは』ってガチ泣きしてた。

 アーヴァインさぁ……今までどんだけぼっちだったの……?


 そんなわけで王侯貴族から少しでも距離を取るためにも小旅行に出発したのだ。


「うーん、長閑のどかで良いところだね」

「ええ。日差しも気持ちがいいです……が、少しずつ強くなってきていますので日焼け対策にお召し物を」


 燦々と降り注ぐ日光の下、私たちの眼前では草をもしゃもしゃする牛や放し飼いにされた鶏なんかが元気に歩き回っていた。

 この農村は牧畜が盛んということで食材調達に来ていた。

 ざざっと買い物したら村を超えて森の方に入るつもりだけど、まずはヴェントじゃなかなか買えないものを買っていく。

 低ランクで大人しい魔物を家畜にしてるのがこの村の売りなのだ。


「ふむ。イエローカウのフレッシュチーズですか。あるだけ下さい。しぼりたての牛乳もあるだけ買い取ります」

「ブルーオックスの肉……サーロインをお願いします」

「生みたての鶏卵!? すべてです! 帰りにもう一度寄るのでその時もありったけすべて!」

「豚もいるのですね。ベーコンにスペアリブ。ソーセージやハムもあれば出してください」

「ヨーグルトですか。これも分けていただきたいです」


 金貨が飛び交う売買に村の人たちが目を白黒させてた。

 普段はそこまでの金額にならないもんね。


「フレッシュチーズかぁ。楽しみだなぁ」

「普段はしっかり熟成させたハードチーズばかりですもんね」

「うん。削っただけのは癖が強くてちょっと苦手。火を通した奴は大丈夫なんだけどね」

「ではお嬢様の苦手意識を取り払ってみます」


 村の人たちが準備をしてくれてる間に、スペースを借りて私たちも加工食品を作ったりお昼を食べたりすることになった。

 フレッシュハーブと岩塩で塩水を作って豚肉を漬け込んだり、金属の串で穴を開けたお肉に乾燥ハーブと塩を刷り込んだり。


 私の魔法で浄化した後はチーズとかを作るときに使ってる地下室にしばらく置かせてもらう予定だ。

 涼しい日陰で少しずつ乾燥・熟成させると美味しい干し肉になるらしい。


「楽しみ~!」

「高ランクの魔物は旨味が強いですからね……これから行く森にも多少は魔物が出るようですし、道すがら狩っていきましょうか」

「うんっ」

「……なぁ、フェミナ。俺の見間違いじゃなければ、さっき加工してたのってゴライアス・ブルだよな?」

「ええ。テンペスト・オックスもいたわね」

「……どっちもAランク上位だよな?」

「小さな村くらいなら単独で滅ぼす魔物よね」

「……ずいぶんきれいな死体だったな」

「どっちも首を一撃で落としてあったわね」


 フェミナさんとドルツさんが無表情のままボソボソ会話してた。何を話してるんだろ、と耳を傾けたところでドルツさんが大きく息を吸い込んだ。


「護衛とか要らないだろ!?」

「Aランク上位とか出てきたら逃げることすら難しいわよね……むしろ私たちが守ってほしいくらい」

「ま、まぁほぼ何もせずに護衛依頼達成って考えれば美味しいんじゃないか? どうせ皇太子さまの指名依頼は断れないしな」

「えっと……なんかごめん」

「いや、別にマリィが悪い訳じゃねぇ! 稼げるのは良いことだし!」

「そうよ、マリィちゃんのせいじゃないわ! ノノさんのご飯も食べれるし!」


 そうだ、ご飯!

 加工肉の仕込みが終わったから次はお昼ご飯だ。


「ベーコンに鶏卵。お嬢様が苦手なチーズを克服できる逸品を作ります」

「ぱちぱちぱち」

「お嬢様は鶏卵の浄化をお願いします」


 ピカッとやっておしまい。あとは待つだけらしいので暇だな、と思ってたけれど、今日のご飯はささっとできちゃうものらしい。

 パスタを塩水で茹でている横で、刻んだにんにくとベーコンを火にかける。

 すごく弱い火でじっくりとベーコンの脂を溶かせば、燻製くんせいとにんにくの香りが鼻腔をくすぐる。


 自分から出た脂でベーコンがカリッと焼けたら金属製のボウルに移してちょっとだけ冷ます。


「生卵を合わせるので、火が通らないようにするためです」

「生のまま食べるの?」

「いえ、半熟ですかね。チーズも入るので扱いが微妙ですが、生ではありませんよ」


 ハードタイプのチーズをおろし金がゴリゴリ削ってベーコンの上に被せると、その上に生卵をぽとんと落としていく。

 ……すっごい量のチーズが入ったんだけど、これ本当に大丈夫かなぁ。

 ノノの腕前は信じているけれど、まさか苦手な食材が全面にババンと出てくるとは思わなかったのでちょっと心配だ。


 茹で上がったパスタをトングでボウルに移して、ちょっとだけ待つ。


「蒸らしたら一気にかき混ぜます」

「おお! 熱でチーズがトロトロに!」

「ここで卵にも火が通ります」


 しっかり混ざったら器に盛って、上から黒コショウを削り掛ければ完成だ。


「カルボナーラです、召し上がりましょう」


 みんなで手を合わせて食べ始める。

 溶けたチーズと卵が混ざったソースはトロトロのつやつやで、パスタにしっかり絡む。チーズとベーコンの塩気だけでも深いコクがあるのに、鼻に抜ける燻製の香ばしさがさらにガッツリ感をプラスしていた。

 だというのに削りたての黒コショウが全体をぎゅっと引き締めてくれてて、くどさはまったくない。


「はふっ、はむっ!」

「お味はどうですか?」

「おいひいっ! チーズも!」

「それは何よりです」


 ノノがにっこり笑ってくれた。ただでさえ美味しいカルボナーラなのに、ノノの笑顔を見ながらだと何倍も美味しく感じる。


「少し重たいですが、食後にデザートドリンクもお出ししますからね」

「でざーとどりんく!?」


 飲み物なのにデザートなの!?

 えっ、すっごい気になる!


「って、フェミナさん? ドルツさん? カルボナーラ食べないの?」

「た、食べる……食べるんだが」

「マリィちゃんを見てたら胸がいっぱいになって……!」

「分かります」


 どういうこと!?

 っていうかノノは何が分かったの!?




 ワイワイしながらカルボナーラを食べ終えたところで、ノノが村で買ったしぼりたての牛乳や、ヨーグルトを取り出した。

 シェイカーにヨーグルトと牛乳を同量入れて、砂糖とレモン汁を足す。


「お嬢様、冷やしていただけますか?」

「はーい」


 シェイカーに霜が張るくらいキンキンに冷やしたところでシャカシャカして完成。


「ラッシーです」


 ちょっとトロみを感じる、優しい酸味と甘味が絶妙なバランスの飲み物になった。

 キンキンに冷えているのがまた美味しい。


「美味しい!」

「たくさん召し上がられるとお腹が緩くなるかもしれませんので、作り置きしてしまっておきましょう」

「だね!」


 これからいくところで飲んだら最高だろうな、とワクワクしながらラッシーを空間魔法に収納した。


 なお、カルボナーラはフェミナさんとドルツさんのせいでロンドさんに伝わって商品化されることになるんだけど、そんなこと知る由もない私は素直にラッシーを楽しんでいた。



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