第20話 ズッ友

 ノノが取り出したのは赤紫色の植物。太った根っこみたいな見た目のそれは、サツマイモというおいもの一種らしい。


「ちゃちゃっと作れるものにします」


 毒々しい赤紫の皮を剥くと、明るい黄色の中身が見えた。手ごろなサイズに切り分けて、ざるをセットしたお鍋に放り込む。


「ふむ? 茹でるのですか?」

「いえ。沸騰したお湯の蒸気で温める——”蒸す”という調理法です」


 目を輝かせたロンドさんがメモを取ってるけど、これきっと売るつもりなんだろうな。味見どころか何ができあがるかすら分からないのに、と思わなくもないけれど、ノノが作るものに間違いはないから別に良いや。


 小さく切り分けたから一〇分もしないうちに火が通ってほっくり。

 湯気を立てたサツマイモはなんとなく透明感が出て、黄色というよりも金色に見えた。


「これをマッシャーで潰します。——アーヴァイン氏が」

「俺が!?」

「ええ。量を作るとなると重労働なので」

「殿下、ここはひとつ挑戦です。……料理名にはエンペラーの名を冠してはく付けを……!」


 ロンドさん、心の声が漏れてるよ。

 アーヴァインもちょっと戸惑ってたけど割と素直に従った。プッタネスカの時にも楽しそうにハーブを砕いたりしてたし、もしかしたら皇族で料理とかさせてもらえないから楽しいのかもしれない。


「できた——ぬ? 何を入れた?」

「塩と砂糖と牛乳、バターです。なめらかになるまで混ぜてください」

「まかせろ」

「塩も入れるんですね?」


 あ、これは厚焼き玉子の時に聞いたから知ってる。


「お塩を少しだけ入れると甘味が引き立つんだよ!」

「さすがお嬢様です! やはり聖女料理の創設者だけあります!」

「えっ!? 創設してないよ!?」

「……マリィにだけ甘すぎないか……?」

「気持ちは分かりますけどね」


 ねぇ、聖女料理って何?

 聖女クレープに聖女天丼だけでもう十分だよ。ノノが頑張って作ってくれたんだからどちらかと言えば私よりもノノの名前を入れたい。


 調味料と一緒にしっかり混ぜたサツマイモをオーブン用の天板に並べていく。ほとんどは細長い形だけど、いくつかは一口大に丸めたり、フルーツナイフを使ってちょちょんと模様をつけたりしていく。

 並べ終えたそれらに卵黄を崩して刷毛はけで塗ったら、


「あとは焼くだけです。スイートポテト、というお菓子です」

「すいーとぽてと!」

「ふむ、では商品名は皇太子スイートポテトで——」

「却下だ。俺が考えたものじゃない」

「却下です。聖女スイートポテトを希望します」

「まって!? なんで私!? 作ったのノノだよ!?」


 流れるように聖女料理になりそうだったので慌てて否定するけれど、手を洗ったノノにガッシリ肩を掴まれてしまった。


「良いですかお嬢様。ノノは料理を頑張りました。それもこれもお嬢様のためです」

「あ、ありがと」

「ですのでお嬢様のための料理、と言っても過言ではないのです」

「うん……うん?」

「つまりこれも聖女料理なんです。良いですね?」

「は、はい」


 な、なんか押し切られた……!


 紅茶の代わりに消化を助けてくれるハーブティーを淹れてもらい、準備万端だ。すでにオーブンからは甘い香りが漂ってきていて、私の胃が必死に動いているのが分かる。


 プッタネスカでお腹いっぱいだったけど、絶対に美味しいものが出てくるんだから少しでも隙間を作らないと……!


「さて、焼けました」

「わぁっ! かわいいっ!」

「ええ、では召し上がりましょうか」


 全員分を皿に盛り付けてサーブしてくれた。みんなのやつはシンプルな形をしているけれど、私のところに盛り付けられたのは小さなボール型のものと、


「ハリネズミか。上手いものだな」


 ノノがフルーツナイフで作ったハリネズミの形をしたスイートポテトだ。黄金色の体に茶色に焦げ目のついたとげとげツンツンな先っぽはグラデーションが鮮やか。

 黒ゴマでできた目と、尖った鼻先は今にも動き出しそうだった。


「ノノ、どうしよう……可愛すぎて食べられない」

「ぐぅっ!?」

「う、上目遣いは強いですね……」

「ほら、ロンドさんもアーヴァインさんも食べれないって——あ、鼻血が」

「いえ、これは良い鼻血なので大丈夫です」


 本当に大丈夫?

 すごい勢いでダバダバ出てるけど……。


「まずは小さな丸の方をお召し上がりください」

「うん。……かわいい」

「はうぁっ」


 ハリネズミの鼻先をつんつんしたら何故かノノの鼻血が多くなった。

 えっ、これ繋がってるとかじゃないよね……?


***


 聖女マリアベル。

 本名から自分のことがバレるのを嫌がってマリィと名乗っている少女は、フォークでスイートポテトを切った。

 ぷるんとした唇で受け止めながら口に運ぶと、血色のいい頬を抑えながらも花のような笑顔をこぼす。


「んん~! 甘い……っ!」


 頬を両手で押さえながら目を真ん丸に輝かせた彼女に、皇太子アーヴァインの心臓が高鳴った。


——初対面の小娘だぞ。


 帝王学の一環として女性についても学び、すでに三人の妻を娶っているアーヴァインは必死に自らを抑えるが、心臓はうるさいくらいに高鳴っていた。


 誰もが必死で群がり一夜の過ちを犯してもらおう画策される立場の人間だ。

 媚びるような言動にはうんざりしていたが、マリアベルは違った。皇族を嫌がり、遠ざけようとする。かと思えば友達としては仲良くすることを厭わない。


——クソ。こんなことなら、結婚なんぞするんじゃなかった。


 家と家との結びつき。

 国の安定。

 そういったものを求めて三人もの妻と婚姻を結んだことに不満はない。それが必要だったことには間違いない。


 が。


 目の前にいる儚げな少女を見ると、すべてをかなぐり捨ててでも手に入れたくなる。

 いっそのこと権力を使って無理やり閉じ込めてしまいたくなるが、そんなことをすればマリアベルは二度と自分に笑顔を向けてくれないことを知っていた。


 何よりも。


 ……侍女との間に割って入るのは無粋か。


 小さいころから虐げられてきたためか、体格はもちろんのこと精神的にも幼さが感じられた。

 親兄弟に向けるような思慕を侍女に抱き、侍女もマリアベルを特別に想っていることはアーヴァインの目から見ても明らかだった。

 国とマリアベル。

 天秤にかけること自体が間違っているのだが、両者を比べてアーヴァインは思いとどまる。


……諦めるわけではないが、力技は避けるか。


 他の貴族とは比肩にならない権力に財力。それらをアピールすれば、


——可能性はゼロではない……と思いたい。


 希望的観測でしかなかったが、いついかなる時でも最善を得るために動くのがアーヴァインの習った帝王学だ。


——侍女をほだせれば……いや、そちらの方が難易度は高いか。


 様々な可能性を検討し続けるアーヴァインは、目の前の少女が二つ目のスイートポテトに取り掛かったのを見て小さく笑った。


***


「お、美味しかった……けどもう動けないよ……」


 なんでロンドさんもアーヴァインもあんな大きなスイートポテトを三つも四つも食べられるの……?


 お腹をさすりながら紅茶で口を湿らせるけれど、もう飲み物さえ厳しかった。

 ノノはロンドさんとレシピの売買契約を結んでいるし、アーヴァインは何が楽しいのかニヤニヤしながら私やノノを見つめていた。


 正直ちょっと気持ち悪いけど、なんとなく理由も察しがつくので止めはしない。


——きっと今まで友達がいなかったんだ。


 王族は孤独なものだと聞く。権力を利用しようと近づいてきた者たちに振り回されないようにするために、他者との間に壁を築くのだ。

 つまり、


「ぼっち」

「? なんだ?」

「ううん。何でもない」


 生まれついての皇族。

 つまり、私とノノが初めての友達なんだろう。


 ちょっと気持ち悪いけど、可哀想だから我慢だ。気持ち悪いけど。

 無礼な言動も、きっと止めてくれる友達がいなかったからだよね……。


「俺の顔に何かついてるか?」

「ううん。私たち、友達だよね」

「……いや、まぁ確かに今はそうだが」

「大丈夫だよ! ずーーーっと友達だから!」

「ぐっ……! 人間関係は移ろうものだ。ずっと友達とは限らないだろう」

「大丈夫だよ! 心配しなくても何があっても絶対に友達のままだから!」


 ……あれ?

 なんかアーヴァインの元気がなくなっちゃった。

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