第19話 皇太子の話
グレアランド帝国は
今でこそ他国との大きな戦争はしていないが、隙あらばいつでも戦争に踏み切れるように戦力の拡充と戦争の切っ掛け探しには余念がないらしい。
「駄目です! 絶対やめてください!」
「そうです。お嬢様を戦争の名目にするなんてありあえません!」
帝国で起こった魔物の大侵攻を止め、罪なき帝国民たちを救った聖女。実は、聖女はブレナバン王国で虐げられ、人間とは思えない扱いを受けていたらしい。
大恩ある聖女様のために、ブレナバン王国に正義の鉄槌を……!
——なんて筋書きができるらしい。
食後の紅茶を飲みながら、アーヴァインからそんな説明をされた。
「まぁ、予想でしかないが。今までの開戦理由や
「絶対に嫌。もうブレナバンとは関係ないし、私は帝国の民でもないもん」
「そう睨むな。マリィの嫌がることはしない」
「はいはいちょっとお嬢様に近いので離れてください何でキメ顔でお嬢様の手を取ろうとするんですか」
アーヴァインが私を見つめたところでノノがカットインしてくれた。心臓がぎりってしたからありがたかったけど……ノノ、もしかしてやきもち焼いた?
ノノが本当に望むなら私は主人として祝福しないといけないだろう。
「おい、なんで急に寂しそうな顔を……もしかしてちょっと期待してくれた、か?」
「お、お嬢様!? まさか手を取ってほしかったのですか!?」
「?」
何言ってるんだろ。
「ノノ。私、ノノが望むならちゃんと応えるからね」
「わ、私の望みに応える!? いえ、その、あの……主人にそういうのは侍女として不敬ですしこの気持ちは死ぬまで秘しておこうと——」
「俺には散々不敬を働いといて今更だな」
「
「秘密になんてしないで。我慢しなくていいから、きちんと教えてね?」
「我慢しなくて良いんですか!? 大人のレッスンワンツースリーですよ!?」
?
よく分からないけど、ノノも恋愛経験ないんだろうな。混乱してるっぽいし、顔も真っ赤だ。
……ちょっと、少し、ほんっとーに少しだけムカつくけど、
ノノの耳元に口を近づける。
「お、お嬢様!? まだ昼時ですし人前で——」
「大丈夫。ノノがアーヴァインを好きって言うなら応援するからね!」
「……は?」
ノノの真っ赤な顔が一瞬で真っ青になった。
あれ?
ぎぎぎ、と軋むような音とともに私とアーヴァインを交互に見つめる。
「ワタシ、ガ?
「えっと……違った……?」
「違いますッ!!!!!」
ノノが涙目になっていた。その近くではアーヴァインが生きたスライムを無理やり飲み込んだときみたいな表情で私を見つめている。
ロンドさんはいつも通りニコニコしているけど、
「えっと、……なんか勘違いしちゃった、のかな?」
「何をどう勘違いしたらそうなるんだ……」
「お嬢様……私を信じてください……一万と二千年前から私はお嬢様のために生きる覚悟ですし、一億と二千年あともお嬢様とともにいるつもりです」
なんで二千年? 壮大な数字なのになんか微妙に中途半端なのが気になるけれど、一番気にしないといけないのはそこじゃない。
ノノがアーヴァインを好きなのは勘違いで、どこにもいなくならないってことだ。
「……良かったぁ」
ほっとしたら、なんかノノに抱き着きたくなった。
ぎゅっとしがみつくと、ノノから良い匂いがした。言葉で説明するのは難しいけれど、すごく落ち着く香りだ。
「本当はね、ノノがいなくなっちゃうの寂しかったんだ……でもノノが望んだら笑顔で祝福してあげなくちゃって」
「私はどこにもいきません。ですから泣かないでください」
「泣いてないもん」
ノノに頭を撫でてもらう。
あー幸せ……!
「お前ら……皇太子を置き去りに二人でずいぶんとイイ空気吸ってるじゃないか」
あ、ごめん。
素で忘れてた。
グレアランド帝国から戦争を仕掛けることはしない、とアーヴァインは断言してくれた。
「マリィが望んだからな。俺に望みを告げ、叶うのはなかないことだぞ? マリィだから叶えてやる」
「……? ありがとうございます……?」
「……絶対伝わってないだろコレ」
なぜかアーヴァインはやる気を無くした顔してたけど、戦争しないならそれで良いかな。
と言っても国同士のことだから、ブレナバン王国から仕掛けてきたら話は別と言われてしまったけど。確かに攻められても無抵抗、ってのはできない話だし、仕方ないだろう。
「そのブレナバン王国だが、何やら慌ただしい動きを見せている」
「まさか戦争の準備?」
「いや。第四王子のマーカスが結婚式を挙げる、と招待状を送ってきたんだが、その二日後に結婚式は延期、と国王から手紙が届いた」
「王族内で意見がまとまっていないってこと?」
「その通り」
エクゾディス大樹林の開拓作戦が失敗したペナルティだろうな、と告げたアーヴァインはちょっと悪人っぽい笑みを浮かべて視線を走らせた。
その先にいるのはロンドさんだ。
「
普段使いには向かない豪華な宝飾品や、ウェディングドレスに使われるような特別な生地。さらには国を挙げた特別な慶事でもあるのかってくらい大量の食料品。
それらの入手依頼が商人ギルド連盟に依頼され、取り下げられていないらしい。
「うっかり、とか?」
「ないな」
「ないですね」
「さすがお嬢様です。あのバカ王子ですから、うっかりの可能性もあるかもしれません」
ロンドさんとアーヴァインがそろって否定する。私に優しくしてくれるのはノノだけだよ!
「いかに王族といえども個人では賄えないほどの金額だ」
「食料品は追加発注まで受けて、主要な都市部にいきわたる量が注文されています」
どういうことなんだろう。
話が見えてこないので首を傾げる。
「各都市に食料を寄付して無料で馬鹿騒ぎをさせるのは、王位を交代した時、求心力を高めるためによくやる手法だ」
「新しい王様は国民思いで太っ腹、というイメージをつけるわけですね」
「もうすぐ王位交代ってこと……?」
「さてな。本来ならば戴冠式も他国の人間を招いて大々的にやるのが普通だが、そんな話は出ていない」
きな臭い。
すっごく考えたくないけれど、一つの可能性が頭をよぎる。
「帝国首脳部は第四王子による王権奪取……
うわぁ……考えたくない可能性だよ……。
政変なんて起こったら貴族はたくさん死ぬし、その地で暮らしているだけの人々も戦火に巻き込まれる可能性がある。
本当は止めたい。
止めたいけれど、私にできることなんてたかが知れてるし、そもそも何の権利があってクチバシを突っ込むんだろうか。
「ノノ、何かデザートを作れるか?」
「命令しないでください。今作るところでした」
「えっ?」
「曇った顔よりも、美味いものを頬張って笑っているマリィの方が魅力的だ」
「えっ!? そんなに食いしん坊に見える!?」
「……そうじゃなくてだな」
頭を抱えたアーヴァインをよそに、ちゃちゃっとデザート作りを始めたノノが柔らかな笑みを向けてくれた。
「いやな想像が膨らんでしまうのは栄養が足りていないからです」
「そうなの?」
「はい。糖分を摂取することで脳の働きも活性化しますし明るい想像も膨らみやすくなります」
お腹減ってる気はしないんだけど、ノノがそういうならそうなんだろう。
「召し上がりませんか?」
「食べるっ!」
ノノのおやつ!
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