【完結済】小学五年生 中條春花。

久坂裕介

第一話

 木々きぎの葉が、くすんだ色をしていた五月中旬。草間雄太郎くさまゆうたろう先生が、私を紹介してくれた。

「おはようございます、皆さん。今日は新しい生徒を紹介します。中條春花なかじょうはるかさんです。それでは中條さん、あいさつを、お願いします」


 私は少し緊張しながらも、あいさつをして頭を下げた。

「中條春花です。小学五年生です。よろしくお願いします」


 教室から、まばらな拍手はくしゅが起きた。

「それじゃあ五年生は、あそこの丸いテーブルなので。今日から勉強を、がんばってください」


「はい」と答えた私は一瞬いっしゅんその場から、の一階部分のかべを取りはらい一つの大きな部屋にした、教室を見渡みわたした。茶色の丸いテーブルと長方形のテーブルが、たくさん置かれている。壁の色は落ち着いたベージュ色の、広めの教室だった。そして草間先生がした丸いテーブルまで、歩いた。 


 そこには、二人の男の子がイスに座っていた。するどい目で不愛想ぶあいそうで、ちょっと怒っているような表情をした子と、何も考えてなさそうな無邪気むじゃきな表情をして寝癖ねぐせ目立めだった子。


 まず不愛想な表情の子が、口を開いた。

「俺は朝日宗一郎あさひそういちろう。で、こいつは城崎翔真しろさきしょうま。よろしく」


 無邪気な表情をした、翔真が続いた。

「よろしく~」


 私は頭を下げながら、あいさつをした。

「中條春花です。よろしくお願いします」


 一通ひととおりあいさつがんだが、それ以上は私も二人も何も言わなかった。私は思わず、昨日きのうのことを思い出した。


   ●


 私とお母さんは、改装かいそうされた空き家の前にいた。『フリースクール・大海たいかい』と書かれた看板かんばんを確認すると、玄関げんかんから中に入った。草間先生は二階で待っている、ということだったので二階に上った。


 少し歩くとプレートに『代表室だいひょうしつ』と書かれた部屋があったので、お母さんがノックをした。すると中から、声がした。

「はーい!」


「失礼します……」と中に入ると、奥の大きな机で書類を読んでいる、白髪交しらがまじりで銀縁ぎんぶちメガネの男の人がいた。


 その人は立ち上がると早速さっそく、頭を下げた。

「初めまして。私はこのNPO法人『フリースクール・大海』の代表の、草間です。よろしくお願いします」


 それにつられてお母さんと私は、頭を下げた。草間先生は年代物ねんだいものの黒いソファーに座ると、「どうぞ」と先生の正面にある、やはり黒いソファーを指した。


 お母さんと私が座ると、草間先生は聞いてきた。

「えーと、春花さんと、お母さんですね? こんにちは」


 取りあえず私はまた、頭を下げた。

「はい、中條春花です。こんにちは」


 すると草間先生はさらに、聞いてきた。

「えーと、春花さんは五月の連休が終わってから、学校に行かなくなったんだって?」


 お母さんが、困った表情で答えた。

「はい、そうなんですよ。理由を聞いても、教えてくれなくて……」


 私はその時はただ、うつむいていた。


 すると草間先生は優しく微笑ほほえんで、話し出した。ご安心ください、お母さん。小学五年生にもなったら、親だからこそ言えないこともある。私としましては、ただ学校に行けないということが分かればいい、と。


 そして、聞いてきた。それでは明日から、このフリースクール・大海に通ってきてもらいたいんですが、できますか、と。


 私は頭を下げて、答えた。

「はい」


 学校に行かなくなった理由を聞かれなかったことは、助かった。誰にも言いたくなかったからだ。特に大人には。大人に話したら、『そんなこと、大した理由じゃない。だから学校に行きなさい!』と言われる気がしたからだ。だから学校に行かなくなった理由を聞かなかった草間先生を、私は信用しんようした。学校に行かなくなった子どもの気持ちが、分かる大人だと。

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