第9話 婚約破棄(ただし相手はガチの悪者である
フェターレは、フォルテの葬儀に参列した。
やはり、形式だけだ。
フォルテは、どこかで生きているに違いない。
王城のバルコニーから、はるか遠い森を眺めている。あそこに、フォルテがいるかも知れないと。
「おかわいそうなフェターレ王子。幼なじみのフォルテ様を亡くされて、それでも王子として振る舞わねばならない」
「アディ姫」
ツインテールの姫君が、フェターレに寄り添おうとした。彼女は、アドリアナ・ゼム・コヴァー王女。ダミアン・ゼム・コヴァー将軍の娘で、フェターレの婚約者だ。
フェターレは、アディと距離を置く。
「王子?」
「いつからここにいた?」
「あなたが数日、たそがれていらっしゃると聞いて」
アディは微笑んでいる。
しかしフェターレには、その笑みは顔に張り付いているようにしか見えない。
葬儀の時も、同様である。
フォルテの棺を前に、姫君は人前で涙を見せていた。
しかし、どうも白々しさを感じてしまう。
アディは、人のために涙を流す人物ではない。
「アドリアーナ・ゼム・コヴァー王女。聞いてほしいことがある」
「はい。式はいつになさるおつもりで?」
もうアディは、フェターレと結婚する気になっている。
こちらは、喪に服しているというのに。
「ボクは、キミとの婚約を破棄する」
「……」
「キミに恥をかかせること、申しわけなく思う。だから、ボクも廃嫡する」
「なんという。せめて理由だけでも」
「それを言えば、キミも巻き込んでしまうことになる。許してほしい」
実際、フェターレはアディと婚約するつもりはない。
元々望まぬ政略結婚な上に、フェターレはアディを快く思っていなかった。
彼女こそ、フォルテが死亡した黒幕なのではないかと。
フェターレは、アディをいまいち信用できない。
できるだけ、距離を置きたかった。
廃嫡し、フォルテを探す。生きているフォルテを、見つけ出すのだ。
父を説き伏せて、しばらく旅に出る。
いざとなったら、弟が王位を継げばいい。
政治力なら、ダメな自分より弟の方が上だ。弟は父以上の曲者なので、人望はない。ただし、ゼム将軍に対する危機感は共通している。将軍を抑え込むなら、絶好の相手だ。
「おそらく、もう二度と会うことはない。さらばです。姫」
フェターレは、バルコニーから飛び降りた。
白い馬が、フェターレを待っていたかのように駆けつける。
「森を抜けて、街へ行くんだ。ハッ!」
フェターレを乗せて、白馬は駆け出す。バラ園の柵を飛び越えて、森の近くにある街へと向かった。
*
「うおっ」
また身震いがして、わたしは目覚める。
ここは広大な森だ。魔物退治のため、わたしは数日森で寝泊まりをしている。
『どうしたのだ?』
「ちょっと悪寒がして、目覚めました」
『物騒だのう。魔物ごときでビビるオナゴではなかろうに』
「朝食を取って、気を紛らせます」
わたしはウルフ肉の薬草一夜漬けを焼いて食べる。
『またウルフ肉かの。ああ、宿の食事が恋しいぞな』
「ワイルドで、おいしいではありませんか」
『味はええんじゃが、クセが強くて飽きが早いのじゃ』
魔石は壊してあるから、毒性は抜けているはずだ。
あれから数日間、わたしは森に泊まり込んで魔物を撃退する。
ウルフの眉間にある、ひし形の魔石をロッドで突く。
魔石が破壊され、ウルフが即死した。魔石は、魔物の心臓部なのだ。
「数日分の食事、ゲットです」
大型犬サイズのクワガタやハチを、ロッド……棒切れで叩き潰す。魔物を形成する魔石のみ、重点的に攻撃をした。
魔石は主に、ウルフの眉間や、昆虫の目などについている。生命体が魔石を飲み込み、モンスターとなるのだ。魔物はそうやって、数を増やしていく。魔石を直接破壊するのが、魔物の数を減らす手段として有効だ。
わたしの使うロッドは、元々「火かき棒」である。魔物の素材を使って強化できるそうだ。ならば、魔物退治はさらにはかどるだろう。
『フォルテ、いや今は、冒険者フォトンだったのう。我は素手でも十分強いぞよ?』
虫の魔物を素手で撃退するのは、少々抵抗がある。
「魔王レメゲトン、一つお聞きしても?」
『我が名はレムたんと呼ぶが――』
「レーやん、魔物を殺しても大丈夫で? あなたの配下なんですよね?」
『つれないのう』
そりゃあそうだ。魔王と馴れ合う気はない。
「別の魔王が支配している世界じゃ。思う存分、退治するがよい。討伐依頼も出ておるし」
「たしかに」
ギルドで、『昆虫系の生態系を減衰させてくれ』と、依頼が来ている。数が増えすぎて、ポーションの素材となる薬草やキノコ類、樹脂を食い尽くしているからだとか。適度に酒を残して根絶やしにせず、かといって増やすな、と。
「この甲羅なんて、手甲に使えそうですね」
クワガタタイプのモンスターの腕を、もぎ取った。
虫型モンスターもいい素材になる。徹底的に駆らせてもらおう。
「意図的な匂いも、感じます。ポーション素材の生息地を狙って、繁殖しているような」
ポーションの素材には、あらゆる生命を活性させる要素も含んでいる。動物たちが集まるのも、不思議ではない。
だが、このモンスターたちは別だ。人を遠ざけるように、改造されている痕跡があった。魔王に憑依されなければ、わからなかったことだが。
「何者かの手が働いていると、感じますね」
『奇遇だのう。我も感じとった』
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